みどりの野原

野原の便り

1月31日 カンボジア 4日目① 市場

2010年01月31日 | Weblog
6時に起床 毎日、家にいる時よりも早起きだ。
 
外にはまんまるい月が出ていた。(Hちゃんのデジカメ望遠)
空が白み始めると賑やかな鳥の声が聞こえてくる。
 右)窓から見ると、向こうの鉄塔にいっぱい小鳥が集まっていた。
   双眼鏡で見るが、ちょっと遠すぎる。4.50羽いた。
ホテルの近くの木にも少し大きい鳥がいたが飛んでしまった。

今日は予定では、引き続きアンコール遺跡巡りで、午前中に小さい
遺跡を何か所か廻り、午後はアンコールトムを廻って、夜の便で出
国ということになっていたが、2人だけなのをいいことに、バンテア
イスレイは昨日までに観光を済ませ、アンコールトム以外はカットしてもらった。

その代わりに
観光客向けという「オールドマーケット」の代わりに「地元の人が
利用する市場へ行きたい」「水上生活を見たい」と2つの希望を出し
ておいたのだった。

その時はあまり乗り気でないような返事だったので、ダメなら仕方
ないと半分はあきらめていたのだったが、希望通りの「市場」へ行
けることになった。「水上生活」も行けるらしい。
「わーいうれしい」

チョットさんにしてみれば、時間配分など考えることもあったに違
いないが、無理を聞いてくれた。

・・というわけで、午前中だけしか開いてないという「地元の人が
利用する市場」を見学。

タイの市場・インドネシアの市場・マダガスカルの市場・・に続き
市場を見て回ることが出来た。

市場 なんという市場なのか聞かなかった。

  
小魚大魚網で捕れたものをみんな売ってるって感じ。
トンレサップ湖で捕れたものかな? 生きがよさそう。
その場でウロコを取っていた。小さいものもみんな売れるのかな?

 
       干物の串刺しや開きなど加工したものも

 
果物 パッションフルーツもあった。私たちの口に入ったのは数種類
だけだった。         右)茹でたトウモロコシを買った。

 
  菜っ葉は見たことのないもの          野菜
白菜・大根・人参・キャベツ(真っ白なのが1つ)バナナのツボミ・
長いインゲン・ヘチマ・カリフラワー・キュウリ・ショウガ・トウ
ガラシ・・などが見える。 

今回は旅行中の食事に野菜料理が多くてよかった。
生野菜はどうとか言うが、結構サラダも食べた。 2人とも無事。


大きさと言い形と言いゴキブリにそっくりな虫。
揚げてあるように見える。上にネギの小口切りと飾り切りにしたも
の、小さい粒粒の香辛料?のようなものがふりかけてあった。
1つ味見させてもらえばよかったかな?

 
乾物ものや調味料 シイタケ・キクラゲらしいもの・・
右)こんな狭い通りをバイクも時々通る。それに雨の時はどうなる?
マダガスカルで混雑した市場でスリにあったので今回は気をつけた。

 
                  豚肉に鳥肉

 
      袋入りの粉もの?     シーツ? 

 
    昔の荒物屋さんみたい       時計やネックレス 
    携帯電話を売る店もあった。

 
町の人が大勢買い物に来ていた。チョットさんもここで買い物する
という。観光客はいない。私たちだけだと来にくい場所だ。
 右)町中でもよく見かけた自転車の部品屋?カラフルな
       タイヤが並ぶ。

市場はどこも活気にあふれていて、スーパーマーケットにはない魅
力がある。珍しい食材にお目にかかることもある。
人々の生活に少しふれた気がする。
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1月30日 カンボジア 3日目⑥ アンコールワット・夕食はアプサラダンスディナーショー

2010年01月30日 | Weblog
遅い昼食の後、いよいよアンコールワットへ。

アンコールワットはアンコール遺跡群を代表する寺院建築。
私は今までアンコールワットとアンコールトムしか知らなかった。
逆に、そんな私でさえ知っている有名な寺院だ。
「アンコールワット」とは「寺の町」という意味だとか。

