■≪Bach的学習≫とは何か、変則的レイアウトが曲の構造を伝える■
~ 「Annaクラヴィーア小曲集」の自筆譜を学べば、演奏法も分かる~
2016.10.30 中村洋子
★10月26日は、KAWAI名古屋で、「平均律1巻4番」の
アナリーゼ講座を開催いたしました。
ご参加された方から、私の著書につきまして、
「とてもよかったので、生徒にプレゼントしました」と、
嬉しいお話をうかがいました。
★次回は来年3月8日(水)になりますが、「平均律1巻5番」です。
11月7日(月)は、東邦音楽大学の公開講座で、
若い学生さんに語りかける予定です。
https://www.toho-music.ac.jp/college/campuslife/openclass/2016/1107.html
★その公開講座でも取り上げます
「Clavierbüchlein für Anna Magdalena Bach
アンナ・マグダレーナ・バッハのクラヴィーア小曲集」は、
一般的には、Bach作品とされていた親しみやすい舞曲が
収録されている、ピアノ初心者用の曲集・・・というイメージが
強いかもしれません。
★事実、1725年からBach家で、Bach本人や息子たち、奥さんのアンナ
によって書き込まれた≪家庭の音楽帳≫です。
その中には、「Partitaパルティータ」1番や2番の初稿、
「Französische Suite フランス組曲」1番や2番の前半なども入っています。
「平均律1巻1番 Prelude」や、「Goldberg-Variationen
ゴルトベルク変奏曲」の主題である「Ariaアリア」も含まれています。
★「Goldberg-Variationen」のAriaは、
「Clavierübung クラヴィーアユーブング第4巻」の初稿という訳ではなく、
Bachがそれを作曲した後に、 Anna が写譜したものでしょう。
★それ以外には、フランソワ・クープランFrançois Couperin
(1668-1733)の作品やBachの息子たちの作品、
歌詞が書き込まれたアリアやコラールなど多種多様な音楽が
入っています。
家族が一緒になって歌ったり、弾いたりして楽しんだ様子が
目に浮かぶようです。
★その中で、特に有名なメヌエットが「Christian Petzold
ぺェツォルト」の「Menuet メヌエット」でしょう。
★このようによく知られた親しみやすい舞曲が、10数曲入って
いますが、それらはほとんど作曲家が分かっていません。
★しかし、それがいずれもいかにも≪Bach的な作品≫であることに、
驚かされます。
事実、以前はそれらがBachの作品であると、信じられていました。
つまり、Bachの目と耳を通して厳選され、家族で楽しむのに
適していると、お墨付きが与えられた作品群であるのです。
★このため、それらがBachの作品でないとはいえ、
≪Bach的な勉強法≫をとるべきである、と言えます。
★≪Bach的な勉強法≫とは何か・・・
以下で詳しくご説明します。
例えば、作曲者不明の作品である「Poloneise ポロネーズ」
と書かれた曲(通常はPolonaise)、これは Anna が写譜したものです。
★少し脇道に逸れますが、 Anna の写譜は「early handwriting」と、
「later handwriting」とに分類されます。
「early handwriting」は Anna が結婚して間もない時期の写譜で、
書き慣れていないため、つたなく幼い筆致で間違いも多くあります。
しかし、 Anna は勉強するにつれ、最後は夫のBachの楽譜と
見分けがつかない程にまで上達しました。
それらが「later handwriting」です。
Anna は絶えず夫の曲を学び、そして深く理解したのでしょう。
★「Clavierbüchlein für Anna Magdalena Bach
アンナ・マグダレーナ・バッハのクラヴィーア小曲集」は、
現在、その生の楽譜がFacsimileで、そのまま見ることができます。
★「Poloneise ポロネーズ」のお話に戻ります。
この楽譜は、大Bachの楽譜によくみられるように、
全体を3段で記譜しているのですが、
2段目は、12小節目の1拍目で終わっています。
2拍目は、下の3段目から書き始められています。
★この「Poloneise ポロネーズ」は「early handwriting」ですので、
Anna の考えで、このように小節を途中で切ることはないでしょう。
このようなレイアウトにしたのは、Bachの意向に沿って、
写譜されたと考えられます。
★このことが、≪Bach的な勉強法≫の中身なのです。
つまり、意図的に「変則的なレイアウト」で楽譜を書くことにより、
何かが分かるのです。
★それは、レイアウトが≪楽曲の構造を示す≫という事実です。
★それでは、このレイアウトがどういう構造を示しているのでしょうか?
これは、3段目冒頭の12小節目2拍目から始まるバスの
「d c B」による3度の下行motif モティーフを際立たせるための、
レイアウトと言えます。
★その motif はどこに対応しているのでしょうか。
真上の1段目1小節目を見てみましょう。
上声ソプラノは「g¹ a¹ b¹」と、見事に対応しているのです。
★即ち、1小節目冒頭のmotifモティーフ「g¹ a¹ b¹」の反行拡大形
であることが分かってきます。
そのように見ていきますと、12小節目2拍目からの「d c B」は、
反復記号の後の5小節目上声「b¹ c² d²」の逆行拡大形である
ことも、見えてきます。
★目を3小節目に戻しますと、3小節目の上声2番目の音から
「b¹ c² d²」もこの5小節目と同じ motif モティーフであることが、
次々に読み取れます。
このため、12小節目の1拍目と2拍目を、段で分けるよう、
Bachが、 Anna に指示したのでしょう。
★そして、ここの12小節目から13小節目にかけてのバスについて、
Bartók Béla バルトーク(1881-1945)は、
1917年copyrightの
「Clavierbüchlein für Anna Magdalena Bach
アンナ・マグダレーナ・バッハのクラヴィーア小曲集」
セレクション校訂版で
このように Fingeringでアナリーゼしています。
★上記のレイアウトによる構造を、BartókはこのFingering及び、
「d c B」をスラーでつなぐことで、同様に示しているのです。
★Bartókは、11小節目を「forte」として、
12小節目3拍目を「diminuendo」に、
13小節目冒頭を「piano」にしています。
このDynamic ディナミークと Fingering を合わせますと、
この12小節目の「d c B」が、浮かび上がってくるのが
お分かりになると、思います。
★「Clavierbüchlein für Anna Magdalena Bach
アンナ・マグダレーナ・バッハのクラヴィーア小曲集」を
そのまま印刷しました Facsimile版と、
Bartók校訂版とにより、これだけ深い内容が見えてきます。
★Facsimile版の価値は、計り知れないほど深いものがあります。
構造を理解することが、演奏に、
素晴らしい演奏に直結するのは、言うまでもないことでしょう。
(「Clavierbüchlein für Anna Magdalena Bach
アンナ・マグダレーナ・バッハのクラヴィーア小曲集」
Facsimile版の表紙:Bärenreiter-Verlag)
https://www.academia-music.com/academia/search.php?mode=detail&id=0008906063
(アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳と書かれていますが、
アンナ・マグダレーナ・バッハのクラヴィーア小曲集のことです)
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