音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■山形新聞文化欄に私のエッセイが掲載されました■

2008-09-20 17:32:24 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■
■■山形新聞文化欄に私のエッセイが掲載されました■■
                  08.9.20 中村洋子

★ことし2月1日、山形新聞の連載企画「滔々と 最上川今昔」で、

私の作曲しましたギター二重奏曲「もがみ川」が紹介されました。

そのご縁で、9月9日に山形新聞夕刊・文化欄に、私が「奥の細道」に

どのように触発されて「もがみ川」を作曲しましたか、などを

綴りましたエッセイが、掲載されました。


★ギター二重奏曲「もがみ川」を作曲して 中村洋子

見出し 『感じてほしい芭蕉の世界』
     『舟唄主題に「もがみ川」作曲』


●俳人松尾芭蕉(一六四四―九四年)は四十六歳の八九(元禄二)年

旧暦三月、「おくのほそ道」へと旅立ちました。

西洋で言えば、クラシック音楽の父バッハが四歳のころです。

四十年ほどずれているとはいえ、ドイツと日本の最高の芸術家が、

江戸時代のほぼ同時期に活躍したことになります。

同年六月三日(新暦七月十九日)、最上川で川舟に乗り、

六月十三日(新暦七月二十九日)、酒田の港まで下りました。
 

●私は東京生まれで、実は最上川を見たことはないのですが、

芭蕉の最上川の句に触発され、「もがみ川」という曲を作りました。

芭蕉の文にそれだけ大きな力があったからです。

川を目の当たりにしなくても、あたかも自分が川下りを

体験したかのように想像させる芭蕉の文の力。

今度は、音楽でその最上川を感じることができるように願い、

作曲しました。

 
●二〇〇六年七月、東京・小石川にある徳川家ゆかりの

名刹・伝通院本堂で、「おくのほそ道」の旅立ちから

旅の終わりまでの幾つかの場面を、ギターや楽琵琶、

龍笛などで描く個展リサイタル「東北への路」を開催しました。

最上川の川下りは、二台のギターのための「もがみ川」という

曲にこめました。

最上川舟唄を主題とした六つの変奏曲から成ります。

 
●最上川舟唄は、船頭さんの「掛け声」や、

口ずさむ「松前くずし」という歌、さらに「酒田追分」の

歌詞の幾つかを組み合わせ、戦前にまとめられた歌です。

ブラームスが生涯にわたって民謡を収集し、それを

編曲することによって、自分の作曲の源泉としていたように、

私もこの舟歌をよりどころとして、芭蕉の世界を縦横に構築しました。
 

●テーマは、クラシックのバルカローレ(舟歌)の形式です。

波と舟の揺れを模した、単純な伴奏を繰り返すのが特徴です。

最上川舟唄をその形式に当てはめてみますと、

新しい魅力を発見できます。

最上川上流の繊細な流れが、変奏によって勢いづき、

岩に当たって泡立ちます。

次に静かな「子守唄」。幼子がお母さんに抱かれ安心して眠るように、

川のおおらかさ、懐の深さを表現します。

さらに間断なく五月雨が降り、霧にけぶった川が滔々と流れます。

「五月雨を集めて早し最上川」。

ちなみに「五月雨」は陰暦五月、現在の梅雨に当たるようです。


●ここで、私は芭蕉の旅姿に思いを馳せます。

芭蕉は夜の帳が下りた旅籠で、昼間の光景を行灯の下でしたためます。

ゆっくりとした音が時を刻みます。

最後の変奏は「暑き日を海に入れたり最上川」。

盛暑の焦げるような暑さが、激しい動きの変拍子で奏され、

クライマックスを迎えます。


●ギター演奏は斎藤明子さん、尾尻雅弘さんのお二人。

斎藤さんは、米ニューヨークのカーネギーホールでソロリサイタルを

開くなど、国際的に活躍中です。

新作は、なかなか再演機会に恵まれないことが多いのですが、

この曲は、不思議に聴いてくださった方の「もう一度聴きたい」

という要望で、度々演奏いただいております。

ことし七月にも、長野・あずみ野コンサートホールで演奏されました。


●「五月雨を集めて早し最上川」「暑き日を海に入れたり最上川」。

この句だけで、まだ見ぬ“芭蕉の最上川”が、

時空を超えて読者の心の中で流れ続けます。


●私は昨年、日本の冬から春、夏へと移り変わる時の流れを

表現した曲「無伴奏チェロ組曲第一番」を作曲し、

ベルリン芸大教授のチェリスト、ボルフガング・ベッチャー先生が

CD録音してくださいました。

ドイツ各地での演奏会で、深くドイツ人に共感をもって

迎えられているそうです。

ことし六月、先生率いる「ベルリンの十二人のチェリストたち」

によって、私の新作「みじか夜」が初演されました。


●「もがみ川」の十二人のチェリスト版も、ドイツに送りましたので、

間もなくドイツの地でも“芭蕉の最上川”が流れることでしょう。

ギター版「もがみ川」は来年、CD録音の予定です。(作曲家)


▽なかむら・ようこさんは東京生まれ。東京芸大作曲科卒。
故池内友次郎氏などに作曲を師事。独奏や室内楽、
さらに雅楽など和楽器のための作品を作曲している。
2003|05年「東京の夏音楽祭」で新作を発表。
今月、CD「龍笛とピアノのためのデュオ」、
ソプラノとギターの「星の林に月の船」を発表した。


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