田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

闇からの声7(完)/麻屋与志夫

2010-12-22 07:35:14 | Weblog
 4

わたしは病院の近くの餃子屋の暖簾をくぐった。
とても一杯やらずには女子医大の病室に帰れなかった。

「旦那、目が悪いんですか」

東京から餃子を食べに来たのだ。
というと、おやじは饒舌なになった。

「あれ、旦那はあそこの病院にかかってるんじゃないんで」
わたしがちがうというと、男は声をひくめた。

「あそこは、悪い噂がたってるんですよ。まあ、あまり大きくなったので、街のひとのやっかみでしょうがね。だれかれかまわず、白内障の手術をして、金儲けしてきたって噂ですがね。悪くないのに目玉摘出までやっているって……」

街のひとは『目玉御殿』と呼んでいるとのことだった。
さすがに眼科病院の近くの店だ。
餃子で飲んでいるわたしの目が、白く濁っているのを看破した。
「Y病院も大きくなったもんだな」
といったとたんに、とんでもない情報を聞かされた。
隣の焼き鳥屋にしなくてよかった。
だいいちあの串のとんがりが怖い。
わたしは悪魔との戦いのなかで、先端恐怖症が再発してしまった。
尖ったものが怖い。
尖ったものを考えると体が震える。
悪魔の三叉鉾は三つの尖った先端を持っている。
考えただけでも戦慄する。
頭頂から足のさきまで震えが走る。

「木村さんダメジャナイ。明日は午後からオペですからね」

ナースの声は**子の声。
やさしいやすらぎをあたえてくれるような声。
胸元のネームは、カードはついていない。
たしか、このナースの名前は……。
****という文字が蚊が飛んでいるようにみえる。
もういちど見直そうとした。
ナースの声は隣室でしている。

オペのとき、彼女のように恐怖の叫びをあげて、すべてがプツンと断ち切られ、闇の世界にいかなければならないのだろうか。

それがわたしの運命なのだろうか? 
わからない。
そのときはそのときだ。

わたしは、半村良の嘘部シリーズを増殖させて長編小説を書きたい。
そんなイタズラをしても彼はゆるしてくれるだろう。
その小説を書きあげるだけの時間が欲しい。
その小説の中で、わたしは、彼女への《愛》を書き上げたい。
この年になるまで愛しつづけてきた彼女のことを書きたい。
だいいち、それだけの時間がわたしには残されているのだろうか。
わからない。
先が読めないからまだわたしはひとの世に住んでいるということなのだろう。

そうよ、あなた、と彼女の声が聞こえる。
生きていて……わたしのぶんまで長生きして。
わたしは、いつもあなたの中にいる。
愛しているわ。
いつまでも、あなたのそばにいる。
あなたとともに生きて、あなたを愛しつづける。
わたしたちは、ふたりでひとりなのよ。

これでいいのだ。
これでよかったのだ。

なにも不平はない。不満があると悪魔に魅いられる……。
闇を見てきたわたしに、闇の声をきいてきたわたしに、しばしの静謐がおとずれようとしていた。
死に臨んで、いままでの生涯の出来事が、フラッシュバックとなって再現されている。脳裏に蘇っている。

ステンレスの皿に、よく尖ったメスがならべられている。
金属音がする。
尖ったほうを丹念にまちがいなく並べて、揃えているのだ。
カチャカチャと音がして、ナースが近付いてくる。
いまのところ、闇からのコールはない。
わたしは目を閉じて深呼吸した。
ひんやりとした手がわたしの額にふれている。

「さあ、目を開けてくれますか。始めますよ」
医師の声がする。

                     完


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