みどりの野原

野原の便り

2月26日 久しぶりの畑 草刈り

2011年02月26日 | Weblog
午前中の用事が済んだので、月曜日に行く予定の畑(山)の草刈りを天気のいいうちにと午後から息子と2人で行くことにした。

畑へ行くのは久しぶり。
妹がコツコツと草刈りもしているので道に面した斜面や、畑に近い山はきれいになっていた。カキノキやウメも古い枝が切られ、クヌギも切ってあり、太い幹が積んであった。頑張ってるなあ。

頼まれている(息子が)のはタケノコ山の草刈り。タケノコが出る前にきれいにしておかないと。
草と言っても今は笹が主で、広いし斜面でもあり機械でないと大変なのだ。
草刈り機を取りに行って山の斜面を刈り、私も鎌で端の方を刈り、刈った草を下の段に落として摘んだ。
私はたいしたことはしてないのに夕方までやったらもう腰が痛んできた。

積み上げた草は妹がボチボチに燃やすそうだ。


きれいになった山。降り道もない斜面で2段ぐらいになっている。写真では写しきれないが手前にももっと広がっている。その上は平らな土地で、ウメ(古木)が2本。

この手前から左、フキだのキンカン・ウメ(古木)・カキ(古木)・ポポー(若木)・カキ(苗)などの植えた所を尾根に、左下に畑が3段つづき、その下の農道の下にも1?2?段の畑がある。


満開のスイセンとまだ伸びていないキクナをちょっと摘んでお土産に。     

 
フキノトウ(今年初めて)が出ていたので3つ摘んで帰った。ヨモギも摘んでてんぷらにした。 春の香りの一品 おいしかった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2月25日 長居植物園 目からうろこが・・

2011年02月25日 | Weblog
今月は長居植物園での観察会で、午前中園内を案内していただいた。


早くも花と実もつけていたイヌノフグリ        フラサバソウ

オオイヌノフグリも咲いていた。
絶滅危惧種Ⅱ類になっているイヌノフグリの減った理由は? 「強いオオイヌノフグリとの生存競争に負けた」ぐらいにしか思っていなかった。ところが説明では、「オオイヌ(略)の花粉が付いたイヌ(略)は種(たね)が出来ない」(花粉を伸長させるホルモン?物質?が出来ることがここ数年の研究でわかってきた)とのこと。
イヌノフグリは宿根草ではないのでその年に種が出来ないことは大ダメージ。今は影響の少ない石垣などに押しやられている。
他方、オオイヌノフグリは先ず虫を待って他の花粉をつけてもらい、夕方花が閉じる時には念のために自分の花粉をつけるという周到さで100%種が出来る。仮にイヌノフグリの花粉が付いても関係なく種子を作るというしたたかさ。
雑種を作るものもあれば、雑種を拒むものもあることを初めて知った。
でも負けたように見えるイヌノフグリも盛り返す機会をうかがっていると思うな。

タンポポも同じようなことがおこるが、宿根草のため影響は少ないとのこと。
参加者の1人の方が道路の分離帯で一面カンサイタンポポの所があると言われた。草刈りの有無も生き残りに関係あるらしい。


カンツバキに付いたヒノキバヤドリギ         マンサク
残っていたヒノキバヤドリギの花を見ることができた。ルーペで探さないと見つけられないぐらいの小さい花。他のヤドリギとはずいぶん違う。ヒノキバヤドリギの種は「はじけて飛ぶ」から鳥に食べてもらう必要がないためらしい。
右)マンサクは冷涼なところを好み、大阪のような温暖な所では育ちにくいそうだ。    
  その解決策としてイスノキを接ぎ木台としているといい、手入れを逃れたイス
  ノキが枝を伸ばしていた。ルーペで花を見ると、内向きに曲がったオシベがか
  わいい。