12世紀中ごろ30年余りの年月をかけて建立されたヒンズー教の寺院
であり王墓だという。

15世紀半ば、アユタヤの侵攻に敗れ都は放棄され、密林に覆われて
しまい、地元の人だけがひっそりとお参りしていたが、1860年フラ
ンス人の植物学者によって発見され、世界に知られるようになった。

さらにカンボジア内戦によって仏像など多数破壊されたが、日本や
ユネスコとカンボジアの協力で修復も進み、1992年世界遺産に登録
された。

敷地・建物の規模の壮大さ、デザイン、壁を埋め尽くすレリーフの
表現の細かさ・・・
(ネットによると面積は東京ドームの約15個分の広さだという)
幾多の戦いの歴史をくぐりぬけて今ここにあるのはすごいことだ。

 
西正門を入り環濠を渡る参道 環濠は東西1500m 南北1300m 
幅200m 元はナーガ(蛇神)の欄干があったが、落ちて今はない。
とてつもなく大きいお堀だ。雨季には水はもっと増える。

ガイドのチョットさんによると「アンコール遺跡群の中で正面が西
向きはここだけ。それは王の墓だから」という。
ついでに「クメール人が死んだ時は西枕にする」といい、北枕の日本
とは違うなあと思った。

 
西の搭門を入りまた参道が続く。ここには欄干が残っている。
ここからは祠堂は3つに見える。(後ろに2つ隠れている)
    右)内線の時の弾の後が石敷きに残る。塔門の柱にも弾の
        跡が点々とついて痛々しい。

  
前庭の「聖なる池」に映る5つの祠堂 
聖なる池は「王様のプール」とチョットさん。沐浴場だったらしい。
  右)池に入ってハスの花を切っている女性がいた。
 
  
前庭から 回廊に囲まれた祠堂
 右)この像は顔が残ってますねと言ったら、これは天女だという。
  アンコールワットの中には天女像が1500体もあり、技法や姿が
   同じものは二つとないそうだ。天女=デヴァター 


一番外側の第一回廊 その長いこと。
回廊の壁にはびっちりと浮き彫りがされていて、ガイドさんが説明
してくれた。

 
西面の南側の回廊には「マハーバータラ」というインドの物語
王位を争う戦いの場面が一面にレリーフになっている。

西面の北側は「ラーマヤナ」の物語が。
シータ姫をめぐり、ラーマ王子と悪ものとの戦いで、最後はラーマ王
子の勝利に終わる。
ラーマ王子の味方・敵などの登場人物?も多い。

 
第1回廊の東面の南にはヒンドゥの神話「乳海撹乱」の物語が。
写真は中央部。中央にビシュヌ神。下にはビシュヌの乗り物の亀。
蛇を引き合う左が阿修羅・右が仏 ずっと左の端には蛇の頭が、右
の端には蛇の尾と猿のハヌマンが描かれている。
「乳海撹乱」とはヒンドゥ教の神話で「神々と阿修羅が大蛇を引き
合って1000年間マンダラ山をかき回し海を混ぜた」というもの。
なかなか理解しがたい神話の世界。
海の中のものは死に、海から飛び出した天女が踊る。

今まで見たアンコール遺跡群の寺院の参道の欄干にはたいていこの
蛇を引き合う仏と阿修羅が右左にあった。(ナーガ(蛇)の欄干)


第1回廊の南面の東側は天国と地獄の絵巻ものが・・
上部に天界を・中部に人間界を・下部には地獄を書き、閻魔大王に
審判を受け、地獄に落とされている絵や、地獄の様子が事細かに彫
られていた。

第2回廊の仏像は全部頭が壊されていた。

 
第3回廊への階段
今日は仏教徒のお祭りの日で、登ることはできなかった。
この階段も相当きつそうだ。前はこの中央階段から登ったが、今は
登りやすいように端に木の階段が作ってあった。

