みどりの野原

野原の便り

1月29日 カンボジア 2日目④ ニャックポアン・タソム・東メポン

2010年01月29日 | Weblog
ニャックポアン寺院とは「絡み合う蛇」の意味
プリア・カンから車で5分ほどの所にある。

寺院へ行くまでの所
 
湿地のような沼地の向こうにヤシで屋根や壁を葺いた家があった。
 (右)その家が飼っているのか竹で編んだ鶏カゴが並んでいた。


赤いトンボが出迎えてくれた。
日本の赤トンボにはない暗赤色の体と羽。羽の先端肩部分にはミヤ
マアカネのような赤の縁紋がある。

ニャックポアンは12世紀後半に造営され、中央の大池の中に円形基壇
の祠堂が建ち、周りを囲む4つの池がある。
4つの池にはそれぞれに水の取り入れ口が設けられた配水施設を持つ。

又、4つの池は火・風・水・土を表し、十字になる形から病院である
ことを表し、昔はここは病院だったそうだ。
ここを建てたジャンバルマン7世は病院を104つも作ったとか。
 
中央の大池の中に建つ円形基壇の祠堂。水に姿が映って美しい。
              右)周りの小池の1つから見た中央祠堂

 
  ゾウの水口(北)水      人の水口(東)風
南はシシの水口(火)・西はウマの水口(土)


     大池に建つ馬の像
阿修羅が人を食べた時、観音様が馬になって人を助けたという話があ
るそうだ。
 
干上がった外池の中に咲いていた白い花
 右)木に巻きついたツルにチトセカズラのような実がぶら下がって
   いた。

遺跡のトイレは通行パスを見せれば行ける。
これは他のところも同じだった。 

 
焼いた豆のようなものを売っていた。
何かと聞いたら「ジャンボア」だという。マメか種かわからない実を
焼いて(灰だらけ)包丁で殻をわり、実を取り出して小袋で売っている。
売れるのか売れないのか、特に買えとも言わず、実を割る作業をし
ているお母さんと小さな子供。
1つもらって食べたら香ばしかったので買った。


若いマンゴーにはトウガラシ塩をつけて食べる。コリコリ・・

車でほんの少し行ったところにあるタソムは仏教系の寺院。
 
  
門の上に4面の仏像の顔がある。    天女像が残っていた

 
フィカス(クワ科イチヂク属)いわゆる絞め殺しイチジクのような木
に覆い尽くされている建物   壊れゆく建物を木材で支えている。

東メポン
プレループと同じころ952年に創設されたヒンドゥー寺院
昔は湖の上にあったそうだ。
 
   四隅?にゾウがいた   堂一面宝石の跡が穴となって残る
                燦然と輝く祠堂を想像してみる。

帰り道、マダガスカルで「セイバ」と呼ばれていたキワタの木があ
る家が時々あるのに気づいた。
サツマイモ型の実がたくさんできていた。
「きっと自分の家で使うんだろうね」とHちゃんと話した。


スラスラン池の夕日 スラスランは王のための沐浴池だったそうだ。
池で水浴びする子供がシルエットになって、1日の疲れも飛ぶいい
光景だった。

夜は中華料理を食べた。うんおいしい。

19:00ホテル着 1日いっぱい廻ったなあ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1月29日 カンボジア 2日目③ プリア・カン

2010年01月29日 | Weblog
プリアカンへの車中から
   
ヤシの葉を運ぶオートバイ 建物に使われるのかな?
 右)自転車もオートバイも・・
道路の周りは森。こんな景色の中を行くと、遺跡が森に包まれて長い
間発見されなかったのもわかる気がする。