  
一面に咲いた寒咲きハナナ 1つの花をルーペで見た。ガク・花弁・オシベ・メシベ・長いオシベ・退化したオシベや緑色の蜜腺も見える。


クリスマスローズの花の構造も面白い。花びらのように見えるのはガクで、花びらは蜜腺となっている。花弁状の苞葉の内側を取り囲み、若い時は口を閉じている。

   
花壇には一重と八重のストックが混じって咲いていた。八重は背が低くがっしりと 一重は背が高く花数は少なく見える。「種のできない八重の花はどうして殖やすの?」
説明によると「一重の花にできた種を播くと一重の花粉は致死遺伝子を持っているので、一重と八重が1:1の割合で芽生える」とのこと。八重咲きの花も一重の花の種から生まれるのだ。見ばえのために本当は一重の花は抜かれるらしい。
遺伝子の仕組みを理解するのに時間がかかった。 

この他カンツバキ・ツバキ・ホトケノザ・サンシュユ・ユーカリ・ロウバイなどなじみの花ばかりなのに知らないことばかり。
お話を聞いて目からうろこがポロポロと・・でもまだまだうろこだらけの私。
他のメンバーの研究熱心さにも感心するばかり。


    今からが見頃の梅林  エノキの根元に残った枯葉に付いていたゴマダラチョウの幼虫。
きれいにされて枯葉はほとんどない状態。ゴマダラチョウの付いた葉も掃除されたことだろう。


  ジュウガツザクラ満開    カワズザクラ ツボミ膨らむ

今日は寒くなるとの予報だったが暖かい一日だった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2月22日 橿原をサイクリングで 四条~木之本町

2011年02月22日 | Weblog
お天気いいのに出かけないの? 「うん夕方から用事があるから」
・・で、ゆっくりしようと思っていたのだが、2時間あまり早く出てサイクリング?することに。

今井の蘇武橋からはサイクリング道が県立浄化センターまで続いているらしい。今度走ってみよう。


四条の飛鳥川沿いにエノキの大木があった。 ボケが去年の実を残したまま花をつけていた。お花見時の隠れスポット。

小房の大神宮燈籠のあるところから飛鳥川沿いは自転車で通った通学路。なつかしいなあ。幼い日、父の大八車に乗せてもらって八木へ行った思い出もある。

 
鷺巣神社 柿本人麻呂の歌碑があった。スギ・ヒノキの多い境内。エノキの大木も何本かある。  
左折して香具山に向かう道を走っていると、右奥に大きい屋根が見えたので行ってみる。車で通っていた時は気がつかなかった。自転車ならではの身軽さ。

 
天香具山 善行寺 説明板もないが立派な建物だ。帰って調べてみると創建は200数十年前とのこと。 目に付いたことだけあった。  右)本堂は安政4年~文久元年に改修されたらしい。

  
芽を吹きそうなしだれ柳の根元にも万葉歌碑があった。右)遠くに耳成山
 
こんもりした森、車で前を時々通るが・・何かな? 薄暗い入り口を入ってみた。
春日神社だった。右)シラカシの古木があった。 神社へは向こう側からも入り口があった。
前の車道が出来る前はきっと向こうから入っていたに違いない。

細い道を北へ入ってみる。

集落の途切れたところに太神宮燈籠があった。昔はこの細い道がメイン街道だったのかも?
通りかかったお年寄りの方に聞くとここは木之本町とのこと。大正生まれと言うその方としばらく話をしていたら、いつも散歩する池があるというので行ってみた。
冬場で水が抜かれて少なかったが、カモがたくさんいた。残念なことに双眼鏡を忘れてきた。


池への道を池側から撮影。こんなのどかな散歩道があるといいな。

 
次に奈文研の横の畝尾都多本神社へ。ここは「泣澤女の神の社」とも言われる。
泣澤女の神は、伊邪那美命が火の神を産んでなくなったのを悲しんで、夫・伊邪那岐命が流した涙から生まれた神で、水の神・延命の神とか。

 
正面にあるのが本殿かと思っていたらこれは摂社の八幡神社 右)紋が気になってついでに撮った建物が拝殿で奥に石の玉垣に囲まれた空井戸がありそれが御神体だとか。肝心の御神体を見なかった。ここにも歌碑があった。

