僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

松原市議選の開票結果を見て

2022年08月29日 | 議会&役所

昨日は大阪府松原市議会議員選挙の投開票の日でした。

僕も38年間、松原市職員として勤務してきたうち、26年間を議会事務局で過ごしてきたので、今でもやはり議員選挙は気になります。しかし、退職してから13年も経つのですから、4年に一度行われる選挙の度に、僕が知っている議員さんはどんどん減っていきます。

そして今日の新聞に昨日の選挙結果が出ていました。
その記事がこれです。

 

21名が立候補して18名が当選し、3名が落選でしたが、この当選者のメンバーを見ると、僕が議会事務局にいた時に在職していた人は、なんとまぁ、18名中3名だけでした。あと15名は、僕の現役時代には議員でなかった人、つまり知らない人たちです。

ホンマに時の経つのは早いですわ~

で、この新聞記事を眺めながら、知っている人のことを言いますと
5番目の池内秀仁という議員さん。この方のお父様(故人)もかつての市議会議員で、何度も議長をされた大物議員で、剛毅な方でした。僕はこの方にずいぶんとお世話になりましたが、その息子さんが僕が退職する少し前に新人議員として当選されました。実は僕は、この息子さんのお若い頃から面識があったので、いまだに親しみを覚えています。その人が、今回で5度目の当選なんですよね~

ところで、
先日の19日に、3ヵ月に一度通っている徳洲会松原病院へ行った時のこと。僕はいつものように近鉄電車の「河内天美」という駅で降りたのですが、駅の出入り口に立っておられた池内さんとバッタリ出会いました。

「あ~っ」と僕が声を上げると、池内さんも同じように「あ~っ」と笑顔を見せてくれました。
「どこへ行かはるんですか?」と池内さん。
「あ、病院です。徳洲会病院」と僕。
「どこか悪いのですか?」
「いいえ、定期的に不整脈の診察と薬をもらいに来ている程度で、大したことじゃありません」

そんなやりとりをあと、「頑張ってください!」と言葉をかけて、僕は病院に向かいました。

すると、またその近くに揃いの服を着た男性数人が道行く人にあいさつをしている。ふと見ると、その中に、これまた知っている議員さんがいました。今は大阪維新の会に属して、大阪府議会議員になっている山本さんという方。お互いに目が合って「えっ? あ~、おはようございます!」とあいさつを交わすと、山本さんは「久しぶりですね~、元気にしてはりますか?」と懐かしそうに言ってくれました。今回の松原市議選に、維新の会から出馬する候補者に付き添っているようでした。

そしてそれから10日近く経ち、昨日に投開票があり、きょう、その結果を新聞で知ったわけです。

池内さんも5位で当選されていましたが、何よりも驚いたのが、当選の第1位から第3位まで、すべて大阪維新の会の候補者だったことです。

僕が議会事務局にいた頃にはまだ大阪維新の会はなかったように思うので、この結果を見て、ホント驚きました。

そんなことでしたが、最後にもうひとつ。
注目したのが、落選した3人のうちの一人に、
「田中厚志」という名前があったことです。現職でしたが、落選したんですね。

いや~
僕は、まだこの人が議会にいて、また今回も立候補したことにビックリしました。なぜかというと

実は今から3年前の9月、この議員は市議会の本会議を「病気」と偽って欠席し、妻と2泊3日の沖縄旅行に出かけていた、ということで、新聞にも載りました。当時は大阪維新の会に属していたので、この不祥事を受けて、吉村府知事が「とんでもない話で許せない。除名すべきだ」と言ったとその新聞に書かれていました。その田中厚志氏は議員を辞職するどころかずっと議会に居座り、さらに今回の選挙では無所属からまた立候補したわけですね。

まぁ、今回はビリから2番目の成績で落選となりましたが、もしも当選していたら、松原市民の良識まで問われますよね。

当時の新聞記事です。

 

 

では、最後に、このことを書いたブログもご紹介します。

松原市議・田中厚志 議会欠席して沖縄旅行 (2019年9月12日)

 

 

 

 

 

 

 

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