音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ 佐川さんの器 ■ ~漆と漆器のお話~

2007-12-19 23:59:35 | ★旧・ とびきり楽しいお話
■ 佐川さんの器 ■ ~漆と漆器のお話~
2007/1/18(木)

★私が「本物の日本人」と敬愛しております塗師(ぬし)・「山本英明」さんの

弟子・「佐川泰正」さんの展示即売会が1月26日と27日の両日、東京で開かれます。

正確に申しますと、佐川さんは、お「弟子」さんではなく、「押しかけ弟子」です。

このお二人の本物度は、次のような一端からも分かります。


★現在、漆器用に生の漆を自分で精製する方は、ほとんど皆無だそうです。

精製は、次のような重労働です。

漆の木から掻き取ったばかりの生漆は、どろりと濁り、ちょうど黄砂の色です。

真夏の炎天下、お庭に巨大な鉢をどっかりと据え付けます。

大鉢を斜めに傾け、そこにバケツ2杯分の生漆を注ぎます。

山本さんと息子の隆博さん(彼も名人です)、佐川さんの3人で、直射日光を当てながら、

5時間という長い間、ひたすら漆を捏ね回し、かき混ぜ続けます。

漆に25%~30%含まれていた水分が、2~3%にまで激減します。

メープルシロップのような色をした透明な液体になります。

陽光に晒す、という過程が必要なのでしょう。

それを極上の薄い和紙で漉し、不純物を取り除く作業を繰り返します。

そういう過程を経て、やっと、本物の「漆」ができます。

愚直なまでに手抜きをしない山本さんと佐川さん。

一方では、電熱器で温めて水分を飛ばしただけの「漆」が、たくさん売られており、

塗師は通常、それを購入して使うそうです。


★「国産であるか、中国産であるかは関係ない。その漆がもつ本来の質が問題だ」

これは、山本さんが、いつもおっしゃることです。

つまり、「いい物はいい。産地は関係ない」ということです。

一樽が数百万円ともいわれる「生漆」は、一樽一樽すべて個性があり、異なるそうです。

そうした個性豊かな「漆」たちを、10何種も手元に常に備え、

個々の木地に最も適した「漆」を選び出すのも、塗師の技のうち。


★ちなみに、漆に色がついているのは、さまざまな染料を加えるからです。

「黒漆」は、水酸化第一鉄を微量加えることで、化学反応して真っ黒に、つまり「漆黒」に。

「朱漆」は、朱の顔料を少し加えます。

何も加えない漆は、塗った後、空気に触れますと、淡い茶色に変化します。


★佐川さんは、最近、ヒノキの木地を使ったお椀を造り始めました。

手に取ると、木地がとても薄く、重さを感じないほどの軽さ。

少々小ぶりのお椀で、手の内にすっぽり、これでいただく軽いお茶漬けの味は、格別です。


★ヒノキのお椀が何故、いままで造られなかったか、奇異に思われるかもしれません。

さまざまな理由が重なっていたようです。

良質のヒノキは高価なうえ、轆轤を回して木地を造る際、他のケヤキ、トチなどと比べ、大変に厄介。

ヒノキには、硬い部分と柔らかい部分が混在しており、轆轤の刃を、飛び切り鋭利にする必要があります。

いつも鋭利でないと、ヒノキの柔らかい部分が、ぼろぼろに削れるそうです。

よく乾燥させる必要もあります。

一方、トチの木は、素材に硬柔がないため、乾燥させないものを簡単に削ることが可能です。

木地師にとって、最も嫌な、手ごわい相手がヒノキでした。


★漆を木地に塗る工程は数え切れないほど何段階もありますが、そこでも苦労が多いようです。

まっさらなヒノキの木地に、初めて漆を塗ると「すべて吸われてしまう」。

そう愚痴りたくなるほど、大量の漆が木地に吸収されるそうです。

その後、外縁部や底に「布着せ」をしたり、地の粉を塗ったり、研いだり、たくさんの作業があります。

大量の漆が吸われるということは、強度が増すことでもあり、逆にコストアップにもなります。


★「塗師が、漆を思う存分、自由に使えるようになったのは、ここ数十年のこと」

これは、かつて、山本さんから伺った話です。

戦前は、生産された漆のほとんどすべてが、軍に徴発されました。

弾丸、砲弾の錆止めとして、漆は最高の性能をもっています。

「戦前の漆器には、まともな漆がほとんど使われていない」(山本さん)

戦後もかなりの間、「叙位叙勲」の箱などを塗装するため、大量の良質漆が使われました。

この間、塗師は、そこそこの質の漆や、混ぜ物漆を使うことで妥協せざるを得なかったようです。

戦争が、伝統工芸の世界でも、戦後の長い間、暗い影を落としていたのです。


★佐川さんのお人柄は、とても暖かく誠実な方で、お話をしていますと、心洗われます。

音楽についても、なまじのプロといわれる音楽家より、クラシック音楽を深く理解されています。

毎日、工房でいい音楽を聞きながら、お仕事をされています。

私の好きなCDを差し上げますと、ご丁寧なお礼のお手紙が参ります。

ご自身の近況に加え、差し上げたCDの演奏について、評価の的確なこと。

そして、本物の音楽を聴く喜びを、ご自身の言葉で見事に綴られます。

佐川さんの器には、そうした性格のすべてが、巧まずして反映しています。

山本さんの天才的な鋭い世界とは別な、味わい深い優しい世界です。


★展示会では、佐川さんから漆にまつわるお話をうかがいながら、佐川さんの器で、

新宿「龍雲庵」後藤紘一良さんが入念に用意された、軽い懐石料理をいただきます。

お料理は、器に負けない、真剣勝負の優れた美しい一品の数々です。

料亭に詳しい、山本さんの子息の隆博さんからうかがった話ですが、

最高級の京都の料亭でも、山本さんたちの器を使うことはありません。

一軒だけ、最後の水物をお出しするときに、隆博さんの作品が使われているそうです。

佐川さんや山本さんの入魂の器を、決して高価でないお値段で購入でき、

自分の家庭で毎日、存分に使うことのできるこの幸せ。


★佐川さんの工房は、山本さんと同じく、福井県鯖江市から内陸部の河和田という山里にあります。

●展示会は、1月26日と27日の両日、開始時間が午前11時と午後2時の2回。

東京駅近くのホテル「八重洲龍名館」3階「牡丹の間」=東京都中央区八重洲1‐3‐22=

●「漆宝堂」が主催、予約が必要で、参加費は2000円。

フリーダイヤル 0120-4810-55 電話 048-622-2725

漆宝堂http://www.shippodo.jp/index.html



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