今日見た3つの歌碑が3つとも高市の皇子の死を悼み恋う歌ばかりなのが興味深い。
①鷺栖神社 「ひさかたの天知らしぬる君ゆえに 日月も知らず 恋ひ渡るかも」柿本人麿
②枝垂れ柳の所「藤原の古りにし郷の秋萩は 咲きて散りにき 君待ちかねて」作者不詳 
③畝尾都多本神社 「哭澤の神社(もり)に神酒(みわ)すゑ祈祷(いの)れども わご王(おほ
          きみ)は高日知らしぬ」桧隈女王

ここでちょうどデジカメの電池切れ。あっ。ちょうどいい時間。早く行かねば・・
・・予定の場所へは10分前に到着。 自転車は小回りがきいていい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2月21日 春はもうすぐ

2011年02月21日 | Weblog
バナナ2本持ってちょっと歩いてきた。


薄手だけど暖かそうな上着。そろそろ脱ごうかな?(ヤマハゼの冬芽?)

 
青空の色が日に日に増えていくことでしょう(オオイヌノフグリ)
  右)まだ様子を見て縮んでいるけれど、もう少ししたら踊りだすよ。(ヒメオドリコソウ)

だんだんぼおっとした春色になってきた山 こんな風景を見るとやさしい気持ちになります。


焼いたあとには先ず何が芽を出すでしょう? 答えはノアザミのようですよ。オニタビラコも葉を出していました。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2月20日 鵜殿 ヨシ焼き

2011年02月20日 | Weblog
「鵜殿ヨシ原」はブログにも何回か載せた。

「鵜殿ヨシ原」は三川合流点より4キロ下流 淀川の河川敷にひろがる。面積75ha
昔から良質のヨシの産地で、高槻の特産品となっていた。特にヒチリキのリードには「鵜殿のヨシ」がかかせないそうだ。
河川の環境が変わり衰退したヨシ原の回復に向けて取り組まれている。
ヨシ焼きはヨシの成長を促すために毎年行われている伝統行事 春を呼ぶ行事でもある。

初めての「ヨシ焼き」を最初から見ようと早くに家を出た。
幸い昨日今日とお天気続きで予定通りヨシ焼きが行われた。

 
  9時 刈って所々に積んだヨシに点火 小さい火が見え白い煙が立ち上る。
河川敷には白い服を着た消防署の人と係の人の姿が見える。

 
煙がすごい。風はあまり吹いてないように見えるが、炎が風を起こすのか時々煙の向きが変わる。
右)太陽も向こう岸のビルも煙に飲み込まれた。

 
          堤防の上で見物 広いので混雑はしない。

 
パチパチパチとヨシの茎のはぜる音 焼けた草のにおい。ずいぶん離れているのに火の熱が届いて温かい。火が攻め進んでくる。

 
    小型の消防車も待機          鵜殿保存会の皆さん

 
時々火が竜巻のように渦巻く  火はあちこちで点けられ見える範囲で何か所も燃えている。
黒い燃えかすが空から降ってくるが思っていたほどではなかった。
点火の前にご近所には洗濯物に注意を促す放送を流していた。


燃え残ったところは後から点けるのかなと思っていた所は防火帯だという。
そういえば向こうの方にもある。
燃やすところは草を少し刈り残してあるが、ここは草をしっかり刈って火の勢いがあまりに強くなり過ぎないようにしていると聞いた。
      
  
燃え尽きてきて黒い焼け跡が目立ってくる。 でもまだまだ煙の下には火が隠れているだろう。

だいぶ焼け跡が多くなってきたので来た時とは反対側の上牧の方へと堤防を歩いて帰る。
いつもはヨシ原の中を歩くので、堤防を歩いたことがなかった。

表示に従って上牧春日神社と本澄寺に立ち寄った。
   
 
上牧春日神社 森は樹林保護地区となっていた。 クスノキの古木

 
        本澄寺       燈籠には文化11年 文政9年などの銘があった。
境内に三好達治の墓があった。「烏丸殿領鵜殿新田」と書かれた領界石もあるとのことで探したが見つからなかった。      
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2月19日 郡山城跡~外堀

2011年02月19日 | Weblog
「郡山城跡内と外堀を見たい。街中も歩きたい。筒井城も行きたい」との子供たちの希望で郡山方面へ行くことになった。
筒井順慶から始まり豊臣秀長から城主が何代も変わり、柳沢氏で明治維新を迎えたという郡山城の跡、近いようであまり中まで行ったことがない。