 
十字回廊の所にいた遠足?の子供達
第1回廊と第2回廊を結ぶ十字回廊は4つに仕切られ、元は水のある
池だったそうだ。
それぞれ水・火・地・風を表す聖なる池だったらしい。
右)その十字回廊の壁にあった落書き?はなんと日本人のものだと
  いう。その説明を聞いて、また恥ずかしいことをして・・と思
  ったが、それは江戸時代のこと、フランス人により世界に知ら
  れるようになった時より前に、森本右近太夫一房という日本人
  が来て、仏像3体を寄進したらしい。
  そのことを壁に墨で書き遺したのだという。
  今は消されてわからなくなっていた。

説明では森本さんは、ここがインドの祇園精舎と勘違いしていたの
では?ということだったが、墨書のあったおかげで来た年代もわか
った。・・なので落書きとは言わないのかな? 

 
 修復中の図書館(経蔵?)      回廊と祠堂 
   
寺院をでたあたりで、前に拾った果物を売っていた。
 
売っていた果物   拾ったものをホテルで切ってみた
まだ未熟らしく、ナイフには白いゴムのような乳汁がべっとりと
ついて、始末に困った。とても食べられるような代物ではなかった。

近くのレストランでアプサラダンスディナーショウを見
ながら食事

 
アプサラダンス(天女の踊り)ショー   踊り子さんと記念写真

ネットによると、アプサラダンスは「クメール王朝時代、巫女たち
が『ラーマーヤナ物語』などを演じた宮廷舞踏」だという。
そして「ポルポト政権時代に踊り子は処刑され、踊りも絶えたが、
後に再現された」という。恐ろしい時代が少し前にあったのだ。

ダンスが終わった時、ガイドさんが「早く舞台の上へ上がって」
といい、大勢の客のいる中舞台へ上がる。他の人たちもぞろぞろ
上がってくるのかと思いきや・・私たち2人とヨーロッパ人男性1人
だけ。
ちょっと恥ずかしかったが天女さんと記念写真を撮ってもらっちゃ
った。

復習
ホテルに戻ってお風呂に入ってから今日の復習。
どうも複雑な神話の世界がわからなくて、Hちゃんに解説してもら
って少し納得。
Hちゃんの飲みこみのよさに感心する。
勉強しすぎて寝るのが深夜になってしまった。まあ熱心なこと!

いよいよ明日は最終日だ。
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1月30日 カンボジア 3日目⑤ ロリュオス遺跡群 ロレイ・バコーン・プリアコー遺跡

2010年01月30日 | Weblog
ロリュオス遺跡群
①ロレイ ②バコーン ③プリア・コー の3つの寺院からなる。
王都がアンコールに移るまでは都はここロリュオスに置かれていた。
アンコールのチケットで入れた。

ロレイ遺跡
893年に建てられたヒンドゥ教寺院
ガイドさんによると「昔は池に浮かぶ島で、16世紀まではお寺とし
て使っていた」だったそうだ。

 
     風化が進んでいる。       リンガと聖水を流す溝

 
今はお坊さんの学校が建っていた    お坊さんが勉強中だった  

女のお坊さんが何やら干している。残ったご飯を干しているとか。
干して餌として売るらしい。 お堂の前で飾りものを作っているお坊
さんもいた。 今日は仏教徒のお祭りだそうだ。

インドボダイシュ・バナナ・ヤシがあった。ノゲイトウが石の間に
咲いていた。

車で5分のところにあるプリア・コーを通りぬけ、先にバコーンへ。

バコーン
881年に建てられたヒンドゥ教寺院
当初はレンガ造りだったが、立て直した時に砂岩になったという。

バコーン 中央祠堂は5層?のピラミッド状の基壇の上に立っている。

「ここで待ってますから、上まで登ってきてください」と言われて
登り始める。登り口は4方にある。

       急な石段だ
 
左)何段かの基壇の上から下を見ると、左下の塔の下に豆粒のような
チョットさんが見えた。       右)参道が見えた


中央塔のいちばんてっぺんまで登った。高いところが好き。
当然登っただけ降りねばならない。

プリアコー遺跡
879年創建のヒンドゥ教寺院 プリアコーは「聖なる牛」の意味
 
    プリアコー        中央祠堂

13:00過ぎ出発 遅くなった昼食の場所へ向かう。
途中新スタジアム前を通る。カンボジアはボクシングが人気がある
という。ゴールデンシャワーの花・実も見かけた。

昼食はクメール料理 完食

昼休みもなく、14:00出発。アンコールワットへ。
コメント (2)
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1月30日 カンボジア 3日目④ ロリュオス遺跡群へ向かう