プリア・カンとは「聖なる剣」という意味
12世紀後半にチャンパ軍との戦いの戦勝記念に建てられた。
王の父の菩提寺でもある仏教寺院

アンコール・トムの北側にある。横の森から小さいサルが出てきた。

  
アンコールトムの門を車で通り抜ける。 うわあギリギリ。

 
    リンガの並ぶ参道        仏像は削り取られている

 
ナーガ(蛇)を引く仏様(左)と、阿修羅(右)の欄干
アンコールワットでも出てくる「乳海撹拌」というヒンドゥー教の神
話による。

 
       修復中の建物  ガルーダ(神鳥ビシュヌ神の乗り物)
ヒンドゥー教にはいろいろな神様がいる。

  
顔のない仏像 仏教とヒンドゥー教の融和を願い建てられたが、後の
王の反仏教政策によって仏像の多くは削り取られたという。
 右)壁一面の穴は何? これは宝石を埋めた跡だそうだ。
広い範囲に無数の穴。エメラルド・サファイヤ・・どんなに豪華絢爛
だったことだろう。繁栄ぶりがわかる。今は朽ちかけているが・・

 
建物内のリンガはほとんどなくなっているがこれは残っている。
リンガは男性を表し、台座は女性を表す。
         右)お堂の中央には今も仏様がお祀りしてある。

 
 
  崩壊の激しい遺跡   屋根が崩れ落ちた回廊
上から石が崩れ落ちてきそうで通るのも怖いような。
「地震でも来たらいっぺんやね」というと「カンボジアは地震と台風
はありません」とチョットさん。よかったこと。

 
参道の果物屋 1軒だけ店が出ていた。許可がいるのか黙認されてるのか?       
                 右)伝統音楽を演奏していた。
ガイドさんの説明では戦争で傷ついた人たちだそうで、物乞いでは
なく音楽を聞いてもらいCDを売るという仕事としているという。
もしよかったら・・と言われ、1枚購入した。(まだ聞いていない)
今は古代の遺跡観光で来ていて、忘れそうになっているが、カンボジ
アと言えば長い戦いの歴史がある。
戦跡と遺跡の接点は少なくてあまり考える機会がなく申し訳なく思う。


プリア・カン出発 森の迫る道

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1月29日 カンボジア 2日目②プレ・ループ寺院 クメール料理 

2010年01月29日 | Weblog
プレループ寺院
アンコ-ル遺跡の1つでヒンズー教の寺院

 
昔は屋根もあったらしい崩れかかった門を通る
           右)ピラミッド型に3層に積み上げられた基壇
             レンガとラテライトで築かれた赤い色
12世紀以後は砂岩で造られるようになるとのこと。
 
1段目~2段目~3段目へ急な石段を這うように登る。1段1段が高い

 
最上壇には5基の祠堂が建つ。風化が激しい。
        右)登ったら下りる。往きはよいよい帰りは怖~い


火葬を行ったという石槽が残っていた。
火葬をした王様の骨を洗った水は聖水として飲まれたらしい。
30キロ先には埋葬施設があるそうだ。

今カンボジアでは火葬と土葬があるらしい。

さて、お腹がすいてきたと思ったらもうお昼が過ぎていた。
今から昼食場所へ向かう。

アンコール・クッキー・ショップ
途中で「ちょっと寄りましょう」とチョットさんがいう。
日本人に人気のクッキーの店だという。土産物屋か・・と思ったが、

そこは日本人の若い女性が経営しているお店だった。
こだわりは現地のものを使い、現地の人を雇っているということ。
後で書いたものを読んだら2004年に2人のカンボジアスタッフを雇って
店をオープンしたとか。
ガイドの仕事をしていた時「お菓子のお土産はないですか?」と聞か
れたことがきっかけで、お菓子を作れば地元にお金も落ち、雇用も生
まれると考えて始めたという。
スタッフだけでも運営していけるようにと考えておられるとのこと
で、カンボジアのために頑張っておられる方だ。


2箱買った。
アンコールワットの3つの塔が連なった形のクッキーで、味もよい。
もう少し小型にする方が壊れやすくなくて、食べやすいかな?
今度行ったらアドバイスしてあげよ。

