心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

森鴎外「舞姫」とエリーゼ・ヴィーゲルト

2013-09-08 09:47:32 | Weblog

 今朝、雨の音で目が覚めたので、ラジオのスイッチを入れると、ちょうどIOC総会のクライマックスでした。2020年夏季五輪・パラリンピックの開催都市に東京が選ばれました。政治のごたごた続きで先行き不透明だったこの国にとって久々のヒットでしょうか。頑張って70歳まで生きながらえることにいたしましょう。
 そうそう、7月から続いていた癌検診ですが、結果はセーフでした。ポリープがいくつか見つかったものの悪性ではないらしく、病理結果は6段階のうちGroup3でした。今後の定期健康診断の様子をみましょう、ということになりました。もうしばらく通院は続きそうですが、昨年の「眼」検診、今年の「癌」検診と2年続きの精密検査で、病院通いもずいぶん慣れました。処方箋を持って薬局で薬をいただいたのも初めてでした。「おくすり手帳」なるものまでいただいて、なにやら幼稚園の頃に楽しい出席シールを貼ってもらったノートを思い出してしまいました(笑)。
 さて、今日のテーマは「舞姫」です。10日ほど前になりますが、朝日新聞で「舞姫 エリス 写真あった」「森鴎外小説ヒロインのモデル」という記事を読みました。鴎外が自らの悲恋をもとに書いたといわれる小説「舞姫」のヒロイン、エリスのモデルが実在し、それがドイツ人女性エリーゼ・ヴィーゲルトだったことは、以前話題になりましたが、今回はその写真が見つかったと報じています。
 出張の合間に、新潮文庫「阿部一族・舞姫」を読んでみました。ドイツ留学に違和感を覚え始めていた頃、太田豊太郎(鴎外)は、市井の劇場の舞台に立つ貧しい踊り子(舞姫)に出会い、心惹かれる。そして彼女が母親と暮らすアパートに同居してしまう。国費留学であったけれど官吏を辞し、新聞社の特派員のような仕事をしながら細々と愛を育む。しかし、子供ができようかという頃に、彼は親友の説得に応じて日本への帰国を決意する。それを知ったエリスは半狂乱になる。
「エリスが生ける屍を抱きて千行の涙をそそぎしは幾度ぞ。大臣に随ひて帰東の途に上りしときは、相沢と議りてエリスが母に微かなる生計を営むに足るほどの資本を与へ、あはれなる狂女の胎内に遺しし子の生れむをりの事をも頼みおきぬ。嗚呼、相沢健吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡に一点の彼を憎むこころ今日までも残りけり。」
 悲劇のヒロインでもあるまいし、これじゃあ、留学時代の心の寂しさを彼女との出会いで紛らわしただけじゃないか。別の資料によれば、エリスは鴎外の跡を追って日本にまでやってきたと言います。にもかかわらず、鴎外は決して彼女に遭わなかった。周囲がそうさせなかった。関係者の巧みな説得で、幾ばくかの金を渡されたエリスは、泣く泣くドイツに帰っていったそうな。
 人にはそれぞれに生き仕方がありますから、私なんぞの分際でその良し悪しを言うべきではないかもしれませんが、かの文人・森鴎外の、もうひとつの顔を見た思いがして、なにか釈然としないものが残りました。
 それにしても鴎外の小説は難しいですね。「舞姫」は、たかだか30頁ほどの小説ですが、古めかしい文語体ですから、よほど読み慣れた人でないと細部にわたる理解は困難です。私は、その半分も理解できないまま、超特急で上っ面を舐めたにすぎません。
 さあて、きょうは雨の合間をぬって畑を耕しましょう。夏の暑さでボロボロになった土に 石灰と堆肥を梳き込んで、秋野菜の種まきの準備です。

 

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