うぐっ、うぅ… うぅぅぅぅぅ…
うぎゃぁっ、いででででででえ。
一昨日21日の午後、僕は台所で大きな悲鳴を上げた。
そばに妻もいたし、長男もモミィと遊んでいたその時である。
「どうしたの?」 僕の悲鳴を聞いて、妻が飛んできた。
僕の左手親指から、ドロドロドローリと、真っ赤な血が吹き出してきた。
そのとき僕は台所で、大根を切っていたのである。
家事で料理を担当する僕は、野菜を切ったりするのは茶飯事なのであるが、そのとき、長男の友人宅からもらった、丸々と太い、大きな大根を切っていたのである。で、なぜか手元が狂い、包丁が左手の親指をザクッと切った。
うぅぅぅぅ、と強烈な痛みに襲われ、悶えていると、妻が、
「とにかく、指を心臓より上に上げて」と叫んだ。
僕はしゃがんで、自由の女神像のように、指を高々と突き上げた。
血がしたたり落ちている。やばい。
僕は、脳梗塞の予防のため、血液凝固抑制剤のワーファリンという薬を服用している。いわゆる血液をサラサラにする薬で、これを飲んでいると、血が止まりにくいのである。日ごろから、出血には十分注意するように医師から言われているのに…。あぁ、うかつなことをしてしまった。アホな僕。
かたわらで、モミィが、僕の出血を見て、固まっていた。
妻が、血が止まるように、僕の手首をギュッと強く握った。
血は、すでに手首まで流れ落ちている。
あぅぅぅ、痛~い。 くぅ~ぅぅぅう。
一度止まりかけた血が、再び流れ始めた。
そして、しばらくして、傷口からの出血はどうにか収まったようだった。
それでも、僕はまだ手を上げたまま。
妻は、僕の手首を強く握ったまま。
時間が止まったように、しばらく、そのポーズが続いた。
やれやれ…。
どうやら、これ以上の出血は防げたようだ。
ツメのまわりも血だらけで、ツメの生え際に血が染み込んでいる。
一段落した後、傷口を消毒し、傷バンドを貼り、絆創膏でまわりを固めた。
それにしても、こんな温厚で愚鈍な大根にしてやられるとは…
油断以外の何モノでもなかった。
「大根役者」という言葉がある。芸の下手な役者をあざけって言う語だが、この語源は、大根は何よりも安全な食品で、絶対に当たらない(中毒にならない)という意味から、何を演じても「当たらない」役者を、大根役者と呼ぶようになったのである。それだけ安全で、決して当たらない大根なのに、よりによって大当たりぃ~。大根相手にこんな深い傷を負ってしまうとは、あ~、もう大失態である。
その夜は、ズキズキと痛み、睡眠薬を飲んでも、ほとんど眠れなかった。
翌22日。朝一番に、近くの外科医院へ行った。
「松ぼっくり医院」という、初めて行く医院である。
受付窓口で「どうされたのですか?」と聞かれたので、
「包丁で親指を切りました」と答えた。
そしてワーファリンを飲んでいることを伝えた。
診察室に入ると、70歳ぐらいの、ズケズケと物を言う感じの医師が、
「ワーファリン飲んでたら、血が止まらんやろ」と僕の指を見て言った。
「いや、昨日の夕方に一応止まったので、今は出血は大丈夫です」
「ふ~ん。どれどれ、ちょっと見せて。縫わなあかんかも知れんしな」
「縫う?!」ぎょぎょっ。やめてくれぃ。これ以上の痛い目は、困るのだ。
傷口を見て、医師は、
「あ、もう、ちゃんとくっついてるがな。これやったら縫わんでもいいわ」
そして、消毒をして(いてて)、小さなテープを傷口に貼り(いててて)、上からさらにテープを貼ったあと(うっ、もうちょっと優しくしてぇ~)、看護師さんが、
「ちょっと大げさになりますが、外れないために、分厚く巻いておきますからね」と、包帯を、指と手のひらにかけて、グルグルと巻いた。
処置が終わってから、医師は、
「化膿止めを3日間出しておくよ。しばらくは消毒するのに通院するように。日曜日は来なくていいよ。来ても休みだからね。雨や嵐の日は、来たかったら来たらいいし、来たくなかったら、来なくていい」
かなり変わったお医者さんである。
