1月19日に告示された京都市長選挙は、2月2日の投開票の結果、現職の門川大作氏(自公、立憲、国民、社民推薦)が約21万票を獲得し、16万票を獲得した福山和人氏(共産、れいわ推薦)に5万票ほどの差をつけて勝利した。
この選挙が告示されると、SNS上にはこの選挙に対する意見や感想、とりわけ福山候補の率直で真摯な人柄と弱者に寄り添う姿勢への共感・応援と、角川氏支援で自公と手を組む野党、特に立憲民主党への疑問の声が溢れかえり、選挙民でない私も否応なく注目することになった。
SNS情報から読み取れるのは、角川氏が、「挑戦と改革:くらしに安心、まちに活力、みらいに責任」と中央政府を踏襲したようなスローガンを掲げているのに対し、福山氏は、「あなたがしんどいのは、あなたのせいやない。政治にやる気があれば、もっとみんなが暮らしやすい街にできる」という、山本太郎ばりのスローガンの下、「子どもの医療費中学校卒業まで無料、返さなくてもいい奨学金、老人医療費の窓口負担を軽減、地域経済支援」など、暮らしを支えるのに必要な具体策を提示していた。
消費税増税により生活不安が一層深刻になっていることを実感し、自公政権の「活力」「改革」などの文言をちりばめた絵空事のような『施政方針』と、人治国家のような傲岸不遜な振る舞いに辟易している私としては、立憲の福山幹事長が、自民党の下村博文氏や西田昌司氏や伊吹文明氏らと並んで角川氏を応援している絵面そのものに、強い違和感を覚えた。
そして、その違和感が頂点に達したのは、1月26日の京都新聞に掲載された「大切な京都に共産党の市長はNO」という全面広告を目にした時だった。
この露骨なネガティブキャンペーンそのものの広告は『未来の京都をつくる会』という角川候補の支援団体が広告主だということだが、自民、公明に加えて、何人かの著名人と、立憲、国民民主、社民の京都府連が名を連ねる体裁になっていて、何とも釈然としない思いに捕らわれた。
この品性を欠いた広告に対しては、さすがに一人を除く推薦人たちから「事前に内容を知らされていない」という抗議の意思が示され、さらに立民の福山哲郎氏すら「違和感がある」と語り、国民民主の原口一博氏は「良識を疑う。ヘイトではないか?」、社民の福島瑞穂氏は「社民党京都府連は一切関与していない」と、夫々に意思を表明したが、その一方で、立憲の枝野代表は、「広告自体存じ上げませんので、コメントのしようがありません」と木で鼻を括ったような主張をしたという。
https://www.j-cast.com/2020/01/31378495.html?p=all
これが事実だとしたら、安倍首相や菅官房長官の日頃の答弁振りにも似たこの物言いで、枝野氏は、何を守ろうとしたのだろうか。正直、「がっかり」以外の言葉が見つからない。
枝野氏は、2017年10月に立憲民主党を創設した際に、自民党政治に失望している私たちに、希望の道筋を示した自分の言葉を覚えているだろうか。
「政治は、政治家のためでも政党のためでもなく、国民のためにある。今の政治に怒りや危機感を持つ、多くの国民の声に応えて、政治の流れを転換させたい。この国に暮す多様な一人ひとりとの対話を通じて、誰もが自分らしく生きられる社会をつくりたい。」
今回の京都市長選で、立憲支持層の半数近くが福山候補に投票し、角川候補への投票は四分の一程度という結果だったという。
枝野さんら立憲幹部は、今回の市長選の投票結果をしっかり見つめ、立憲創設当初の自らの決意、立憲支持層の思いと、今の自分たちの姿勢に乖離が生じていないか、検証する必要があるのではないだろうか。
「護憲+コラム」より
笹井明子
この選挙が告示されると、SNS上にはこの選挙に対する意見や感想、とりわけ福山候補の率直で真摯な人柄と弱者に寄り添う姿勢への共感・応援と、角川氏支援で自公と手を組む野党、特に立憲民主党への疑問の声が溢れかえり、選挙民でない私も否応なく注目することになった。
SNS情報から読み取れるのは、角川氏が、「挑戦と改革:くらしに安心、まちに活力、みらいに責任」と中央政府を踏襲したようなスローガンを掲げているのに対し、福山氏は、「あなたがしんどいのは、あなたのせいやない。政治にやる気があれば、もっとみんなが暮らしやすい街にできる」という、山本太郎ばりのスローガンの下、「子どもの医療費中学校卒業まで無料、返さなくてもいい奨学金、老人医療費の窓口負担を軽減、地域経済支援」など、暮らしを支えるのに必要な具体策を提示していた。
消費税増税により生活不安が一層深刻になっていることを実感し、自公政権の「活力」「改革」などの文言をちりばめた絵空事のような『施政方針』と、人治国家のような傲岸不遜な振る舞いに辟易している私としては、立憲の福山幹事長が、自民党の下村博文氏や西田昌司氏や伊吹文明氏らと並んで角川氏を応援している絵面そのものに、強い違和感を覚えた。
そして、その違和感が頂点に達したのは、1月26日の京都新聞に掲載された「大切な京都に共産党の市長はNO」という全面広告を目にした時だった。
この露骨なネガティブキャンペーンそのものの広告は『未来の京都をつくる会』という角川候補の支援団体が広告主だということだが、自民、公明に加えて、何人かの著名人と、立憲、国民民主、社民の京都府連が名を連ねる体裁になっていて、何とも釈然としない思いに捕らわれた。
この品性を欠いた広告に対しては、さすがに一人を除く推薦人たちから「事前に内容を知らされていない」という抗議の意思が示され、さらに立民の福山哲郎氏すら「違和感がある」と語り、国民民主の原口一博氏は「良識を疑う。ヘイトではないか?」、社民の福島瑞穂氏は「社民党京都府連は一切関与していない」と、夫々に意思を表明したが、その一方で、立憲の枝野代表は、「広告自体存じ上げませんので、コメントのしようがありません」と木で鼻を括ったような主張をしたという。
https://www.j-cast.com/2020/01/31378495.html?p=all
これが事実だとしたら、安倍首相や菅官房長官の日頃の答弁振りにも似たこの物言いで、枝野氏は、何を守ろうとしたのだろうか。正直、「がっかり」以外の言葉が見つからない。
枝野氏は、2017年10月に立憲民主党を創設した際に、自民党政治に失望している私たちに、希望の道筋を示した自分の言葉を覚えているだろうか。
「政治は、政治家のためでも政党のためでもなく、国民のためにある。今の政治に怒りや危機感を持つ、多くの国民の声に応えて、政治の流れを転換させたい。この国に暮す多様な一人ひとりとの対話を通じて、誰もが自分らしく生きられる社会をつくりたい。」
今回の京都市長選で、立憲支持層の半数近くが福山候補に投票し、角川候補への投票は四分の一程度という結果だったという。
枝野さんら立憲幹部は、今回の市長選の投票結果をしっかり見つめ、立憲創設当初の自らの決意、立憲支持層の思いと、今の自分たちの姿勢に乖離が生じていないか、検証する必要があるのではないだろうか。
「護憲+コラム」より
笹井明子