電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

藤沢周平『漆黒の霧の中で~彫師伊之助捕物覚え2』を読む

2008年09月06日 06時40分05秒 | -藤沢周平
藤沢周平のハードボイルド・ミステリー時代小説(?)第2弾、彫師伊之助シリーズの続きで、『漆黒の霧の中で』を読みました。伊之助は、相変わらず彫藤で版木彫り職人を続けています。おまさとの関係は進展していますが、残念ながら一緒の所帯を持っているわけではなく、店の二階で公然の仲、というだけ。このへんは、前作の結末から見て、ちょいと腑に落ちないところもあります。一人暮らしに馴染んでしまうと、なかなか思い切れない、ということはあるかもしれませんが。

さて、今回は、伊之助が不審な水死人を見かけるところから始まります。仕事場を訪ねてきた南町奉行所の同心の石塚の依頼で、水死人の身元を調べ始めるのですが、伊之助の昔の稼業を知らない親方は、探索のため休んだり早退したりすることを、快く思いません。同心の石塚は、直下の岡っ引が年をとってしまい、探索も滞りがちなのを見て、伊之助に依頼したのでした。さらに第二、第三の殺人が起こりますが、探索の時間をひねり出すのが、なかなか難問です。このあたり、業界新聞に勤めていたサラリーマン時代の経験を生かしているようです。

せっかくのミステリーですので、結末は省きますが、しかし冒頭の表現、

藍を溶いたような空がひろがっている。その空にわずかな風が動いて、塀のうちの木の梢をゆするのがみえた。若葉の梢は、風が吹き過ぎるたびに、いたずらを仕かけられた小娘のように、大げさにさわいて日の光をはじく。

いや、実にうまいものです。若葉の頃の見事な描写、比喩の見事さ!
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