とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

2020第1回熊野古道ジャーニーマラニック:伊勢路編その1-1日目

2020-12-14 22:29:14 | 熊野古道
塩の道、京都トレイルなどのロングトレイルを終え、次のロングトレイルに挑戦してみたくなり、次の目標として熊野古道の全コースを踏破することにした。熊野古道は、伊勢路、大辺路、中辺路、小辺路、紀伊路と5つのコースがある。第1回目の今回は、伊勢路からスタートすることになった。

伊勢路は、伊勢神宮から熊野灘沿いに熊野へ向かうルートだ。名古屋から近鉄で五十鈴川駅まで向かう。五十鈴川駅は、伊勢神宮内宮に最も近い駅だ。


第1回目は、私を入れて7人の参加者が集まった。まずは、五十鈴川駅前で記念撮影をする。


五十鈴川駅からは、バスで伊勢神宮内宮に向かう。宇治橋の前まで行って拝礼してから、マラニックのスタートだ。


内宮のすぐ近くに宇治神社がある。古くより、足神様と称され、健脚を願う人々の信仰を集めてきた神社だ。


みんな、走ることが大好きな人たちなので、早速足神様にお詣りしていく。


この足神様には、伊勢市出身の野口みずきがアテネオリンピックの前にお参りし、金メダルを獲得したことでも脚光を浴びたという。


おはらい町の中を進む。たくさんの店が立ち並び、伊勢のメインストリートだ。通常なら、隙間もないほどの人込みとなる場所だが、今年は、人影はまばらだ。




おはらい町を抜け、外宮方面に向かう。人力車が通り過ぎて行ったが、誰も乗っておらず、車夫も暇そうだ。


猿田彦神社の前を通る。


高台にある住宅地の間を通り抜ける。


伊勢神宮をイメージしたモニュメント。


外宮から内宮へと続く古市街道の途中にある「麻吉旅館」。ここはかつて、お伊勢さんへの「おかげ参り」の帰路、旅人の「精進落とし」で栄えた街だ。今も尚、唯一当時の面影をそのまま残して営業をしているのがこの旅館である。その歴史は大変古く、200年以上まえからあると言われている。風貌は独特で、急斜面に沿って作られた建築様式は京都の清水寺と同じ懸崖造りといい、この歴史的な木造宿とその脇をすり抜ける急坂の風景は、まるで江戸時代にタイムスリップしたかの様だ。




外宮に到着する。ここも、橋の前で拝礼のみで先に進む。


外宮のすぐ先に、熊野古道伊勢路の№1道標がある。ここから、いよいよ熊野古道の本格的スタートだ。


渡会橋(わたらいばし)を渡る。かつては、渡し舟があり、旅人は舟で宮川を渡ったというが、我々は橋で渡るしかない。


尾崎咢堂記念館前を通る。尾崎咢堂(行雄)は、日本の政治家。日本の議会政治の黎明期から第二次世界大戦後に至るまで衆議院議員を務め、「憲政の神様」「議会政治の父」と呼ばれた人だ。


JR参宮線の田丸駅に到着する。


田丸駅のある玉城町は、お伊勢参りをしてから熊野詣や西国三十三所巡礼に向う旅人が多かったという。駅前には、「熊野古道伊勢路出立の地 玉城町」と書かれた石柱と、「をちこちに神を祀りてあたたかし」と書かれた石碑、そして、ここから出立する旅人のモニュメントが建てられている。


当時の面影を残す通りを進む。


熊野街道方面に進む。


今回の最初の峠越えとなる女鬼峠入り口に着いた。


峠道には、くっきりと二本の轍の跡が残っている。昔、荷車の通った跡と言われている。


女鬼峠からの展望。“女鬼峠”という恐ろしい名前の由来は、この辺りに“人食い鬼”が棲んでいて、鬼に喰われた女の幽霊がたびたび目撃された事から、いつの間にか"女鬼峠”と呼ばれる様になったという。


峠を降り、里に入っていく。




千福寺の裏のモミジがいい色に紅葉していた。


16時少し間、栃原にある「旅館岡島屋」さんに到着する。これで1日目のコースが終了だ。距離28.7キロ、6時間の行程だった。

参考1.1日目のコースマップ


参考2.1日目の高低図&コースタイム


「2020第1回熊野古道ジャーニーマラニック:伊勢路編その1-2日目」に続く。