■ベーレンライター「平均律1巻」付属の解説書が間もなく刊行■
~ 「ゴルトベルク変奏曲」アナリーゼ講座も、9月に最終回迎える ~
2017.8.11 中村洋子
★≪蝶の舌 ゼンマイに似る 暑さかな≫
芥川龍之介
連日の酷暑、
蝶の舌のように、人の目も、グルグル眩暈を起こしそう。
この夏も、揚羽蝶は、柚子、橙、レモンなど柑橘の葉に、
卵を産みつけることに余念がありません。
★秋が来ないうちに、葉がまだ若く、
幼虫が食べられるような柔らかさのうちにと、
羽ばたきながら、真珠のような黄色い卵をさっと、くっつけます。
一瞬の早業。
人が近づいても逃げずに、本当に忙しそう。
その合間、ゼンマイの舌を伸ばし、水滴を啜る。
夏の一齣を、龍之介は鋭く切り取りました。
★夏の蝶ほどではないかもしれませんが、
私も、忙しい毎日です。
「新バッハ全集」を編纂しているドイツの出版社
「Bärenreiter-Verlag ベーレンライター社」から出版されています
「平均律1巻」の楽譜に添付する解説を、私が担当することになり、
原稿は完成し、いま最終校正に入っています。
★この解説は、5項目から成ります。
①バッハが自分で書きました「序文」の日本語訳
②その「序文」が何を意味しているかという解説と、詳細な分析
③この楽譜に付けられている Alfred Dürr アルフレート・デュルによる
「Vorwort 前書き」の日本語訳
④その「Vorwort 前書き」に対する、私の詳しい注釈
⑤楽譜に付けられた「Fußnote 脚注」の日本語訳
★校正を繰り返すたびに、文章はより分かりやすく、
磨かれていくものですが、骨の折れる仕事です。
★バッハ本人の謎めいた「序文」は、わずか1ページ21行に過ぎず、
また、デュルの「前書き」は、ドイツ語で4ページですが、
私の解釈や注釈は合計しますと、40ページを超えてしまいました。
★私がこのお仕事を引き受けました理由は、
バッハの、この美しく偉大な曲集を理解するために、
巷に溢れる"衒学の海"に惑わされ、溺れることなく、
どうすれば、バッハの大宇宙に、素直に達することができるか・・・
それを、学者の論文の孫引きをするのでなく、
私自身の言葉で、訴えたかったからです。
★東京で以前に開催しました「平均律1&2巻」の
全曲アナリーゼ講座で、1&2巻の全48曲すべてについて、
私は、バッハの 「Manuscript Autograph 自筆譜」 facsimile
から、写譜しました。
★バッハの肉声を、己がものとするためです。
今回は、ベーレンライター社から出版中の、
平均律1巻 「Manuscript Autograph 自筆譜」 facsimileを
更に深く、検討しました。
★私の「解説と注釈」では、私の手書き譜例も満載し、
どなたが手に取られても、納得の頂ける内容になっていると、
思います。
★例えば、擦り切れるほど孫引きされている
≪バッハは、紙を惜しんで五線譜の下の余白にまで書いている≫
つまり、"バッハは大変に吝嗇であった"、などの俗説に対しては、
バッハがどうして、余白にまで譜を書き込んだのかを分析し、
奇妙ともいえる楽譜のレイアウトは、
≪曲の構造そのものを指し示す≫ための、「周到な設計」であったことを、
完全に、証明しました。
★これらをお読みいただけましたら、
バッハの自筆譜の読み方、解釈の方法が、
自ずと、身についていくことでしょう。
★40数ページといいましても、平均律という氷山の、
ほんの一かけらです。
しかし、その方法を身に付けますと、ご自分でバッハを解釈し、
演奏や鑑賞に生かすことができます。
★干からびたバッハの残骸ではなく、
お一人お一人の独自の、いまに生きる Bach像を
打ち建てることができるのです。
★9月の刊行を目指し、もう一歩です。
さて、9月は16日(土)が、「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」
のアナリーゼ講座全10回の「最終回」です。
これも大団円です。
★今回は、全30変奏の最後の三つの変奏曲「Variatio 28、29、30」
の講座の後、特別講座を開催し、「Goldberg-Variationen」の
全体像に迫ります。
http://www.academia-music.com/new/2017-07-10-113903.html
★ここで、これまでお話してまいりました30の変奏曲全体を、
俯瞰することになります。
第30変奏は、有名な 「Quodlibet クオドリベット」
(滑稽な俗謡を混ぜ合わせた曲)です。
「君のそばに、長い間いなかったね・・・」
「この Ich bin so lang nicht bei dir ・・・」は、
突然に現れた訳ではありません。
★「Variatio9 第9変奏」の1小節目バス声部最後の音「d」に続く、
2小節目「g a h c¹d¹ ソ ラ シ ド レ」に、しっかりと顔を出しています。
★「Goldberg-Variationen」は、「3曲1セット」で作曲されていますが、
この「Variatio9 第9変奏」を含む第3セット(Variatio7、8、9)が、
なかなか曲者です。
「Variatio7 第7変奏」に、BACHが「tempo di Giga」と記した理由は、
平均律第1巻にも通じるものです。
その理由は、講座でご説明いたします。
★このお話は、10月25日(水)に開催の KAWAI 名古屋での
「平均律1巻第7番 Es-Dur Prelude & Fuga」アナリーゼ講座
にも、つながっていきます。
★BACHの作品は、広大無辺の宇宙のような世界です。
そして、その一つ一つの作品、「平均律」、「ゴルトベルク変奏曲」・・・を、
光り輝く恒星に譬えるならば、その恒星は、お互いにつながり、
大星座を形成しているといえます。
※copyright © Yoko Nakamura
All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