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心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

人と人を繋ぐもの

2010-08-08 09:49:01 | Weblog
 暑い暑い日が続きますが、立秋を過ぎてほんの少し気温が下がったと思うのは気のせいでしょうか。きょうも蝉時雨のなかで目覚めました。愛犬ゴンタとの早朝散歩では、天から蝉の声が降ってくるような、騒々しいけれども決して嫌ではない空間に身を置きながら、ふと幼少の頃を思い出したものです。やはり夏生まれのせいなんでしょう。
 そういえば早朝散歩のとき、毎日通勤で利用するバス停のベンチに小さなチラシが貼ってありました。「携帯電話を拾ってくださった方、お心配りありがとうございました」。実は、このベンチには数週間前「ここで携帯電話を拾いましたので、駅に届けています」というチラシが貼りだされていたのです。落とし主の方が気づかれたようです。買い物帰りに土砂降りの雨のなかバスを降りて、そこで携帯電話を落とされたご様子が綴られ、ちゃんと手許に戻ったことに感謝の気持ちが述べられていました。昨今の新聞記事を見ていると、人間関係が希薄になり家族関係が崩壊の危機にあることを実感しますが、匿名とは言えチラシによるコミュニケーションに、なんだか心温まるものを感じました。こんなちょっとした心配りが、なかなかできなくなったように思います。
                     
 愛犬ゴンタとお散歩をしていてもそうですが、こちらが挨拶しても全く無視する方がいらっしゃるかと思うと、ついついペットを間に話しこんでしまうことも。おじいさん、おばあさん、おくさん、だんなさん、高校生・・・・、なかには英会話学校で教えている外国の方も。いろいろ話し合ううちに、次回のお掃除当番のことやら廃品回収のことやらに話題が弾みます。そうそう、真向かいの若いご夫婦に待望の赤ちゃんができたのもニュースになりました。久しぶりに我が街に赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。これも、嬉しいニュースです。
 と書き綴ったところでLPレコード(バッハ「パルティータ」)のA面が終わりました。B面に替えて何気なくこれまでの内容を読み返します。例のごとく、思いつくままの自由なラフスケッチ風の内容に、しかたないなぁと苦笑しながら、さて次に何を書こうかと。でも、難しいことは何も浮かびません。きょうはこの後、長椅子に身を委ねならがグレン・グールドのLPに耳を傾けることにいたしましょう。
 そうそう、先日、東京・神保町の古書店でジョルジュ・ルルー著「グレン・グールド~孤独なピアニストの心象風景」を見つけました。独特の楽譜解釈によるピアノ演奏が気になってしようがないグールド。時々演奏のなかで彼の歌声(鼻歌?)が聞こえてくる。低い愛用の椅子に腰かけてピアノに向かう姿。指の動きが鍵盤と一体化したとき、グールドが描くバッハの世界が目の前に現れます。身体全身でバッハの世界に、あるいはモーツアルトの世界に入り込んでいる、そんな彼の演奏に惹かれます。コンサートを嫌い、録音技術を駆使して矢継ぎ早に発表していったLPレコード。ちょうどLPがCDに置き換わる時期、そう私が社会人になって最初の頃です。その10年後に、彼は50歳の若さでこの世を去っています。書名にもあるように彼は「孤独」だったかもしれません。しかし、生涯、音楽を楽しんだ人でもあります。音楽どころか、彼独自の視点で世の中を見つめる、夏目漱石の「草枕」を愛読し、ある種の哲学性すら感じさせます。だから、学生の頃に初めて彼に出会って以後、決して離れることのできない存在、我が人生と照らし合わせながら、近づいてみたり、離れてみたり。そんな不思議な関係を、そう40年も続けています。
 そんな私の60歳の誕生日も刻一刻と近づいています。
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