みどりの野原

野原の便り

1月31日 橿原神宮~新沢千塚周辺

2013年01月31日 | Weblog

午後から、橿原神宮周辺を歩いた後、新沢千塚古墳群の方へと歩いてみようと思った。
 
橿原神宮 深田池近くから山を方向を頼りに道なき道を探検。

 
山の中をしばらく歩くと、明らかに人工の、切りとおしと見られる、しかし最近は誰も通っていなさそうな道?に出た。枯葉がつもり、枯れた木も道を塞ぎ、歩きにくかったが道に違いない。


コクランが何か所か固まって生えていた。

山に入って約30分後、見慣れた場所に出ることができた。
今は消えかけているが、昔は畝傍の村の方に通じる道だったようだ。
そこから西池尻町を通り、新沢千塚古墳群へ。

新沢千塚古墳群
『4世紀後半~6世紀にわたり、貝吹山から北西に延びる低い丘陵上に築かれた群集古墳 
約2キロ四方の丘陵に約600基の古墳が築かれている。大半は直径15m前後の円墳だが前方後円墳や方墳などもある。130基の古墳の調査をされ多数の遺物が出土している』

田んぼの畦を通り新沢千塚の北側に出た。

    スクミリンゴガイの殻

今日は畔道にツクシでも出ていそうな陽気だ。

新沢千塚(北群)の景色を北側から見る。

 
115号墳 主なものには説明板がある。 北群から畝傍山を見る

今は草もなくあっけらかんとしたでこぼこ頭のような北群の墳墓の間を通り抜ける。
道路を挟んだ南群へ。

 
南群の方がよい雰囲気。
外周の道を歩き橿原高校のグラウンドの横に出る。


すぐそばにある宣化天皇身狭桃鳥坂上陵(むさのつきさかのえのみささぎ)(鳥屋ミサンザイ古墳ともいう)
濠沿いに歩こうとしたら「そこは立ち入り禁止です}と、偶然通りかかった車から制止の声が。
よく見れば小さい看板があった。


御陵の横の鳥屋池に出る。池中央部にはキンクロハジロ・マガモ・ハシビロガモが。
天気がよいので羽が光ってきれいだ。アオサギ・カワウもいた。 
                     右)池の向こうに畝傍山が見えた。
 
鳥坂神社(とりさかじんじゃ)創立は不明だが、延喜式神名帳にものる古い神社のようだ。
近くに「築坂邑(つきさかむら)伝承地」の石碑あり。
この辺りは桃花鳥坂(つきさか)→鳥坂(つきさか)→鳥坂(とりさか)になったらしい。
築坂の読み方もこれと関係するらしい。

久米道と呼ばれる旧道から鳥屋橋に出る。
近くの公園に益田池の堰堤の一部が残る。

 
益田池は平安時代初期に高取川をせき止めて作られた巨大な潅漑用のため池。
南の山地続きの尾根と久米台地の間に長さ200メートル高さ8メートル幅30メートルもの堰堤が築かれた。
益田池は橿原ニュータウンを覆う広さだったらしい。
            太陽が葛城山と金剛山の谷間に沈もうとしている。おうちに帰ろ。

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1月29日 神戸森林植物園 オオマシコは見れなかったけど・・感激

2013年01月29日 | Weblog
2時間半ぐらいかかって北鈴蘭台駅に到着。バスで森林植物園へ。

オオマシコが見れるといいな。


森林展示館前の「ヘビの干支飾り」タケとススキの骨組みの上に葉や枝や球果を使って作ってある。

こんなところで知っている人に出会う。彼女もオオマシコ目当てらしい。


親切にも観察場所の看板まで立っていてさっそくそちらに向かう。


両側のハギが刈り取られて束になっている萩の小道を通る。
何人かの人が既に来ていてオオマシコが現れるのを待っている。
ハギの実を食べるらしい。


しばらく待って、又少し場所を変えて待ってみたが残念ながらオオマシコは現れなかった。
「まだいる」と聞いていたけれど・・

園内を歩く。


日陰には雪が残って、野外の洗面所も氷が張り、池も半分凍っていた。
かなり冷え込んでいるが、着込んできたのと、風がないのであまり寒くは感じない。

ぐるっと回った園路ではたくさんの鳥が見れた。

ヤマガラ・エナガ・メジロ・ホオジロ・ジョウビタキ・アオジ・シジュウカラなどはっきり見れた。
特にウソはメスオス4羽ほどを近くでしっかり見れて感激。
ルリビタキもカワセミも肉眼でもはっきり見える場所で、しかも何か所かで美しい姿を見せてくれた。
ミヤマホオジロも園路に降りているのを見れた。
仲間の一人はアカゲラとトラツグミも見たという。