2010年01月30日 | Weblog
3日目もまだまだ続く。

水とジュースを買って、ベンメリアを出発。ロリュオス遺跡群へ向かう。
 
 店の前の赤い箱が冷蔵庫         水とライチジュース


普通の民家の写真を撮りたいと思うが、車の中から写真を撮るのは
しっかり見れないし、写すタイミングもむつかしい。

「高床の家の写真を撮りたい」と言ったら車を止めてくれた。
  
     お店 何を売ってるの?         子供が5人

  
ヤシジュース?酒?と干魚の揚げた?もの コップが置いてある

チョットさんがちょっと飲んでみた。ヤシジュースが発酵して酒に
なっているらしい。味を見させてもらったらちょっと酸っぱかった。

干し魚は味はないがサクサク。1つ買ったら塩を少し包んでくれた。
塩をつけて食べるらしい。
酒とつまみ 「立ち飲み屋」ってとこかな?

  
店の奥は自宅らしい。許しを得て少し近くまで行ってみる。
丸瓦で板壁、2階への玄関口の上はトタン波板が張ってあった。
庭にはバナナが植えられている。

ハシゴの所で涼んでいるのか子供が4、5人と大人もいるようだ。
一番小さいまだ1歳ぐらいの子は裸んぼうだ。 
店にも子供が4人 奥にも子供 いっぱいいる。

店の近くの道路にはウシもいた。
子牛親牛 遠くのも合わせると10頭ぐらい。
つながれていないが、夜には家へ帰るのかな?どの牛も痩せている。

「ねえ。自由だけど食べ物が不足なのと、つながれて食べ物が豊富
なのとどっちがいい?」Hちゃんに尋ねてみた。「自由」だって。
さて、私なら・・? どちらもつらいなあ。 答えにならないか。

車に戻る。

 
前のバイクの積荷をよく見れば・・ブタ  これは・・ニワトリ
                         (Hさん撮影)   
トタン屋根の家の前には家族がいて、ヤシの葉のようなもので何か
作っているらしい。オートバイがあり、犬が2匹いた。
床下にはハンモックが吊るされていた。お昼寝気持ちよさそう。
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1月30日 カンボジア 3日目③ ベンメリア遺跡  冒険だ

2010年01月30日 | Weblog

出発して1時間30分近く走ってベンメリアの入り口に到着。
ここはアンコールワットとは別のチケットが要った。

 
    フトモモ科の花、実を見るとレンブ(果物)だった

ベンメリア遺跡
ヒンドゥ教の寺院遺跡で、発見されてまだ日も浅く、一般公開され
てまだ数年という。

インターネットによると「アンコールワットに次ぐ規模」とのこと。


 
         お堀
 
  参道の傍らで子供が歌いながら手遊び(左はSさん撮影)

 
           遺跡が見えてきた。まるで廃墟
修復もされてなくて、半分ジャングルに埋もれたままだ。
「7年前は中に入れず、サルが遊んでいた」とチョットさんはいう。 

 
    連子窓も木の根に覆われ、木が繁ってうす暗い。
宮崎駿氏のアニメ「天空の城ラピュタ」のモデルでもあるという。

チョットさんが、崩れた石を登っていき、私たちに来るように言う。

えっ。こんなところを登るの? 登ってもいいの? と言いながら
冒険好きの私たちは大喜び。 

 
  こんなところを登った  ややこしい場所に落ちていた木の実
               何やろう。わかるはずないのに拾う
あまり他の人は登ってないのに登らせてくれてうれしい。

 
 お供えらしいものがあった   最上部 登頂記念
  
  
こんなところを降りた わあお! 日本なら絶対立入禁止やね。

途中で助けの手が伸びてきた。女の人だ。親切な。サンキュウ。
時々手が伸びてくる。ゆっくり下りるから大丈夫なのに・・
・・あ、そうか。お仕事なのね。下へ下りてからチップを渡した。

