音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■Beethoven が、 Bach の 「 無伴奏チェロ組曲 」 の調性から学んだこと■

2011-10-15 21:29:41 | ■私のアナリーゼ講座■

Beethovenが、 Bach の 「 無伴奏チェロ組曲 」から学び、ピアノソナタに生かした調性の性格について■
                                                    2011.10.15  中村洋子

 

                              ( 水引草 )

★これまで、2回にわたり、

 「 Johann Sebastian Bach  バッハ  ( 1685~1750 ) の

 6 Suiten für Violoncello solo 無伴奏チェロ組曲 全 6曲 を、

移調したり、勝手に音を加えると、なぜ、

バッハが構築した世界が崩壊してしまうか・・・ 」  を、説明しました。


★では、なぜ現在、このような “ 厚化粧バッハ ” や、

“ バッハもどき ” が、はびこっているのでしょうか。

 

★それは、テレビが日常生活の隅々にまで、

入りこんできた、という時代背景もあると、思われます。

かなりの昔になりますが、嗜好飲料食品の宣伝に、

「 バッハ 無伴奏チェロ組曲 1番 」 のメロディーが、

毎日毎日、バックミュージックとして、流れていたのを、

覚えていらっしゃる方も、多いことでしょう。

 

★その後、 Bach の音楽が、続々と、

さまざまな、宣伝のバックに、流されています。

それは、裁断されたり、ドーランを厚塗りされた、

Bach の破片です。

 

★宣伝は、特定の商品について、

購入したいという気持ちを、起こさせるために、

そのイメージを、焼き付けるのが狙いです。

コマーシャル音楽は、数秒から数十秒、長くても 1分程度です。

音楽として聴くのでは、毛頭ありません。

あくまで受動的で、聴く気がなくても、耳に流し込みます。

なんらかのイメージやムードを、心に焼き付け、その結果、

 “ 商品を買いたい ” という気持ち、欲求を、

抱かせる構図です。

 

                                        ( 山椒の実 )


★ “ バッハの音楽は、美しい。断片でも、限りなく美しい。

これを、何とか利用できないか ”  というのが、

宣伝に使われる ≪ バッハの無残な編曲 ≫ という、

 流行の、発端や動機でしょう。

バッハの、美しい片鱗を使うことで、

コマーシャルに、視聴者を吸い寄せたい、

そしてそれが、現実に、

かなり成功しているため、陸続と、同じような

裁断バッハが登場していると、思われます。

 


★しかし、バッハの音楽は、どんな短い曲でも、

独立し、完結した音の宇宙を、形成しています。

バッハの音楽が、素晴らしい演奏で流れますと、

絶対に “ ながら ” では、聴くことができません

音で思考することを、求められ、

聴くことに、全能力を傾注するからです。

バックグラウンドミュージックではない、のです。

 


本当のバッハは、商品の宣伝には、

逆に、邪魔となるでしょう。

思考ではなく、ムードに浸ってもらうことが必要だからです。

そこで、バッハを断片に、ブツ切りにし、

演奏しやすいように調を変え、どぎつく派手に装飾を施し、

それを流す手法が出てきたと、思います。

ちょうど、誘蛾灯のように。

そのように、無残な改竄がなされても、やはり、

バッハ音楽であり続け、美しいところが、

バッハの、凄さでもあるのですが・・・。

 

 

                             ( 不如帰 )

★テレビの隆盛とともに始まったまった、そのような傾向が、

段々と強まり、現在のクラシック音楽にも、

少なからず、影響を与えていると思います。

 Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー (1886 ~ 1960) や、

Arthur Rubinstein アルトゥール・ルービンシュタイン(1887~1982)、

 Wilhelm Kempff  ヴィルヘルム・ケンプ ( 1895~1991)などの、

次の世代に、真の大演奏家が見つからないことにも、

関連しているかもしれません。

 