    ウソ アキニレの実をついばんでいた。
ウソもルリビタキもミヤマホオジロも見たことはあるが、こんなにしっかりと見たのは初めてかな。
オオマシコが見れなかったのは残念だったが、その分を十分取り返せるほどの大サービスで感激しっぱなしだった。
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1月27日 植樹 研修

2013年01月27日 | Weblog
3月の植樹イベントに向けて、堺第7-3区 共生の森づくりの現場で研修があった。

共生の森とは、
『昭和49年~平成16年まで30年間にわたり大阪府内の産業廃棄物を受け入れて埋め立てしてきた大阪府堺臨界部の産業廃棄物埋め立て処分場の跡地。 この内の約100ヘクタールが市民・NPO・企業・行政等の参加のもと森として整備する区域』(ネットから抜粋)
『自然の力を生かしながら森林空間などの自然環境・生物多様性を創出する』取り組み、草刈り・植樹・調査等の活動を始めて今年で10年目となるらしい。

前から聞いてはいたが、場所的にも遠く、個人では立ち入れない所なので、今回初めて参加した。
石津川駅から今日のために用意されたバスに乗り、現地に向かう。

臨界工業団地の風景、暖地らしいフェニックスの並木の中を10分も走れば海に出る。
防潮堤に沿ってしばらく走り、管理センターらしい建物に到着。
周りは荒涼たる?草原。

ここで樹木医さんから植樹のやり方などの講義を受ける。
鳥や風などで種子が散布され、環境の適した所に芽生えるものと違い、鉢で育てられて全く条件の違う環境に移植されるため、気にとっては大きい負担になることや、移植時にひげ根が切れたり、木がダメージを受けることもあるため、移植の時にはいろいろ技術や注意が必要なことを聞く。

その後、練習用の?場所に車で移動。なにしろ広い。

講師によるお手本を見た後、実際に穴を掘り、苗木を植える。
草はあらかた取り除いてあるが、草の根や石・瓦のかけらなどがスコップにあたる。
ツルハシの助けも借りて直径40センチ深さ30センチの穴を掘る。
久しぶりの力仕事。

  
掘りだした土に土壌改良剤のパーク堆肥を混ぜる。
通気性・保水性・透水性・保肥性 土壌を良くして根が張りやすいように。

穴の中に先ほどの土を底に入れ、ポットを取り除いた苗木を植えていく。
高植えにならないように気をつけて土を戻し、周りを軽く押さえる。


水鉢を作り乾燥防止や雑草抑制・防寒などのためのマルチング材としてパークチップを周りに置いて完成。

直径3メートルの円の中に、高木低木いろんな樹種をとり混ぜて15本?もう少しあったかな?
すごい密植の気がするが、生態学的混播・混植法を元にした考えらしい。

樹種はカキ・イイギリ・エノキ・クサギ・マサキ・ムクノキ・モミジ・クヌギ・ニシキギ・・他にもあった。

午後はイベントの場所を確認・少し準備をして解散。

 
予定地近く。イベント本番までには草刈りなどしてくださるそうだ。
植樹イベントは3月2日(土)・3日(日) 私は3日のスタッフとして参加予定。
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1月26日 絶滅したものはもどらない。アライグマの問題

2013年01月26日 | Weblog
「外来生物と聞いて 何を思い浮かべますか?」と問われた。
「ボタンウキクサ」「ナルトサワギク」「ブラックバス」「ミシシッピアカミミガメ」などが浮かぶ。
日本にすっかり溶け込んでいるものもある。
外来生物により在来種が絶滅の危機にあるとも聞く。

