鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

緑釉の香合が舞台回しで面白かった「利休にたずねよ」

2009-02-05 | Weblog
 第140回直木賞受賞作の山本兼一著「利休にたずねよ」を読んだ。直木賞受賞が決まってすぐに本のオンラインショップ、bk1に注文したのだが、在庫になかったのか入荷に4、5日かかる、とのことだった。本屋でも並んでいなかったので、それでもいいやと注文したのだが、その後本屋にも平積みされるようになり、著者も数日前の毎日新聞夕刊にそのフィーバーぶりを述壊していた。そのフィーバーぶりもずっしりと書き込まれた内容の面白さにあることがよくわかった。
 「利休にたずねよ」は茶道家として名を成した千利休が豊臣秀吉から死を命じられるところから解き起こし、エピソード風に利休の生涯を綴っていく。利休がいかに魚屋の倅から当世一の茶道家に成っていったかを石田三成、織田信長、徳川家康、細川忠興など諸将との触れ合いや、古渓宗陳、武野紹鷗などの茶匠との交流を数々のエピソードを織り交ぜながら、千利休の人となりを浮き彫りにさせていく手法は見事である。
 もとより、茶道には詳しくない読者にも千利休の茶道における凄さが伝わってくる。後妻の宗恩に「あなたさまは天下だって取ろうと思えば取れた人だ」と言わせ、茶道の道は人の道にも通じることを匂わせるあたり、著者の人間観が色濃く出ている。
 千利休がなぜ秀吉から死を賜ったのか、表面的な理由は大徳寺に山門に己の像を掲出させたことと、単なる陶器を法外な値段で取引させた罪ということになっているが、本当のところはわからない。秀吉自身が意のままに動かない千利休に不興感を持ったためとか、茶道で人や世間を誑かせたとか言われているが、茶道で多くの武将を操って政争の具にしよう、としたのはむしろ秀吉である。そのあたりは匂わせるだけで真相は読者の判断に委ねているのは著者のうまいところである。
 ただ、最初から最後まで貫いているのは千利休が若い頃に高麗の姫をさらって逃げようとした時に得た緑釉の香合とその姫の残した爪が千利休の宝物となっていることで、ある時その香合を見つけた秀吉が千金を積んで買うといったのをはねつけたことが秀吉の勘気を呼んだ。事実かどうかは定かではないが、この小説を最初から最後まで貫いている利休の慕いが香合に象徴されている。折りにふれ、その香合が登場し、だれもがその美しさに見惚れる設定はうまい。そして、最後に利休が切腹した後に香合を壁に叩きつけることで、思いにケリをつけるあたりもうまい、としかいいようがない。
 いつも芥川賞は読んで首をかしげる場合が多いが、今回は久し振りに面白い直木賞受賞作であった。
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