JR駅近くの外堀公園「あまりにきれいにし過ぎてるなあ」と興味がわかない様子。
「私らは観光地図では満たされへんなあ」と町歩きも地図から外れて、先ずは郡山城跡に向かう。

 
郡山市役所 江戸時代の屋敷跡が明治に生駒郡役所に、その後郡山市役所になった。市役所前のお堀にかかる白寿橋は昭和11年に建設されたものだそうだ。
        右)堀の横にある小さい橋は「大手橋」中堀にかかっていたらしい。

近鉄の踏切を超えて郡山城内に入る。

 
鉄御門跡 ノミ跡の残る石垣 櫓跡・門跡・橋跡などの碑があちこちに立っている。                         右)竹林門跡

 
水のある所もない所もあるがお堀の石垣の高さと規模の大きさにはびっくりした。


「盆梅展」が開催中だが、庭の梅を観賞。シーズンはこれから。


天守台跡にも初めて行った。 ここに天守閣がそびえていたらどんなに立派だろう。右)野面積みの天守台の石垣には転用石が多い。五輪塔や礎石・石塔・石臼なども使われている。「逆さ地蔵」もあった。
 
柳沢文庫玄関前にあった鉢植えの紅梅・白梅 白梅は推定樹齢120年。

 
明治の建物「城址会館」は元は県立図書館で興福寺境内に建てられたものらしい。 右)近くに小さい庭園があった。並んで植えられているタギョウショウ(ウツクシマツ)がみごと。

 
    追手門 (内側から撮影)               (外側から)

食事をしてから外堀を回ることに。
郡山城のお堀と言えば電車から見える部分と、西側の道から見えるところしか知らなかったが、外堀は大きく城下街を囲んでいたという。
内堀や中堀とは異なり、石垣は積まず素掘りだったようだ。それに溜め池や川も堀として利用したらしい。掘った土は堀の内側に盛り上げて土塁を作った。

お堀らしい姿が残っている所・地形でそれとわかるところ・途切れてわからない所・・・地形を見ながら、さきほど手に入れた地図を見ながら北~西の方を回った。

 
金魚の養魚池になっている外堀跡。お堀(金魚池)の間を歩いてみた。
                         右)畑になっているところもあった。

 
   大職冠のクスノキの巨木 幹回り5.7m 市内で一番大きい

 
金魚養殖場が連なる風景は郡山ならでは。
右)金魚池の横の小山は・・無数の貝の山だった。池から引き上げたものらしい。


途中で通った民家 シュロを使った塀は珍しい。

 
木造の3階建て建築の旧川本邸(遊郭跡)など花街の名残の残っているあたり


日が暮れてきた。筒井城跡は又の機会に来ることに。大門湯も次回にすることにした。 まだまだ見残したところが多い。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2月17日 近くをうろうろ 小綱町・今井町あたり

2011年02月17日 | Weblog
昨日も卓球、今日も他に予定がないので卓球に・・
ヒマなのでその前に自転車で近場をうろうろ・・

先ずは小綱町の池で水鳥を見る。
堤防に登ると、足元の繁みからたくさんの鳥が池の中央に向かって泳ぎだした。
ごめんごめん。休憩中脅かしてしまったらしい。
ほとんどがマガモ。カイツブリとアオサギもいた。
前にカワセミのダイビングを見たので、今日も・・と向こう岸を見てみたがいなかった。

もうひとつの池へ行く予定だったが、少し遠いので、近くにして・・

 
池の近く、少し奥まっていたが「三宝荒神遺跡」と書いた石碑とお堂があった。
時々通る所なのに初めて気付いた。
荒神さんといえばかまどの神様。昔はかまどの近くにお祭りしていたが・・
お堂を覗いてみたが、何もない。 調べてみたが不明。

 
蘇武橋の北のたもとにあるエノキ 幹中心部は大きくえぐれているが、幹周りは5mほどもあるという。街道の目印にされたものか。 聖徳太子が斑鳩から飛鳥に通われた時もここを通られたらしい。
エノキのことを近くにすむ友達は「ヨノミノ木」と言っていた。
蘇武橋は「ソンボの橋」と言っていたが、ソンボとは尊坊のことらしい。すなわち「貴い人」のこと。

この辺りは今井町の外堀があったところで、最近きれいに整備された。外堀は埋め立てられた?