地球上に生物が誕生して38億年、今までに何回も大絶滅があり、その中で最後の大絶滅といわれのは恐竜の絶滅だそうだ。原因は巨大隕石の落下とわかってきたらしい。

そのように、自然現象の原因もあるが、乱獲や乱開発にも増して生物絶滅の一番の原因は外来生物によるものだということが分かってきたそうだ。

固有種アマミノクロウサギを絶滅の危機に追いやっているマングース・和歌山のニホンザルとタイワンザルとの交雑・三浦半島のタイワンリス。
最近はカミツキガメもよくニュースになっている。
観光用・ペット・天敵として・食用・観賞用などとして人間によって持ち込まれ、日本に居ついた外来生物。

「たった1種類の生物」人間が原因となって起こる在来種絶滅の危機と外来生物(主にアライグマ)についてのお話だった。

アライグマは1962年、飼育されていた10数頭が逃げ出したのが野生化の始まりで、
その後、テレビアニメ「ラスカル」ブームで飼育~遺棄などがあり、今では47都道府県すべてで繁殖が確認されるほど増えているらしい。

アライグマが問題になるのは①生態系の撹乱 ②農作物・酪農・水産業の被害③アライグマ回虫幼虫移行症や狂犬病の懸念④文化財への被害 など。

採食場所や巣穴など生息域が重なった場合、在来のタヌキやキツネ・アナグマなどと置き換わる懸念。樹上の鳥の卵の捕食により鳥類への影響。交雑に生態系の撹乱。
農業被害は身近でも聞くことがある。寺や神社の被害のニュースも聞く。
アライグマ回虫の感染症は外国では死者もでているらしい。

さて、それに対し、生ごみや未収穫物の放置をしない。電柵・捕獲檻・番犬などぐらいで、効果的な防除法はないらしく、効果的な対策が開発されることを待つのみ?

日本に見事に?適応したアライグマ「全天候型 水陸樹上性 無変色性 昼夜行性 多様環境生息可能 体力優位 人気抜群 動物」だとか。

「絶滅したものは戻らない」在来生物の絶滅は困る。生態系の撹乱も困るが・・
安易に持ち込んだ人間のせいで悪者にされるアライグマにとっては迷惑な話なのではとも思う。
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1月25日 道明寺天満宮 うそかえ祭り

2013年01月25日 | Weblog
私たちが天満宮に到着した時には既に左側の列は本堂を一回りする長さで打ち切りで、右側の列の後ろに並ぶ。


列のそばには赤い実をいっぱいつけたクロガネモチ  写真は満開のロウバイ。

11時?左の列から入場が始った。
左の列が済んで、やっと右の列が入場。入り口で紙袋に入った「うそ」を1個ずついただく。

 
まず天神様にお参りした後、しめ縄を張り巡らせた本殿前の広場に入る。

 
替えましょう替えましょうの掛け声とともに、そばの誰彼となくうそを交換。
まるで知り合いのように誰もがニコニコ顔。
早くに入場した人はもう疲れてきたのか横で休憩している人もいる。

うそ替え祭りは菅原道真に由来し、1000有余年続いているそうだが、近年は「うそを神前に詫び、うそをまことに替えるという信仰も生まれている」(袋裏の説明)とのこと。
人間、悪意はなくても小さいうそはついているものかもしれない。

  
終わりの合図は太鼓。ドンの合図で手元に残った袋を開ける。
木で作られたうそ鳥の底に色の紙が貼ってあれば当たり。


幸運を当てた人は「純金・純銀のうそ替え御守り」と交換してもらえる。

期待もしていなかったが、仲間の中でも誰も当たりなし。
隣にいたおじさん曰く「罰があたらないだけましや」
当たらなくてもかわいいうそはもらって帰れる。

うそ替えは午後3時から2回目が行われる。

  
梅林のウメはまだ開花には早いが、鉢植えのが少し咲いていた。
                   (左)ヤマガラ2羽・シジュウカラ1羽、
すぐそばの梅の枝にとまったり地面に降りたりして肉眼でよく見えた。

お昼過ぎ、解散し、弁当を食べる人、食堂で温かいものを食べる人、帰る人に分かれた。

 
私たちは石川のそばでお弁当を食べた。
風は冷たいがお天気が良いので少しはまし。
食べているそばまでイソシギがやってきた。せわしない歩き方で行ったり来たり。

 
そのあと川沿いに歩いた。風が強い。   右)寒さに負けず咲いていた元気者のクサフジ

ムクドリやアオジ・ハクセキレイ・チュウサギ・カワウなど見たが、カモは遠いところに1羽見えただけで他に水鳥はいなかった。 どこかで寒さをしのいでいるのかな? 


