音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■私の作品が、ドイツで近く出版 & Wagner の素晴らしい CD■

2012-10-04 23:54:47 | ■私の作品について■


■私の作品が、ドイツで近く出版 & Wagner の素晴らしい CD■
                                   2012.10.4 中村洋子

 

 


★ドイツで、近く私の作品が出版されます。

出版は、これで四回目となりますが、

最後の校訂作業のため、ドイツと頻繁にやり取りをしており、

ここ数日は、特に忙しく、慌しかったのですが、

それもヤマを超え、少しほっとしたところです。

 

★私の 「  アナリーゼ講座  」 では、いつも、

作曲家の自筆譜ファクシミリを、入手できる場合は、

それを用います。

Bach の「 Concerto nach Italienischem Gusto イタリア協奏曲 」

のように、自筆譜が行方不明でも、

Bach が、生前に眼を通した初版譜がありますと、それを使い、

可能な限り、作曲者の意図に近づくことを、原則としています。


★楽譜出版と申しますと、ドイツの出版社は、日本と比べ、

音楽への理解力、洞察力が格段に深いと、実感します。

そして、その編集者が優秀で、楽譜を読み込む力があればあるほど、

“ 良い楽譜を作ろう ” という “ 親切心 ” を働かせ過ぎることが、

往々にして、あるようです。


★今回、その “ 親切心 ” に対し、何度も何度も議論を重ね、

最後には、大変に満足のいく結果となりました。


★しかし、これは 「 実用譜 」 であることには相違ありません。

どういうことか、といいますと、

演奏するためには、譜めくりをしやすくしたり、

演奏しやすいような工夫をするなど、一種の妥協が必要なのです。

作曲の意図を損なわず、そのうえ、演奏上必要な配慮を、

どこまで織り込むべきか、というせめぎ合いを経て、

はじめて生まれるのが、 「 実用譜 」 なのです。

 


★ Bach の ≪ イタリア協奏曲 初版譜 ≫ は、

「 実用譜 」 の装いを見せながらも、実は、

「 自筆譜 」 に限りなく近い、究極の ≪ 実用譜 ≫ と、いえます。

Bach 本人と、その初版譜を担当した彫り師 engraver との、

それは見事な合作と、いえます。


★例えば、2楽章は、左右見開きのページ( 1ページ 8段 )の、

左ページ全部と右側ページの 7段目で、終わっています。

そして、3楽章は、その下、最後の 8段目から、始まっているのです。

常識的に考えますと、その 1段を空白とし、

次のページ冒頭から、3楽章を始めたほうが、すっきりとし、

途中で、譜めくりをする必要がなく、

とても弾き易いと、誰しも、思うことでしょう。


★しかし、 Bach はあえて、

≪ 極めて、変則的な記譜 ≫ を、選びました。

それは、作品の構造や骨格を、演奏者に理解してもらいたい、

という Bach 先生の親切な配慮から、なのです

それについては、講座で、徹底的にご説明しました。


★ところで、イタリア協奏曲 3楽章は、

どのように、終わっているのでしょうか。

見開き左右の右ページの4段目で、終了しています。

その下 4段( 大譜表 )は、五線譜のままで、

なにも、書かれていません。

このことからも、 Bach が紙を節約するため、

3楽章を、2楽章の終わりからすぐに始めた、

という考え方は、否定されます。


★しかし、現代の実用譜には、このような配慮は、

あまり、見受けられません。

今回の私の出版は、アンサンブルですので、

譜めくりを少なくし、弾きやすさを第一にして、作成しました。

しかも、作曲の意図は損なわれず、大満足の結果となりました。


★この  「 校訂 」 という作業は、大変に手間と根気の要る作業です。

その間に、一曲ぐらいは作曲出来てしまうと、感じるほどです。

Beethoven が、弟子の Ries リースに、

Chopin が同様に、Fontana フォンタナなどに、

細々とした出版作業の手助けを、頼んでいたのが、

よく、分かります。


★このような作業を通して、

作曲家が本当に言おうとしていることを、

楽譜から、読み取る作業の難しさを、つくづく実感しました。

同時に、このような作業の実体験がありませんと、

自筆譜と実用譜との間の、齟齬を、

確信をもって読み取ることは、かなり困難ではないのか、

とすら、思います。

 

 


★そんな作業の息抜きに、来年が Richard Wagner

リヒャルト・ワーグナー(1813~1883) の生誕 200年、

ということもあり、最近入手しました、

Wagner の素晴らしい CDを、聴いております。

「 息抜き 」 と書きましたのは、聴いていて、

とても、楽しいからです。


★この CDは、Wilhelm Furtwängler ヴィルヘルム・フルトヴェングラー

(1886~1954) が、死の前年の 1953年に録音した

 Richard Wagner 作曲の 「 Der Ring des Nibelungen

ニーベルングの指環 」、

Orchestra Sinfonica e Coro della Radio Italiana

 

★私の学生時代、 Wagner ワーグナーの作品が、

年末のFM放送で、連日流されていたため、それを聴いたり、

あるいは、LPや CDで聴いてきましたが、

いつも 「  勉強  」 という意識が、先に立ち、

さらに、演奏があまりよくなかったせいもあり、

とても、楽しめたものではありませんでした。


★しかし、この Furtwängler の 「 Der Ring des Nibelungen

ニーベルングの指環 」 は、刺激に、満ち満ちています。

ワグナーは嫌い、苦手と思っていらっしゃる方は、

この演奏をお聴きになりますと、実は、

“ 苦手と思わされていた ” だけであったことに、気づき、

これまでは、“ ワグナーもどき ” を聴いていたと、

つくづく、実感されるでしょう。


★ Wagner ワグナー(1813~1883) の音楽とは、どのようなものであるか、

Furtwängler の明晰な分析に基づく指揮が、それを解きほぐし、

同時に、心から楽しませてくれます。

聴いていますと、おやおや、

Berlioz ベルリオーズ(1803~1869)、

Verdi ヴェルディ(1813~1901)、

César Franck セザール・フランク(1822~1890)、

Anton Bruckner アントン・ブルックナー (1824~1896)、

Gustav Mahler グスタフ・マーラー(1860~1911)、

Claude Debussy クロード・ドビュッシー(1862~1918)、

Richard Strauss リヒャルト・シュトラウス(1864~1949年)、

Sibelius シベリウス(1865~1957)、

Arnold Schönberg アルノルト・シェーンベルク (1874~1951)

など、

少し前や同時代、その後の世代の作曲家たちが、

頻繁に、顔を覗かせてきます。

彼らは、“ ワーグナーの森 ” に棲み付いているのです。

ワーグナーが源泉であったり、あるいはその逆であったり、

にぎやかです。

しかし、さらにその源流を辿っていきますと、

“ Bach という大海 ” に行き着くことは、いうまでもありません。


★19世紀のワグナー音楽が、20世紀音楽の源泉の一つとなり、

さらには、アメリカのハリウッドが、映画音楽として、

ワグナーを、表現は悪いのですが、“ 食い潰し ”、

クラシック音楽を、いわば “ 張子の虎 ” にしていった流れすら、

読み取れます。


★そして、日本でワグナーに熱狂する人たちも、

そのどこに、熱狂しているのでしょうか?

あの奥深いドイツ音楽の、果実としてのワグナーを、

理解しているのか、どうも、疑わしいようです。


★この素晴らしい CDは 13枚組で、驚くべき価格、

信じられないほどの安価で、売られていました。

人類の宝であるような、永遠の命のある芸術には、

それにふさわしい敬意が、必要です。

悲しいことです。


★一方、宣伝文句とポスターだけは立派、一過性の人気に頼り、

浮かんでは消え、消えては浮かぶ、

タレントクラシック音楽家の CDは、たった 一枚で、

この Furtwängler の 13枚組に匹敵するような、法外な値段。

それらの CDに、一体、どれだけの命があることでしょう。

 

 


★前回ブログで、お知らせいたしましたように、

「 11月 15日のアナリーゼ講座 」 は、少し肩の荷を降ろし、

Bach の本当に美しい旋律が、どこから来るのかを考えるため、

Bach の作品を編曲した名曲を、取り上げる予定です。


★Myra Hess マイラ・へス ( 1890~1965 )、

Wilhelm Kempff ヴィルヘルム・ケンプ(1895~1991)、

Ferruccio Busoni フェルッチィオ・ブゾーニ(1866~1924)、

Alfred Cortot アルフレッド・コルトー(1877~1962)という、

超一流の音楽家は、作曲の訓練をし、

作曲の能力も十分にあった演奏家です。


★ Bach を ピアノ用に編曲することは、このような人たちにしか、

資格がない、といえるかもしれません。

彼らの中の、作曲家としての能力が、 Bach を ピアノで弾きたいという、

欲求と結びつき、その結果として、生み出されたのでしょう。


★講座では、 Bach の有名な「 Clavier Concerto No.5 f-Moll

BWV 1056 ヘ短調 」の、誰もが “  あの曲  ” と分かる、

有名な 2楽章  「  Largo  ラルゴ  」 も、扱います。

これは、 Bachの オーボエ協奏曲( 原曲は喪失 )を、

Bach が自分で、Clavier 用に編曲したものです。

Bach が、 Alessandro Marcello (1669~1747) の、

オーボエ協奏曲 Concerto d-Moll für Oboe を、

独奏鍵盤作品に編曲したのと、似ています。


★Bach がオーボエで、非和声音をどのように扱ったか、

それを、どのようにチェンバロに移したのか・・・、

という考察が、必要となります。

 

 

 

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