面白かったベンメリア探検?だった。
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1月30日 カンボジア 3日目② ベンメリア遺跡へ向かう

2010年01月30日 | Weblog
7:30ホテルに戻り朝食後、8:20 60㎞離れたベンメリア遺跡へ
向けて出発。

車窓からオオゴチョウやカシア・ゴールデンシャワー・オオアリア
ケカズラが、他の場所ではほとんど花が終わっていたのに、ここで
はまだたくさん咲いていた。
あるところでは机1つ分ぐらいの台にフランスパンのようなものが
立て並べてあるパン屋の屋台が何軒も並んでいた。パン屋通り?

ガソリンをペットボトルに入れて売る店もある。
2頭立ての牛舎が通り。薪を運ぶ車が通る。
道端の屋台や通りはお国柄がわかり見ていても楽しい。

  
       果物市場            伝統的な高床の家

 
家のそばのワラ?草?の山 何にするんだろう。  2頭立ての牛車

  
薪を積んだトラクター   検問所では片道3,5ドルの通行料を払う

「この道はタイまで続いてます」というハイウェイもあれば、未舗
装の地道も通ってベンメリアへ。
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1月30日 カンボジア 3日目① アンコールワットの日の出 

2010年01月30日 | Weblog
朝4:30起床
今から日の出を見に行く予定。外は真っ暗。赤っぽい満月が空に浮か
んでいる。お天気はよさそうだ。

5:30出発 途中ではウォーキングの人、お掃除の人 早起きだなあ。

アンコールワットの日の出

  
6:00アンコールワットに到着した。まだ真っ暗。

  
門を入ると、前は広大な広場。すでに大勢の人が来ていた。
アンコールワットの堂塔が小さく見える。そこまで広い参道が伸び
ていた。(Hさん撮影)

 
 ちょっとあちこち歩いてみる。      ニワトリ(Hさん撮影)

広場の横の森のそばでニワトリが遊んでいた。高い木の枝に止まっ
ているのもいる。
夜鶏なのか誰かが飼っているのか? 白くて顔が黒いニワトリ。
可愛いひよこが母鳥の後をついて歩いている光景はほほえましい。

ホウオウボクの長いサヤがシルエットになって見えた。

30分ほどすると少し明るくなってきた。

ガイドからは「アンコールワットの塔が5つに見える場所がある。
そこで日の出を見て、その後は池の方へ行って池に映る塔を見ると
いい」と聞いている。

正面からは3つしか見えない塔が、角度によって5つに見えるという
のだ。少しづつ左へ移動するが木に掛かったりして見にくい。

高くて座れて見やすそうな門の内側にはすでにズラリと客が腰かけ
ている。近くへ行ってみた。ちょっと隙間が・・・

そして、端から登り、客の前の狭い所を通らせてもらい、どうにか
2人分の場所を確保。

はたしてここが見やすいのか見にくいのか?
どの辺から太陽が顔を出すのか? まだ全くわからない。
でもここは塔が5つに見える場所だった。うまく滑り込めたものだ。

 
後ろの壁際の右に近いところに座った
               右)塔が5つに見える(Hさん撮影)

 
6:43空がほんのり赤くなったと思ったら、太陽が顔を出した。
思っていたよりずっと右の方だった。

ここは遅遅もぐりこんだにしては最高にラッキーな場所だった。

日の出はどこで見ても神々しいものだが、アンコールワットで見た
日の出は一生忘れないだろう。

池の方へ行く時間はなかった。
門のところでチョットさんと待ち合わせ。大勢の中でわかるかな?