 
ソンボの橋の南のたもとには「蘇武之井」という井戸跡が残る。
酒造りに使われたとか、聖徳太子が飛鳥への途中で馬に水を飲ませたとか言い伝えられているらしい。  右)少し南へ行った所にも「井戸跡」とお堂が見えた。 近寄ってみると「庚申堂」だった。ここも初めて気がついた。 そばの石に歌が刻まれていた。
「今井ソンボ乃朝水くみは 桶がもるやら 涙屋良(なみだやら)」下の方のも何か刻まれているようだがわからない。 この歌の意味は? 水汲みで何かつらいことがあったのか? 謎。

四条町の細い道を入ってみた。


式内大社 高市御縣神社(たけちのみあがたじんじゃ)と書いてあった。
すぐ前にはマンションが立っている。 こんなところにも神社と鎮守の森が残っている。
まだまだ知らない所がいっぱい残っているなあ。

もういい加減に帰らないと卓球の時間が少なくなる・・と思いつつ
今井町の春日神社へ。ここも前は通っても中まで入ったことはなかった。
明治の初めごろまでは春日神社の神宮寺として常福寺があったという。
今は観音堂と門や行者堂などが残っているらしいが、観音堂は説明板があったのでわかったが、行者堂はどれだかわからなかった。

 
           門                    拝殿


    旧常福寺 観音堂 
境内は静かだったが、観音堂には履物がいくつか、手押し車も1台並んでいて、お年寄りの集まりでもあるよう。 

ついつい遅くなったが卓球に。今週は2回も行った。     
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2月14日 バレンタインのクッキー

2011年02月14日 | Weblog
今日は「バレンタイン」ったって特別の思いを届ける人もなく、家族に今日も出先で可愛い(ちっちゃい)チョコレートを買って来ただけ。


娘の手作りクッキー 私にもくれた。1つ食べてから慌てて写真を撮った。

前に、娘が家の男である夫と兄ちゃんに手づくりチョコレートをプレゼントした時、「私のわぁ~」とちょっとすねたのでそれからは私にも作ってくれるようになった。
ケーキの時もあり、クッキーの時もあり。
プレゼントをもらうのは大好き~。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2月14日 纏向遺跡・箸墓古墳・ホケノ山古墳など

2011年02月14日 | Weblog
久しぶりの歴史サークル参加。

巻向駅から纏向遺跡建物跡付近を望む

邪馬台国の畿内説の候補地として有名な纏向遺跡
建物跡を望む巻向駅での説明が後ろの方で聞き取れなかったのが残念だったが、資料が充実していてうれしい。
資料によると、
『出土土器が東海から関東まで広範囲から持ち込まれたものが多い(15%)こと・発生期の古墳がこのあたりに集中していること・農耕具のクワの出土は5%(他地域50~80%)に対し土木工事用のスキが多く95%出土(他地域5~50%)・多量に出土したベニバナは当時日本になく渡来人との関わりが考えられること。他、一般的な集落とは異なる点が多いことから日本最初の都市又は初期ヤマト政権最初の都宮と考えられる』とのこと。
遺跡や建物群のイメージ図があり想像しやすい。


箸墓古墳 
纏向遺跡の箸中にある大型の前方後円墳。倭国の女王「卑弥呼」の墓説もある。まだ決め手はないらしいが最近の研究では卑弥呼の没年に近い3世紀中ごろ~後半の構築と考えられるという。畿内説に1歩近づいたかな?
今は倭迹迹日百襲媛命(やまとととひももそひめのみこと)の墓とされている。

ホケノ山古墳 纏向遺跡の古墳の1つ
箸墓を除くホケノ山古墳・茅原大墓古墳など近隣の5基は纏向型前方後円墳と言われる帆立貝式の古墳。古墳出現前後期に見られる古い形。