昼食はクメール料理の店へ。


毎度お世話になったアンコールビール

 
ラスクにピリ辛ソースが付いたもの・ココナツ味のスープ

  
炒め物・甘酢味のもの・フルーツ 野菜が多いのがうれしい。 
味も食べやすく量もちょうどよい。


そして「お昼はホテルで一休み」という段取りになっているらしい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1月29日 カンボジア 2日目①パンテアスレイ寺院 ・ ヤシ砂糖

2010年01月29日 | Weblog
6時半に起床 曇り 鳥の声が響いている。
窓のそばのサトウヤシの木に止まっていたムクドリ大の鳥が飛び
立った。

少し向こうの電波塔?に40羽ぐらいの小鳥が止まって、ピッピッ
ヒュルルル・・・といい声でさえずりながら上へと移動したり、
ちょっと飛んでは又止まり・・をしばらく繰り返し、一斉にどこ
かへ飛んで行った。ねぐらが近くにあるのかもしれない。

さて、遺跡巡りは午前中①パンテアスレイ②プレループ を回り、
昼食と休憩をはさんで午後からは③プリアカン寺院 ④ニャック
ポアン ⑤タソム見学の予定

マイクロバスは運転手さん・ガイドのチョットさん 客は私たち2人。

先ずは3日間のアンコールワットのチケット(スリーデイ パス)を
買いに行く。
お金を払い、顔写真もその場で撮って「顔写真付きのチケット」が
出来た。
           
左)アンコールワット スリーデイパス 右)ベンメリア遺跡チケット

アンコールワット遺跡群を見学する時はこれを常に携帯し検問所で
提示しなければならないそうだ。

遺跡の他にも人々の暮らしなど見るのが楽しみだ。
車の中からでなかなか写真が撮れないのが悩みだ。

アンコール遺跡
『9~15世紀に栄えたクメール人の独自の文化を持つアンコール王朝
の遺跡で、15世紀半ばアユタヤの侵攻に敗れ、都を放棄。
栄華を誇った都城は荒廃し、残された巨大な石造寺院も密林
に深く覆われてしまった。
1860年フランスの植物学者により発見され、存在が広く世界
に知られることになった』
1992年アンコール遺跡群はユネスコ世界遺産に登録された。


チョットさんによるとクメール人は知っていてひそかに信仰
されていたらしい。
ジャングルの木に覆われて崩壊が進んでいるのを、修復されている
所もあれば、崩れたままの所もある。

①バンテアスレイ(バンテアイ スレイとの表記も)
アンコール遺跡の1つで、バンテアスレイとは「女の砦」の意味だと
か。

        
       赤土の参道             リンガが並ぶ

「10世紀後半967年にジャヤーヴァルマン5世の時完成。
ヒンズー教の寺院です」とガイドさんはいう。
「ジャ・・何?」聞き慣れない名前で聞き取れない。
あまり下調べをしてこなかったので、遺跡の名前もなじみがない。
これから先の遺跡みんなこの調子なのだ。・・なので以後王様の
名前は省略。

 
        3つの祠堂                経蔵

 
                  彫刻の数々

ここはラテライトの赤い砂岩の建物で、彫りの深いレリーフが見事だった。

 
有名なのデヴァター(天女像)東洋のモナリザといわれている。
(Sさん撮影)

今は水の少ない蓮池は雨季にはいっぱいになるそうだ。
地面には小さなヒルガオ科の白い花やオジギソウが、田んぼの中には
デンジソウが日本のウキクサのようにいっぱいあった。

次のプレループへ移動中に、道路わきに鍋で何か焚いているところが
あったので止めてもらった。
それはヤシ砂糖を作って売っているのだった。

 
ヤシの実と汁を採る竹筒  漉した汁をチョットさんが飲んでみた

私もチョットだけ飲ませてもらった。ほの甘い少し青臭い味だった。
サトウキビに似た味だ。
ヤシ砂糖はインドネシアのとは色も少し薄く甘みもさっぱりしている
ように思った。
来れなかった友達が喜びそうなので、お土産に買った。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする