鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

夫婦愛を垣間見せたガン闘病記

2006-06-13 | Weblog
 中野孝次氏のガン闘病記が文芸春秋7月号に掲載された。2年前の7月16日に享年79歳で没した作家が同年2月8日から3月18日までの食道ガンの告知を受けてから検査通院を繰り返し、治療のため入院するまでの間の闘病記である。「清貧の思想」で一世を風靡した作家もガンには勝てなかったわけだが、宣告を受けた時には「あと1年の余命」と言われ、ローマの哲人、セネカの「誰かに起きることは汝にも起きるものと覚悟すべし。自分の自由にならぬものについては運命がもたらしたものと平然と受けよ。できるものなら自らの意志で望むものの如く、進んで受けよ」との言を思い出した、という。ただ、病人の扱いのぞんざいな大病院への怒りだけはぶちまけている。実際には宣告えを受けてから4カ月余しかもたなかったことになり、その点では壮絶な記録でもある。
 面白いのは日記に添えて夫人の中野秀さんの手記が寄せられていることで、日記のなかでガンを宣告された中野孝次氏が家へ帰ってきて夫人を前に座らせて「あと1年の寿命と覚悟して、その一日一日を大事に生きていこうと思う」と言う場面があるが、夫人はまるで覚えていない、という。また、命に関わるような病気の検査などは普通は夫婦同伴で病院へ行くのに中野家では以前から1人で行くのが通例で、今回も1人だけで病院へ行った、という。
 それと、最も面白く読んだのは夫人が最後に「やっぱり、中野と結婚してよかった」と結んだあとに、旦那が亡くなった後に読んでいた本に挿んであったしおりに「今日は秀が帰るときに秀が四秒間握手してくれた」と書いてあったのを見つけ、それまで改まって握手あんあかしたことがなかっただけに「嬉しかったのかしら」と述懐しているのが感動的であった。
 夫婦の愛情が最後にこんな風に終われたら、幸せなんだろう、と思ったが、死んでしまってはやはり悲しい。清貧と長生きとは両立しないものなのだろうか。「清貧の思想」が出版された時は買って読み、それなりになるほどと思っただけに残念なことであるし、本人も無念なことだったろう。
 
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