 
ホケノ山古墳から堂ノ後(どうのうしろ)古墳 その向こうは箸墓古墳
  右)ホケノ山古墳の前は山の辺の古道(現在の山の辺の道とは違う)だという。


少し進むと段々畑になっている茅原大墓古墳(ちはらおおはかこふん)

 
富士社・厳島社は三輪神社の摂社 右)弁天社古墳の石室を覆うケヤキの古木

富士社は山の守護神。富士登山の時無事登山を願ってここの小石を持っていく習わしがあったとか。厳島社は弁天社とも言われる海の神を祀る。 第7代孝霊天皇の皇女後に大物主の妻となったと言われる倭迹迹日百襲媛命を祀る神御前神社(かみのごぜんじんじゃ)

大美和の森で昼食頃には天気予報が当たって雪は本格的に降り出した。
大神神社を過ぎ 第10代崇神天皇を祀る磯城瑞籬(しきみずがき)宮跡伝承地。この辺りが日本最初の首都だったかもとのこと。

金屋の石仏を過ぎて

海柘榴市観音 海柘榴市は山の辺の道・初瀬街道・磐余の道・山田道などすべての道が集まるところ。市が立ち、歌垣も行われた。泊瀬川一帯は最古の交易の場であり大和朝廷の中心地であったらしい。
難波津から大和川を遡行する船運も盛んでその終着地だったという。
国内外の使節が発着する場所で、百済の聖明王の使者が仏像や経典を持って上陸したのもこの辺りだと言われ仏教伝来地の碑が立っていた。
仏像と経典は欽明天皇の宮磯城嶋金刺宮にもたらされた。

静かな今の風景からは昔の賑わいは想像がつかない。

  
コースの最後茶臼山古墳に着くころにはあたり一面雪景色。
傘に着いて重くなる雪を時々落としながら歩く。

 
何人かが茶臼山古墳の後円部へ登った。枯葉と雪で登りづらかった。
                           右)後円部の頂上

後円部には竪穴式の石室を作り木棺を収め埋め立ててあるという。
水銀朱やベンガラを使った天井石や覆い土。ガラス玉や鉄・青銅性の武具・銅鏡の破片など副葬品も多く出土したらしい。
その中の「是」の文字のある破片は卑弥呼が中国の皇帝から賜り、配布された鏡の1枚と考えられるとのこと。被葬者は不明だが大王クラスの墓であったことは間違いないとのこと。
登ってきたけど降りるのは怖い。なんとか尻もちをつかずに降りた。

鏡が割られていることについて「鏡の価値が認められるのは近世以後」とのことで、それまでは盗掘者は地金として再利用するために鏡を割ったらしい。そのころは貴種崇拝といって高貴な血筋の人を崇拝することが多かったとか(高貴な人の人骨などに価値) 「貴種崇拝」という言葉も初めて聞いた。

三輪山の麓、初瀬川と巻向川にはさまれた地域は「瑞垣郷」といわれる神聖地で古墳は作られない。(箸墓以外に古墳はない) これも初めて知った。

何回も来ている場所だけど、初めて聞くこともあって参加してよかった。

その後、雪の中を桜井駅まで歩いた。
 
電車の中から まるで雪国みたいな雪景色  うちの前の道も雪が積もっていた
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2月12日 鳥いろいろ見れた

2011年02月12日 | Weblog
高田・新庄あたりを歩く。

 
池のそばはまだ雪が残っている。鳥の足跡があった。 
                     右)マガモ・ホシハジロ・カイツブリなど


コサギ・アオサギに混じってゴイサギが。比べるとずいぶん小さい。

池のそばに思いがけずタゲリがたくさんいた。 カワセミも飛んだり止まったり。
見やすい所に止まってくれてラッキー。

帰りは家まで歩く。
途中で買い物し、寄り道をし、思いリュックを背負って2時間余りかかった。

雪が少し降ってきたがたいしたことはなかった。

田んぼの雪もだいぶ溶けた。
 
       田舎饅頭                   きな粉餅


    庭の紅梅  もうすぐ春

途中で寄った池ではマガモの交尾を目撃。
今日はカワラヒワの集団水浴び・カラスの行水・スズメの水浴びなど、寒くても水浴びする鳥の姿が見れた。
全部で30種ぐらいの鳥を見た。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする