とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

2012東尋坊愛の100キロマラニック(後半)

2012-09-19 00:31:21 | マラソン
40キロを過ぎ、折り返し地点まであと少しになってきた。大きなお城が見え、駐車場のトイレに寄って少し休憩する。このお城は、勝山城で、戦国時代に柴田勝家の一族である柴田勝安によって、現在の福井県勝山市に築かれた城郭である。


勝山城から、すぐに平泉寺の入口に到着する。ここから緩やかなのぼり道となる。上位の選手が続々と下ってくる。まだ先のようだが、黙々と歩き平泉寺参道入口についた。参道入口のデザートエイドで少し休憩して参道に入っていく。参道は、うっそうとした杉の大木と苔でおおわれた幽玄な雰囲気の場所である。今までの暑さが嘘のように涼しげな雰囲気で気持ちが楽になる。


その昔修行僧たちが九頭竜川の河原から手で運び上げられたと言われる石畳を上がりきると、平泉寺の拝殿である。ここで折り返しと思ったら、裏の本社に回って折り返しとの事だった。


本社で完走を祈願して、折り返す。


再び、参道入口のデザートエイドでケーキを頂く。ここのエイドの関門が12時30分だったので、まだ余裕があり安心して先に進んだ。


九頭竜川にかかる勝山橋を渡る。


74キロくらい。時間は15:50くらいだったが、まだまだ日射しは厳しい。九頭竜川沿いをしばらく走るが、日陰がなくて閉口した。


85キロの関門のエイドに17時26分くらいに到着する。17時30分の関門時間を何とかクリアし一安心する。70キロ辺りから、関門に間に合わないんじゃないかと何度もあきらめかけたが、時計を見ながら必死に頑張った甲斐があった。


大分暗くなり、コースの矢印も見えにくくなっていたが、神社の灯りにホッとする。


18:23。そろそろ日没である。


その後は、時計と睨めっこでエイドを目指して走った。ゴール関門時間は20時である。エイドの距離を確認しながら走るが、なかなか次のエイドに着かない。けっこう頑張って走っていたつもりだが、時計を見ると1時間で5キロくらいしか進んでない。「そんな馬鹿な」とエイドで距離を聞くたびに、距離表示が信用できなくなっていた。GPSを持ってるランナーも距離がおかしいと話していたし、体感での距離も長すぎると感じていた。85キロエイドからの計算では、少し余裕をもって20時までにゴールできると踏んでいたが、その予定が96キロ辺りから狂ってきた。98キロのエイドを過ぎたとき、もう関門に間に合わないことがわかり、一気に気持ちが萎えてしまい走れる気力がなくなった。あとは、時間外完走でもいいからゴールに着けばいいやという気持ちだけでとりあえず歩いて前に進んだ。真っ暗な夜道には、誰もいない。もうゴールも撤収されてるかなとも思いながらも東尋坊の入口に着いた。

しかし、入口付近には、大勢のスタッフが残っていてくれた。スタッフの声援を受けながら最後の力を振り絞ってゴールまで走った!ゴールもまだ残っており、先にゴールしたランナーたちも大勢残っていた。ゴール写真を撮ってもらい、ハート型の完走メダルをかけてもらう。メダルをかけてもらえるとは思ってもいなかったので、「もらってもいいんですか?」と思わず問いかけてしまった。関門を少しオーバーしていたが、完走を認めてくれたことがとても嬉しかった。ゴール時の写真は、うまく撮れなかったが、これがハート型の完走メダルである。


その以後も、85キロの関門を通過したランナーが何人かゴールしていた。時間外でも、100キロ走ったランナーは全員完走としてくれたようだ。さきに、ゴールしていたうっちゃんとよっぴーさんと合流し、大会役員のD倉さんの車で三国駅に送ってもらい、福井駅まで帰った。天気には恵まれすぎて、暑すぎた一日だったが、大会関係者のもてなしに感激し、この日は「つらかったこと」ことが、翌日には「頑張ったこと」になっていた。

(おまけ)

「翌日の福井新聞の記事」


「大会参加賞一式」


一晩、疲れた体を休めて翌日も福井県の観光に出かけた。
「福井県恐竜博物館見学&永平寺観光」に続く。