そういえば、周囲を見渡しても、他に患者さんの姿がない。
「ありがとうございました。じゃ、また明日、消毒に来ます」
そう言って、僕は「松ぼっくり医院」を出た。
家に帰ったとたん、ちょっと手を動かすと、あっけなく包帯が外れた。
外れないように、グルグル巻きにしてもらったはずなんだけど…。
どうも、医師も看護師も「ええかいな…?」という医院である。
また、自分で包帯を巻きなおす僕であった。
毎週火曜日と金曜日は、午前中、孫のモミィとソラが遊びに来ることになっており、昼食後に2人を近くのマンションにつれて帰る。午後からは、僕は大和川堤防を約10キロジョギングをし、そのあと、コスパへ言ってウエイトトレーニングと水泳をして、夕飯前に家に戻る…という日課にしていた。
この日は金曜日である。昼食後に2人が帰ってから、左親指を包帯の上からそろりとさすりながら、服を着替え、堤防に出てジョギングをした。帰ってからマウンテンに乗ってコスパへ行った。親指が使えないので、バーを握ったりは出来ない。むろん、プールへも入れないし、帰りの風呂もダメだ。
腹筋や背筋、腰、太ももなどのウエイトトレーニングを中心に、あとはストレッチなど、親指を使わないように、ほどほどに体を動かしていた。
スタッフの女の子がひとり近づいてきて、僕の包帯を見て、
「その手は、どうされたのですか?」と聞いてきた。
「包丁で切ったのです。 野菜を切っていて、間違って、指、切った」
すると、女性スタッフは、
「えぇ! こわい~、痛そうですねぇ。でも、握れなくて不便ですねぇ」
そう言って眉をひそめた。
「うん。料理って、ヤケドしたり、手を切ったり、大変なんだよね。
あなたは、料理中に包丁でケガをしたことはないの…?」
そう聞くと、彼女は、「ええっ…?!」とのけぞるように、
「あたし、野菜も切ったことないし、お料理もしたことがないんです」
と、苦笑いをした。
「でもオトコは何人も斬ったし、何人も料理しましたわよ。おほほ」
な~んちゃって。
言わない、言わない。そんなこと、言うはず、ないじゃないか。ごめん。
それにしても、年末に高熱を出し、熱が引けば正月早々声が出なくなり、喉痛は長いこと治らず、お酒を飲みに行ったら、酔って転んで顔に怪我をしてズボンは泥だらけ。やっと顔の傷も癒えたと思ったら、今度は大根を切る包丁で指を切る…な~んて、この年末年始はロクなことがない。
もう、踏んだり蹴ったりである。
踏んだり蹴ったり…???
この言葉も、よ~く考えてみると、おかしいのだ。
僕は、何も踏んだり蹴ったりはしていないのだよ。
踏んだり蹴ったり、されたほうなんだよね。
つまり…
踏まれたり蹴られたり…
…が正しいのではないだろうか?
なあんて、つまらないことを言っている場合ではない。
今日の土曜日も、朝から「松ぼっくり医院」に行かなければならないのだ。
長年の疑問が解けました。
そういえば、風邪を引いたり酔って転んだり指を切ったり、というのは、すべて、相手はいなくて、自分が自分でやったことですから、なおさらのことですね。ありがとうございました。
包丁を使うのは僕も下手です。これまでもツメを切ったことが何度もありました。しかし、今回のような、医者へ行くような深い傷を負ったのは初めてです。
年始も風邪気味だったので、毎年行く神社に初詣をしなかったのが原因かもしれません。
僕も、御祓いをしに行きますわ。
ちなみに、踏んだり蹴ったりの語源ですが、あれは、される意味ではなくて、自分がしてしまったなあという意味で使われます。
よく例えられるのが、犬の糞を踏んでしまったうえに、さらに蹴ってしまった。あ~いやだなあ。というような気持ちを表しています。
ですから、年末年始にかけて、嫌な事が続いたなあという事で、のんさんの立場から見て、嫌な物を踏んだり蹴ったりしてしまったと同じくらい、ろくな事がないなあ。という話です。
私も、年末から踏んだり蹴ったりで、ろくな事がありません。
お祓いした~い!!(^_^;)