土手のサクラ並木は病気か虫にやられているのか根元近くに薬剤らしいものがたくさん打ち込まれていた。

歩き始めて約1時間。古市駅から電車に乗る。
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1月22日 シイタケが出来てた

2013年01月22日 | Weblog
裏庭に出てみる。すると・・


シイタケができていた。大小5本 大きいのは手のひらの大きさ

取り遅れて渇き気味。もう少しで干しシイタケになるところだった。
さっそく鍋の材料にした。
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1月21日 東寺 初弘法

2013年01月21日 | Weblog
初弘法行かない?と声をかけたら「行きたいと思っててん」と話が会って東寺の弘法市へ。
ずいぶん久しぶりだ。
12月の「仕舞い弘法」には来たことがあるが、「初弘法」は初めて来た。
駅を降りる人も多く、近づくにつれて一層人が多くなる。

寺の広い敷地はびっしりと店が立ち並び迷路のよう。

 
 
漬物・海産物屋・青物屋・手作りの店・刃物屋・靴屋・自然素材や手作りアクセサリーに服やカバン・食べ物屋・着物や着物地やハギレ・・・今年は自転車まであった。
やっぱり骨董物が多い。骨董とも言えないガラクタを見るのも面白い。
懐かしいものも多い。
でもあまり余計なものが増えても困るし、干支の飾りも2・3年先ならまだいいが・・
ということで、あれこれ見ても私は小さいもの1つ買っただけ。見るのが好きなのだ。

買物上手な妹はガラクタの中からうまく目をつけて、細かい飾り物をいくつかお買い上げで満足そう。

新年ももうだいぶ経って「年の初め」感は感じなかったが、ぐるぐる回って半日楽しめた。
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1月20日 矢田周辺~子供の森へ

2013年01月20日 | Weblog
冬の矢田周辺 何が見られるかな?

 
      コガネゴケ             イチョウゴケ
「コケ」とつくが、コケ類ではなく地衣類 植物ではなく菌類と藻類が共生したものだそうだ。

耕作放棄された田畑の再利用を試みられているところを案内していただいた。
田んぼ?池?の跡にはガマを植えてドジョウを放してあるらしい。
水深を深い所と浅い所を作ってあるのはドジョウが共食いするからだとか。
大きいのが小さいのを食べるらしい。あの小さい口で? 
マコモも植えてあった。

間伐したタケを利用して高いところまでタケの回廊?を作ってあるのにはびっくり。
生えているタケを柱にしてある。タケと紐で作った階段と回廊 上には広い休憩所があった。

 
人ひとりがようやく通れる。まるでキャノピーウォークのよう。


休憩所の上から見た景色

虫の冬越しの様子も見る。
 
マイマイガのタマゴ 表面にメスが塗りつけた鱗毛で守られている
                        右)ミカドトックリバチの巣


   ラクダムシ 樹皮の裏に棲む。どこがラクダ?
腹部を持ち上げて歩く様子がラクダに似るらしいが・・
何しろみんな小さい・・
見つけてもらったものを追いかけるだけで精いっぱい。
(パソコンが変わりました。ウィンドウズ7を使って初めてのブログです)
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1月18日 歩いて食べて 新年会

2013年01月18日 | Weblog
「雷の丘に行ってみたい」というのでバスを降り、途中で「山田寺も行きたい」と引き返し・・
食べる以外は計画なし。

 
近くても久しぶりの雷の丘に登る。発掘の後裸地だった頂上はクヌギ山に。

 
田んぼの畦に並んだパイプ(ヒューム管)は何のため?
      農小屋の軒先に 乾・生乾・生 いろんな段階の切干大根が。

 
            山田寺跡にも立ち寄る。


たまった水は凍っていた

 
 近道を探して道なき道を・・なんとか道路に出た   
              右)田んぼの模様がきれい
登り登り・・ずっと登り

  
倒れた木に絡まったテイカカズラ。サヤがはじけて冠毛の付いた種がふわふわと。
       右)カラスウリを見つけて喜ぶ友 ちょっと遅めで色褪せているが。

登りに登ってた後は下りに下り・・

集落の入り口にかかった勧請縄 ここは桜井市高家(たいえ)ここまで来るのは初めてだ。

 
友達が申しこんでくれた「田舎茶屋 千恵」さん  
           こだわりのおまかせ料理(写真はその中の1品)を食べながらの新年会
本格山ガール 里ガール 個性的な2人となんでもどこでもいい私
 
