音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ベートーヴェン:二種類のスタッカートが曲の構造を正確に示す■ ~10月31日:オンライン・アナリーゼ講座Beethoven 悲愴2楽章~

2020-10-20 21:34:22 | ■私のアナリーゼ講座■

■ベートーヴェン:二種類のスタッカートが曲の構造を正確に示す■
~10月31日:オンライン・アナリーゼ講座Beethoven 悲愴2楽章~

           2020・10.20  中村洋子

 




★日没が日に日に、早くなってきます。

散歩の途中、地面に落ちて鳥がついばんだ柿を見かけました。

「栗おこわ」や、「栗の茶巾絞り」は、秋の味覚です。

≪行(ゆく)あきや手をひろげたる栗のいが≫  芭蕉


★芭蕉、最晩年の句です。

地に落ちて、割れた毬(いが)の中から、

はち切れんばかりの栗の実が、天を仰いでいます。

行く秋に寂寥だけでなく、生の充足を感じている芭蕉です。

「成し遂げた」という、満ち足りた心延(ば)えすら、

うかがえます。


生誕250年のBeethoven ベートーヴェン(1770-1827)も、

57歳で世を去る時には、恐らく、

そういう感情をもったことでしょう。

 

 


10月31日のアナリーゼ講座は、

Beethoven「ピアノソナタ第8番 c-Moll 《悲愴》」ですが、

この曲は1779年12月に初出版されました。

Beethoven 20代最後の年です。

今回は、第2楽章のみの講座ですが、あまりに人口に膾炙した曲

ですので、ついうっかり、単に“優しく美しい曲”と見がちです。

しかしながら、 内に秘められたその“凄さ”を、

見逃してしまう曲でもあります。


★この講座のために、今一度勉強し直しましたら、

「ゆるぎない構造」と「和声」、「対位法」に圧倒されました。

例えば、Beethoven の「staccato スタッカート」表記法を、

見てみましょう。

現代の大部分の実用譜では、ただの黒い点「・」に、

統一して記譜されていますが、

Beethoven は自筆譜で、「丸い(点)スタッカート」と、

「楔形のスタッカート」の二種類に区別し、書き分けています。


★その二種類はかなり厳密に、使い分けられています

例えば、1楽章の序奏(1小節目から10小節目)が終わり、

ソナタ形式の第1テーマ が始まる11~14小節目の

右手の上声は、「楔形スタッカート」にしています。

 

 


★続く15、16小節目上声の4個の二分音符の和音にも、

スタッカートが付いていますが、これは楔形でなく、

「丸い(点)スタッカート」です。

 

 

★それは当然のことでしょう。

音を長く伴って延ばす2分音符に、「楔形の鋭いスタッカート」を

付けることは、この場合矛盾しています。

2分音符で記譜する必要は、無くなってしまうのです。


11小節目冒頭に、Beethoven は「Allegro di molto e con brio

とても快速に、そして生き生きと」という指示を、書き込んでいます。

「丸い(点)スタッカート」を、15、16小節目の2分音符に

付けることにより、Beethoven はこう言っているように

聴こえます。

 

《2分音符は、長い音価をもつ音です。

しかし、ここにスタッカートを付けたのは、

それを切れ目なく、ずっとレガートで弾く必要はない、

という意味です。

かといって、2分音符なのですから、

音をそれなりに延ばすことも、忘れないで下さい》。

 

 

 


★この11~18小節を反復する19~26小節も同様に、

19~22小節間の上声は「楔形スタッカート」

23~24小節間の上声は「点(丸い)スタッカート」です。

さぁ、次に出現するスタッカートは、

どうなっているのでしょうか。

 

★次のスタッカートは、35~37小節の上声で、

「楔形スタッカート」です。

 

 

★11小節目から、ソナタ形式の「第1テーマ 」が始まりますが、

この部分(35~37小節)は、「第1テーマ」と51小節目からの

「第2テーマ」をつなぐ「推移部(移行部)transition」です。

そしてその素材は、「第1テーマ」の11~14小節目までの素材に

よって作られているため、「楔形スタッカート」を使うことは、

当然過ぎる程、「当然」です。


★続く38~41小節は、35~37小節の同型反復です。

 

 

ここで見落としてはならないことは、この4小節間の調性が、

「As-Dur変イ長調」である、ということです。

実にさりげなく「As-Dur」が登場しています。


★主調「c-Moll ハ短調」から見ますと、「As-Dur」は

主調「c-Moll」の下属調である「f-Moll」の「平行長調」です。

このため、「As-Dur」は「c-Moll」の近親調の一員ですので、

意外性は本来ない筈ですが、この場面では、

耳をそばだてるような「新鮮さ」です。

 

 


★そして大事なことは、この「As-Dur」が、第2楽章の主調になる

ということです。


 

この1楽章38~41小節と、2楽章1、2小節の譜例を見比べて下さい。

和音の種類とmotif モティーフ(緑色とピンクで区別)まで同一

であることに、ハタと気付かれる事でしょう。

Beethoven の恐るべき天才の発露が、ここに見られます。


第2楽章の調性(As-Dur)やmotif(動機、要素)は、

突然現出したのではなく、Beethovenが用意周到に第1楽章で

準備し、作曲した賜物なのです。


★第1楽章にお話を戻しますと、51小節目からは、

ソナタ形式の第2テーマが奏せられます。



49小節目に「(ピアノ)」が設定されていますので、

51、52小節も、「」のままです。

この場合のスタッカートが、「点(丸い)スタッカート」

なっているのも、実に自然です。

11小節目から始まる第1主題の厳しい「楔形スタッカート」

に対し、柔和な「点(丸い)スタッカート」が、

好対照となります。


★ソナタ形式の第1、第2テーマを作曲する際、

第1主題と第2主題を相反した性格にするというのは、

基本のイロハです。

 

 


★51小節目、両手が交差しているため右手で弾かれる

下声の「B-es」を見て下さい

実は、この耳に焼き付く4度音程の「B-es」は、

第2楽章の1小節目2拍目の「b」と、2小節目1拍目の

「es¹」の4度音程によるmotifに発展していくのです。

 

 

スタッカートの区別一つをとりましても、これだけ深く、

Beethovenの作曲技法に迫ることができるのです。

10月31日のアナリーゼ講座では、第2楽章に使われている

「楔形」と「点(丸い)スタッカート」を、Beethoven が

どのような考えによって区別しているのか、

それによって曲の構造と、この曲をどう演奏すべきかが、

理解できるというお話も、詳しくご説明いたします。


★先日、アカデミアミュージック様の皆さまと、

我が家のピアノ室とをリモートでつなぐ実験をしました。

私はパソコンに疎いのですが、拍子抜けするほどスンナリと

お互いの顔など映像を、映し出すことができました。

もちろん、肉声も即座、同時に届きます。

 

 

コロナ禍で、外出もままなりませんので、

この「リモート講座」にどうぞ、ご気軽に参加ください。

PCによるリモート講座の敷居は、高くありません。


★ところで先ごろ、私の作曲いたしました

「チェロとピアノのためのDuo」がドイツで、

出版されることが、決まりました。

ヨーロッパもコロナ禍で大変な状況のようですが、

それにもかかわらず、彼らの倦まず弛まず、

着々と仕事を続けていく姿勢に、感服しました。

 

★ドイツではコロナ禍が始まったことし3月、

モニカ・グリュッタース文化相が、

「私たちの民主主義社会では、創造的な人々の創造的な勇気が

危機を克服するのに役立ちます。私たちは未来のために、

質の高いものを創造するあらゆる機会をとらえるべきです。

芸術家は必要不可欠な存在であるのみならず、

命の維持に必要なのです特にこの状況にある現在において

と述べ、文化機関や文化施設はこれからもずっと維持し、

芸術や文化で生計を立てている人々の生活を確保することは、

現在のドイツ政府の文化的政治的最優先事項であるとして

大規模な資金支援を実践しました。


芸術家は必要不可欠な存在であるのみならず、

命の維持に必要なのです

素晴らしい認識ですね。

そして、この発言が文化相によるものであることに、

さらなる感銘を受けます。

 

Beethoven が発する天才の息吹に触れ、私たちも少しづつ

歩を進めていきましょう。

https://www.academia-music.com/user_data/analyzation_lecture

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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1 コメント

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Unknown (真理子)
2020-10-24 12:36:12
中村先生はじめまして。
先生のブログに出会って以来2年くらいほど、最初から読み直しつつバッハの勉強に励んできました。国外に永住しているのでどうしても先生の講座には行く事ができず、いつかオンラインでされる事があればいいのにな、と願っていました。
このコロナ禍では世界中本当に大変なことばかりですが、先生の講座をついに受けれることになって本当に喜んでいます。受け入れてくださったアカデミアミュージックの方達にとても感謝しています。 
悲愴といえばピアノの学生ならほぼ必ず弾く曲ですので、私も勉強しましたが、苦い思い出のある曲でもあります。 ただずっと先生のブログに沿って少しずつバッハを勉強し直してきた成果が急に出てきたのか、最近他のすべての作曲家の音楽が全く違う角度から見えてきて驚愕しています。 この曲の初版譜を初めて目にして、今まで思っていたのと全く違う姿が見えてきて、私は何も分かっていなかったことを思い知りました。初版譜に沿って弾いてみると、まるでベートーヴェンが側で教えてくれている様です。 講座の日が来るのが楽しみでなりません!それまで出来るだけじっくりとこの楽譜を読み込んで準備しておきます。 これからもオンラインでの講座を、是非続けて下さい。 🙏💙
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