田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

新連載「闇からの声」/ 麻屋与志夫

2010-12-16 23:01:56 | Weblog
      
瞳孔拡散薬/これから白内障の手術をするかたは読まないでください。



 純白のパーティションカーテンがシャーっという金属音とともに引き開けられた。
 丸顔のまだ幼さののこっているナースがバインダーを小脇にかかえてベッドサイドに近寄ってきた。
「木村さん。これ読んでおいてください」
 入院案内と注意事項が箇条書で連なっている。文字がかすんでよく見えない。白内障のためだ。下段の新宿女子医科大学病院というゴジック体だけはぱっと目にはいった。
「どう、なにか質問ありますか」
 病棟の端まで巡回してもどってきたナースの胸元には『百々百子』とプラスチックのネームカードが付けられていた。さきほどはなにも添付されていなかった。ただ白いだけの白衣の胸元だったのに。わたしは、カード上の文字を凝視していた。そんなことをしても視野が鮮明になるはずはない。ナースの顔もチカチカ白く光っていて、さきほどと同一人物かどうかも定かではない。なんて読むのだろう。
「かんがえてもらう時間はいくらでもありますよ」と赤いホッペでほほえんだ。他のナースに尋ね『百々』の読みを一刻もはやく知りたくてナースステイションに出向いた。年寄りはセッカチなのだ。だがわたしは「ホショクにでかけていいですか」というじぶんの声を聞くことになった。先ほど読んだ『入院案内』に捕食に出る人は、看護師に断って下さい、と明記されていた。
 むろんわたしのジョークはつうじるわけがない。同音の『補と捕』との転換ミスだ。だれもそれにまだきづいていないのだ。説明してもオヤジギャグはやはり全く無視された。
「プレデターって映画を見た? WOWOWでもやったけど。あのシュワちゃんがでる、侵略ものの映画……」
「いそがしいから、映画もテレビも見ないわ」
 しわがれた中年のナースの声がにべなく応える。
捕食に出かける。吸血鬼にでもなって、あるいはゾンビのようにひとを捕らえて食するといったブラックユーモアが会話を成立させると思ったのだが……。
 異文化コミュニケイションをしている感じだ。世代のちがいか? ともかくこちらが老齢にたっしているのに、それを認めようとしないから、ときおりこうした齟齬をきたすのだ。頭のなかでは、手偏と衣偏がチカチカいれかわって点滅し、哄笑している。「……歌舞伎町まで捕食、補食、ホショク」とつぶやきながら歩きだすと、「お酒はダメヨ、あすは手術ですからね」ときたもんだ。とんでもないジジイだと思っている声が追いかけてきた。
(別にいまさら歌舞伎町で飲み食いしたいという飲食願望があるわけではない)
とわたしはひとり呟いた。ただ、病室でなにもせずにぼんやりとすごしているのに耐えられなかったのだ。
 ところが街にでて、立ち竦んでしまった。わたしのほうに向かってくるひとびとに顔がない。恐怖のあまり先に進めない。動けなくなった。人々の顔が胡粉をぬりたくったように白い。眉、目、鼻、口と顔を形作るはずの造作がないのだ。僅かに眼球のあたりと鼻の盛り上がりはわかる。白い能面。白い無表情な顔が迫ってくる。
 わたしは先に進むどころか、恐怖のあまりたじたじと後退りしていた。声だけは聞こえる。なにかわたしのことを話しているようだ。
「病気なのかしら、病院からでてきた」
「あんなところで立ち止まったら危ないわ、だれか手をひいてやったら」
「そうよ、よく見えないのかもしれない」
 どうやら青ざめた顔をしているらしい。
 そうだ。とわたしは気付いた。
 瞳孔散大薬のせいだ。まだあの薬がきれていなかったのだ。
 でなかったら、アイツラが大挙してわたしを迎えにきたのだ。まだ早すぎると思っていたが、ついに……わたしにもお迎えがきたのかもしれない。そんなことがあるわけない。アイツ。を見る。ようするに、嘲笑されることを覚悟でいう。わたしにはアノ存在を目撃できる能力が在るのだ。
 アイツラの闇からの声を聞くことができるのだ。
 そのためにどれだけ悲惨な生活をしてきことか。
苦労してきた……とわたしは心のなかで繰り返していた。



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冬こそホラーだ!!/麻屋与志夫

2010-12-16 01:11:20 | Weblog
12月16日 水曜日

●5月7日から連載を開始した「さすらいの塾講師」が一応完結した。

長いことご愛読ありがとうございました。

一応、第一部が終わったということです。

また純や翔子と会ってください。いつの日か。

●あすあたりから、短編を数編載せる予定です。

どうぞ、ひきつづきアサヤワールドをお楽しみ、ご愛読ください。

●長編を書き終わったあとの虚脱感をあじわっています。

はじめて、じぶんの書いた小説に愛着がわきました。

純と翔子の愛をもっと前面にだすべきではなかったか。

などとも反省しています。

後半のVとの戦いの場面が評判がよかった。

ついつい戦いの場面に力が入ってしまいました。

●あるところで一番の恐怖について書いてありました。

「生きたまま埋葬されること」だそうです。

●これって、吸血鬼小説のテーマの一つですよね。

吸血鬼小説ほんらいの恐怖をかもしだすような作品も書いてみたいな。

●わたしにとっての恐怖とは?

小説を書く情熱を失ったらどうしょう、ということです。

書くことが生きること。

そんな人生を過ごしてきています。

小説を書かなくなったじぶんというものが、想像できません。

想像してみようとしただけで、寒気がします。

●いやこの寒さはほんものらしいです。

今夜あたりから、冬の寒さが始まるらしいですよ。

●風邪などおひきになりませんように。

そして、ホラー小説をオコタで楽しんでください。

ホラーは夏だけのものではありません。

あかあかと燃えるストーブや。

暖かなコタツにはいつて冬の恐怖を楽しむのも乙なものですよ。

●だってこの暖房がなかったら恐怖で凍えてしまいます。



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