 
高家の標高は約270mだそうだ。もっと登ってきたような気はするが。 
                   右)香具山が真下に見えた。
帰りは桜井駅まで歩く。20000歩
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1月17日 琵琶湖1周 ⑳ 完結バンザイ

2013年01月17日 | Weblog
h23年3月から歩き始めた「琵琶湖1周ウォーク」もいよいよ今日で完結。
JR瀬田駅~琵琶湖東岸沿いで~瀬田川~瀬田の唐橋~西岸を北上~大津港~JR大津駅の予定

琵琶湖周辺の天気予報は雪マーク。
雪が降るか、積もっているかもと、寒さ対策と積雪を考えて重ね着とブーツで。
雪の中13キロぐらいを歩けるかな?

ところが、瀬田駅についてみると積雪全くなし。風もなくあまり寒さを感じない。

 
30分ぐらい歩いて琵琶湖岸に出る。 水道橋はカワウのお休み処
ジョウビタキ・シジュウカラ・エナガ・メジロ・ハクセキレイなどすぐ間近に見れた。

 
陸に上がってくるヒドリガモ  ゲートボール観戦?


アキニレの実も好物のよう
オオバン・カイツブリ・カンムリカイツブリ・キンクロハジロ・オカヨシガモ・ユリカモメ・・肉眼でも見える近さにいるのがうれしい。

琵琶湖岸を歩いているつもりがいつしか琵琶湖ただ一つの流出口「瀬田川」になっていた。

 
現在の水位はー7センチ 放水量130㎥/s 唐橋流心水質自働監視所


瀬田の唐橋を過ぎ(・・てはいけないのだが・・)通りこしてどんどん先へ行ってしまう。
 
 
    救助艇  どんどん川らしくなってきたところでふと気付く。
あれっ。瀬田の唐橋を渡るんじゃなかった?

歩きすぎたところを瀬田の唐橋まで戻る。橋のたもとで弁当。
 
日本三名橋・日本三古橋と言われる「瀬田の唐橋」を渡る。
現在のコンクリート橋になったのは1979年(昭和54年)という。 
渡ったところを右折すると「アープ滋賀」の立派な建物が。
その横を北に入るが、ぐるりと元の道に出てしまった。あらら・・ここは中の島らしい。

 
唐橋そばの鳥居川水位観測所 中を覗くと観測機械らしいものや振り子のようなものも見える。
『鳥居川観測所が設置されたのは明治7年(1874年)2月4日。平成4年4月以後は琵琶湖の湖内5箇所で観測した平均水位を琵琶湖水位とするようになったが、それ以前は「鳥居川(とりいがわ)観測所」の水位を琵琶湖の水位として公表してきた』(ネット)とのこと。説明板によると『今なお朝夕の観測が続けられている』らしい。  右)そして、その先にまた小さい「瀬田の唐橋」の続きがあった。

瀬田の唐橋は中ノ島を挟んで大橋・小橋にわかれているらしい。
小橋を渡るとそこが瀬田の唐橋西詰めで、ここからは琵琶湖西岸を北上する。
午前中は風がなかったが、北からの風は冷たい。脱いでいた上着を着る。


膳所辺りにあった三等三角点 標高は87.385m こんな低いところにもあるんだ。

 
変った建物は今は閉館になっている「琵琶湖ホール」
              右)塔のような屋根の上には「トンボ」が付いていた。


浜大津港に到着。ちょうど接岸した「うみのこ」 
聞くと、この船は「県内の小学5年生が琵琶湖の環境について宿泊学習する」ための学習船だという。
小学生が大勢舟から降りてきた。
命の水甕「琵琶湖」を守るために子供の時から環境に敏感になることは大切だ。

さて、私たちの琵琶湖1周も浜大津で輪がつながった。
琵琶湖 湖岸線は235キロ(東海道線の大津~浜松間の距離と同じ)だそうだ。
駅までの距離、迷った距離を入れると歩いた距離はもう少し長くなるだろう。
細切れで歩いたので2年弱かかったが、いい思い出となった。
次に計画している打ち上げが楽しみでもある。 
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