★現在、 盛んに喧伝されている、

“ 大家 ” とされるピアニストたちの演奏は、

一瞬一瞬、断片的にハッとするような美しい音色を出したり、

サーカスのように、スリリングな技巧をひけらかすものの、

一つの曲を、大きな構造で描き切ることができない演奏が、

とても、多いのです。

最後まで聴き通すことが、苦痛になる演奏もあります。

 


★≪ 思考しながら、音楽を構築する ≫ という、

 西洋音楽本来の在り方より、 ≪ ムードに浸ろう ≫ という、

コマーシャリズム的志向が、勝っているのでしょう。

それでは  Bach バッハ を演奏することができません。

「 バッハ は嫌い、バッハは苦手 」 とするピアニストが多いのも、

また、頷けます。

 

                                      ( 白山吹の実 )


BACH バッハ 「Suiten für Violoncello solo

無伴奏チェロ組曲 」 全 6曲 の調性

・G-Dur 

・d-Moll 

・C-Dur  

・Es-Dur 

・c-Moll 

・D-Dur がもつ、

得も言われぬ 「 色彩感 」  を鋭く、自己の作品に取り入れたのが、

Beethoven ベートーヴェン (1770~ 1827) です。

 

★とりわけ、全 32曲の Sonaten für Klavier  ピアノソナタには、

各調の特徴が分かりやすく、表れています。

試みに、各調のピアノソナタを拾ってみますと、


★《組曲 1番 G-Dur  ト長調 》 : 10番 Op.14 Nr.2、

16番 Op.31 Nr.1 、20番 Op.49 Nr.2、 25番 Op.79 などです。

その性格は、 「 開放的で明るく、やさしく愛らしく 」、

誰もが好きになり、一度聴いたら、忘れないような調です。

それゆえ、10、20、25番は、ソナチネアルバムにも、

収録されています。


★《組曲 2番 d-Moll  ニ短調 》 : 有名な 17番 Op.31 Nr.2

「 テンペスト 」 が、この調です。

「 神秘的で内省的な 」 性格が、特徴です。


★《組曲 3番 C-Dur  ハ長調 》 : なんといっても 21番 Op.53 

「 ワルトシュタイン 」 です。

調号はなし、すべての基本となる調で、「 ニュートラル 」 な性格です。

真っ白なカンバスのように、どのようにでも描くことができ、

それを、変容させていくことができるのです

 

                                          ( 雑草の小さい花 )


★《組曲 4番   Es - Dur  変ホ長調 》 :  4番 Op.7 、13番 Op.27-1、

18番 Op.31-3、 26番 Op.81 a  「 告別 」 です

 「 告別 」 にみられるように、離別の悲しみも、再開の喜びも、

共に、この長調で表せるのです。

一見、正反対にみえるものの、同じ根っ子をもつ複雑な感情を、

デリケートに、表現できるのです。


★《組曲 5番   c - Moll  ハ短調 》 : 5番 Op.10 Nr.1、

8番 Op.13  「 Pathetíque 悲愴 」 、 32番 Op.111   

 ハ短調は、 変ホ長調とは対照的に、

感情を激しく揺り動かすような、力に満ちた調である、といえます。

ベートーヴェン最後の、偉大な作品である 「 32番 Op.111 」 が、

このハ短調であることは、本当に意味深いことです。

ベートーヴェンの交響曲 「 運命 」 のテーマも、

この偉大な調 「 ハ短調 」 です。

 
★《組曲 6番  D - Dur  ニ長調 》  :  7番 Op.10 Nr.3、

15番 Op.28 「 田園 」 です。

ニ長調 は、「 Pastorale パストラーレ 」 の、

穏やかな性格を、もっていますが、それと同時に、

ベートーヴェンの第 9交響曲の 「 An die Freude  歓喜の歌 」 が、

ニ長調であるように、爆発的な喜びをも、表現できる、

振幅が大きな調です。


★以上の有名なピアノソナタや交響曲を、思い浮かべますと、

その調の性格が、彷彿と、

浮かべ上がってくることと、思います。

 

                                     ( 錦木の葉 )

                           ※copyright ©Yoko Nakamura              

▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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