7時ごろ出発
ホテルへ戻る途中に「子供の病院」というところを通った。
この前は何回か通るのだが、この病院は16歳以下の子供は無料で
診療を受けられるとのこと。なんとすばらしい!
なんとなく「日本の方が先進国」意識があったが、負けた。
日本にもこういう制度があったらいいのに。

だんだん日が高くなってきた。今日も暑くなりそう。
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1月29日 カンボジア 2日目④ ニャックポアン・タソム・東メポン

2010年01月29日 | Weblog
ニャックポアン寺院とは「絡み合う蛇」の意味
プリア・カンから車で5分ほどの所にある。

寺院へ行くまでの所
 
湿地のような沼地の向こうにヤシで屋根や壁を葺いた家があった。
 (右)その家が飼っているのか竹で編んだ鶏カゴが並んでいた。


赤いトンボが出迎えてくれた。
日本の赤トンボにはない暗赤色の体と羽。羽の先端肩部分にはミヤ
マアカネのような赤の縁紋がある。

ニャックポアンは12世紀後半に造営され、中央の大池の中に円形基壇
の祠堂が建ち、周りを囲む4つの池がある。
4つの池にはそれぞれに水の取り入れ口が設けられた配水施設を持つ。

又、4つの池は火・風・水・土を表し、十字になる形から病院である
ことを表し、昔はここは病院だったそうだ。
ここを建てたジャンバルマン7世は病院を104つも作ったとか。
 
中央の大池の中に建つ円形基壇の祠堂。水に姿が映って美しい。
              右)周りの小池の1つから見た中央祠堂

 
  ゾウの水口(北)水      人の水口(東)風
南はシシの水口(火)・西はウマの水口(土)


     大池に建つ馬の像
阿修羅が人を食べた時、観音様が馬になって人を助けたという話があ
るそうだ。
 
干上がった外池の中に咲いていた白い花
 右)木に巻きついたツルにチトセカズラのような実がぶら下がって
   いた。

遺跡のトイレは通行パスを見せれば行ける。
これは他のところも同じだった。 

 
焼いた豆のようなものを売っていた。
何かと聞いたら「ジャンボア」だという。マメか種かわからない実を
焼いて(灰だらけ)包丁で殻をわり、実を取り出して小袋で売っている。
売れるのか売れないのか、特に買えとも言わず、実を割る作業をし
ているお母さんと小さな子供。
1つもらって食べたら香ばしかったので買った。


若いマンゴーにはトウガラシ塩をつけて食べる。コリコリ・・

車でほんの少し行ったところにあるタソムは仏教系の寺院。
 
  
門の上に4面の仏像の顔がある。    天女像が残っていた

 
フィカス(クワ科イチヂク属)いわゆる絞め殺しイチジクのような木
に覆い尽くされている建物   壊れゆく建物を木材で支えている。

東メポン
プレループと同じころ952年に創設されたヒンドゥー寺院
昔は湖の上にあったそうだ。
 
   四隅?にゾウがいた   堂一面宝石の跡が穴となって残る
                燦然と輝く祠堂を想像してみる。

帰り道、マダガスカルで「セイバ」と呼ばれていたキワタの木があ
る家が時々あるのに気づいた。
サツマイモ型の実がたくさんできていた。
「きっと自分の家で使うんだろうね」とHちゃんと話した。


スラスラン池の夕日 スラスランは王のための沐浴池だったそうだ。
池で水浴びする子供がシルエットになって、1日の疲れも飛ぶいい
光景だった。

夜は中華料理を食べた。うんおいしい。

19:00ホテル着 1日いっぱい廻ったなあ。
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1月29日 カンボジア 2日目③ プリア・カン

2010年01月29日 | Weblog
プリアカンへの車中から
   
ヤシの葉を運ぶオートバイ 建物に使われるのかな?
 右)自転車もオートバイも・・
道路の周りは森。こんな景色の中を行くと、遺跡が森に包まれて長い
間発見されなかったのもわかる気がする。

