音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■バッハ「インヴェンション」のエドウィン・フィッシャー版■

2009-04-25 23:58:31 | ■私のアナリーゼ講座■
■バッハ「インヴェンション」のエドウィン・フィッシャー版■
                 09.4.25    中村洋子


★第9回バッハ・ インヴェンションアナリーゼ講座を24日、

カワイ表参道「パウゼ」で、開催いたしました。

今回は、曲集の頂点である

「インヴェンション&シンフォニアの9番」でした。


★この9番と、マタイ受難曲やロ短調ミサ の中で、

要の役割を果たしている、いわば、

Hoehepunkt (頂点) の曲とが、

作曲技法などの面で、多くの共通点をもつことも、

実際に、マタイ受難曲のアリアの一部などを、

聴き、それをピアノでも音にしながら、お話ししました。


★原典版として、ベーレンライター版、ヘンレ版、

ウィーン原典版と、バッハの手稿譜および、

ピアニストの校訂譜との、比較もいたしました。

原典版でも、手稿譜をどのように解釈するかによって、

全く異なったスラーの、付け方になってしまい、

アーティキュレーションに、大きな影響を

及ぼすことを、お話しました。


★私の結論は、“ 原典版の、これが唯一最良である・・”

といった、「決定版」は存在しない、ということです。

研究が進めば進むほど、その新しい成果をどう、解釈するか、

謎が、さらに深まっていきます。

これは、ショパンやドビュッシーの

原典版について言えることと、同じです。


★今回は、歴史的ピアニストによる校訂版の勉強も、

絶対に欠かせない、ということも、実例を挙げて、

説明いたしました。

エドウィン・フィッシャーEdwin Fischer (1886~1960年)の、

「Dreistimmige Inventionen (3声のインヴェンション)」

(Edition Wilhelm Hansen) は、

大ピアニスト エドウィン・フィッシャーの、

不朽の、名校訂です。


★シンフォニア9番の全体について、

フィッシャーは、≪ラルゴ Largoで、

「この感動的な嘆き悲しむ歌

~Dieses ergreifend Klagelied を、

歌うようにレガートで、弾きなさい」≫と、

冒頭に、記しています。


★1小節目から2小節目にかけての、

第一対主題である、バスの動きを、

Das " Passionsmotiv" として、

die chromotisch absteigenden

Viertel weich aber klangvoll

と注釈を、付けています。

その意味は、

≪このバスの動きは、「受難のモティーフ」であり、

半音階で下行していく四分音符は、柔らかく、

しかし、よく響かせて、弾くべきである≫


★この曲の内容が、一気に把握できる、

適確無比な注であると、思います。

33小節目に現れる、この曲での最高音「 C 」については、

≪klagend (苦しみ)を訴えるように≫と、記しています。


★フランス語とイタリア語訳も、併記されていますが、

各々、lamentant 、lamentoso となっています。

スイス人で、ドイツで活躍したピアニスト、

エドウィン・フィッシャーの 「klagend」 という言葉は、

大変、切実に響き、この音が、35小節のこの偉大な曲の、

頂点である、ということを示し、それがよく伝わります。


★あたかも、大ピアニストから、

個人レッスンを、受けているかのような、

錯覚を起こさせる、この校訂版の、

音楽的想像力、創造力に満ちた「注」を、

皆さまも、是非ご覧になってください。


★次回の「第10回 インヴェンション・アナリーゼ講座」は、

5月21日(木)10時~12時半、

「インヴェンション&シンフォニア10番」です。


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