電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

3月11日、あの頃はどうだったか

2020年03月11日 06時03分41秒 | ブログ運営
時が経つと、いろいろなことが記憶の彼方に薄れていきます。それはある意味で幸せなことで、いやな、辛い記憶や感情もしだいにやわらいでくることを意味します。でも、思い出すことに意味があることもあるでしょう。2011年、このブログを開始して8年目の3月に起こった東日本大震災と福島第一原発事故の頃の記事を読み返していると、当時の記憶が蘇ります。


(2011年3月撮影)

3月11日の朝の記事は、セカンドバッグの中でPHSの電源が入ってしまうというのんびりした話題でした。で、翌12日と13日は停電と震災対応のため記事投稿はなし。再開したのは14日で、「なんとか、元気です。」という記事からでした。
(下線部・記事タイトルを右クリックし「別窓で開く」を選択すると便利かも。)

これらの記録を読むと、文体もまっすぐで、当時の緊張感が感じられます。自分の文章なのに、思わず背筋がぴんと伸びるようです。

その後、震災関連の記事をいくつか書きましたが、福島第一原発の未曾有の事故に対し、お隣の宮城県にある女川原発が事故を免れたのはなぜか、という考察が記憶に残ります。

あの頃、多くの人々は助け合って生きていました。昨今の新型コロナウィルス関連の問題点は、人々の疑惑と不信を助長し、互いの助け合いを壊す作用があるところにもあるのではなかろうか?


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