プリア・カンとは「聖なる剣」という意味
12世紀後半にチャンパ軍との戦いの戦勝記念に建てられた。
王の父の菩提寺でもある仏教寺院

アンコール・トムの北側にある。横の森から小さいサルが出てきた。

  
アンコールトムの門を車で通り抜ける。 うわあギリギリ。

 
    リンガの並ぶ参道        仏像は削り取られている

 
ナーガ(蛇)を引く仏様(左)と、阿修羅(右)の欄干
アンコールワットでも出てくる「乳海撹拌」というヒンドゥー教の神
話による。

 
       修復中の建物  ガルーダ(神鳥ビシュヌ神の乗り物)
ヒンドゥー教にはいろいろな神様がいる。

  
顔のない仏像 仏教とヒンドゥー教の融和を願い建てられたが、後の
王の反仏教政策によって仏像の多くは削り取られたという。
 右)壁一面の穴は何? これは宝石を埋めた跡だそうだ。
広い範囲に無数の穴。エメラルド・サファイヤ・・どんなに豪華絢爛
だったことだろう。繁栄ぶりがわかる。今は朽ちかけているが・・

 
建物内のリンガはほとんどなくなっているがこれは残っている。
リンガは男性を表し、台座は女性を表す。
         右)お堂の中央には今も仏様がお祀りしてある。

 
 
  崩壊の激しい遺跡   屋根が崩れ落ちた回廊
上から石が崩れ落ちてきそうで通るのも怖いような。
「地震でも来たらいっぺんやね」というと「カンボジアは地震と台風
はありません」とチョットさん。よかったこと。

 
参道の果物屋 1軒だけ店が出ていた。許可がいるのか黙認されてるのか?       
                 右)伝統音楽を演奏していた。
ガイドさんの説明では戦争で傷ついた人たちだそうで、物乞いでは
なく音楽を聞いてもらいCDを売るという仕事としているという。
もしよかったら・・と言われ、1枚購入した。(まだ聞いていない)
今は古代の遺跡観光で来ていて、忘れそうになっているが、カンボジ
アと言えば長い戦いの歴史がある。
戦跡と遺跡の接点は少なくてあまり考える機会がなく申し訳なく思う。


プリア・カン出発 森の迫る道

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1月29日 カンボジア 2日目②プレ・ループ寺院 クメール料理 

2010年01月29日 | Weblog
プレループ寺院
アンコ-ル遺跡の1つでヒンズー教の寺院

 
昔は屋根もあったらしい崩れかかった門を通る
           右)ピラミッド型に3層に積み上げられた基壇
             レンガとラテライトで築かれた赤い色
12世紀以後は砂岩で造られるようになるとのこと。
 
1段目~2段目~3段目へ急な石段を這うように登る。1段1段が高い

 
最上壇には5基の祠堂が建つ。風化が激しい。
        右)登ったら下りる。往きはよいよい帰りは怖~い


火葬を行ったという石槽が残っていた。
火葬をした王様の骨を洗った水は聖水として飲まれたらしい。
30キロ先には埋葬施設があるそうだ。

今カンボジアでは火葬と土葬があるらしい。

さて、お腹がすいてきたと思ったらもうお昼が過ぎていた。
今から昼食場所へ向かう。

アンコール・クッキー・ショップ
途中で「ちょっと寄りましょう」とチョットさんがいう。
日本人に人気のクッキーの店だという。土産物屋か・・と思ったが、

そこは日本人の若い女性が経営しているお店だった。
こだわりは現地のものを使い、現地の人を雇っているということ。
後で書いたものを読んだら2004年に2人のカンボジアスタッフを雇って
店をオープンしたとか。
ガイドの仕事をしていた時「お菓子のお土産はないですか?」と聞か
れたことがきっかけで、お菓子を作れば地元にお金も落ち、雇用も生
まれると考えて始めたという。
スタッフだけでも運営していけるようにと考えておられるとのこと
で、カンボジアのために頑張っておられる方だ。


2箱買った。
アンコールワットの3つの塔が連なった形のクッキーで、味もよい。
もう少し小型にする方が壊れやすくなくて、食べやすいかな?
今度行ったらアドバイスしてあげよ。

昼食はクメール料理の店へ。


毎度お世話になったアンコールビール

 
ラスクにピリ辛ソースが付いたもの・ココナツ味のスープ

  
炒め物・甘酢味のもの・フルーツ 野菜が多いのがうれしい。 
味も食べやすく量もちょうどよい。


そして「お昼はホテルで一休み」という段取りになっているらしい。
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