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とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

2015四国八十八ヶ所巡り:27番

2015-03-11 18:42:09 | お遍路
この日泊まった「遍路宿 蔵空間茶館」は、吉良川町伝統的建造物群保存地区にある建物である。この地域は、明治時代から昭和初期にかけて良質の木炭の集散地として栄えたそうで、主屋や蔵の外壁は土佐漆喰仕上げで,水切り瓦を使っている。また、いしぐろと呼ばれる割り玉石を積んだ石垣がこの地域独特のものになるそうだ。なかなかこういった貴重な建造物の家に泊まることはできない。昨夜は遅かったので建物をよく見ていなかったが、朝食の後、庭や蔵の写真を撮らせてもらう。蔵の一つは食堂になっていて、ギターやピアノが置かれ、ジャズやポップスがBGMで流れるおしゃれな空間だ。朝食は、もちろんパンとサラダ、フルーツ、コーヒー等である。建物には和のイメージがあるのに、食事は洋風というギャップがユニークであり、ダンディなオーナーとの語らいが楽しかった。




7時40分。いつもより1時間ほど遅く、のんびりと「遍路宿 蔵空間茶館」を出発する。


宿を出てしばらくは、吉良川町伝統的建造物群保存地区の街並みを見ながら歩く。こういった建造物は、建物が古いだけに住むうえでは、いろいろと不便なことが多いという。補修や改造などは、文化庁のお許しが出ないと勝手にはできないそうだ。外部の人間は、古いものもイイネだけで終わってっしまうが、実際住んでいる人の苦労も大変なんだと改めて感じた。




今日も海岸線沿いの道をずっと歩く。


羽根地区から峠越えの遍路道を歩く。


峠から、海や集落が良く見える。


一旦、国道55号線に入りしばらくは車道沿いに歩く。田野駅前の道の駅で昼食とし、さらに1時間半ほど歩くと今日の宿である民食「浜吉屋」に到着する。時間は、まだ午後1時半くらいである。チェックインするにはまだ早いので、荷物を置かせてもらい、27番札所神峰寺まで往復することにした。この宿に泊まる人は、だいたい荷物を預けて27番札所神峰寺まで往復するのが通例のようだ。当初は、宿に着いたら早めに休もうと思っていたが、往復3時間ほどで行ってこられるというので頑張って行くことにしたのだ。

2キロ程は、舗装した車道を歩く。今日も本当にいい天気だ。


後半からは、車道と別の遍路道を歩く。


14時18分。27番札所神峰寺山門に到着する。


このお寺も、山門から本堂、太子堂への道のりは長く、石段を何段も登らなくてはならない。本堂の標高は430mとなり、境内からの展望もまたよい。


15時40分。無事、民食「浜吉屋」に到着する。3時間と聞いていたが、2時間10分ほどで行ってくることができた。


今日も、マメができた足の小指が痛い。山道の下りが特にきつくなってきている。明日は、平地ばかりだから何とかなるかな?

今日の歩行距離:28.8キロ(通算288.8キロ)
明日の予定:28番札所手前13.6キロ付近まで

2015四国八十八ヶ所巡り:24~26番

2015-03-10 20:32:15 | お遍路
この日の宿の「ロッジおざき」の部屋からは、太平洋が一望だ。昨日とは打って変わって晴天になり日の出を期待したが、ちょっと雲がかかってしまっていた。




午前7時。「ロッジおざき」を出発する。私が泊まった部屋は、二階の左側で展望抜群だ。


雲が取れて、太陽が海を照らし出していた。


30分ほどで夫婦岩に到着する。夫婦岩というのも、結構いろんなところにあるものだ。


さらに2時間ほど歩くと、神戸のイノさんが教えてくれた擁壁のある街並みに着いた。城壁のように石垣で囲った家や、高いコンクリート塀で囲った家がしばらく続いていた。よほど台風の風が強い場所なのだと良く分かった。




室戸青年大師像前に到着する。弘法大師の青年期の像である。


10時。室戸岬に到着。


さらにその先には、御厨人窟がある、御厨人窟は平安時代初期、当時青年であった弘法大師がこの洞窟に居住したと伝えられている。この洞窟から見える風景が空と海のみなので、ここから「空海」の法名を得たといわれている。


洞窟の中に入ってみた。ここで弘法大師が修行をしたという。


たしかに、洞窟の先には空と海しかない。


御厨人窟からしばらく海岸の遊歩道を歩く。とんがった岩がエボシ岩だ。


岩だらけの海岸だ。


遊歩道を抜け、24番札所の最御崎寺への遍路道に入る。しばらく上ると「捩岩」がある。ここは弘法大師が魔物を封じこめたという伝えがある小さい洞窟だ。


10時48分。24番札所最御崎寺に到着する。


長野県から来たHさんご夫妻と一緒だった。八ヶ岳山麓でキャンプ場を経営されていて、シーズンオフの今、お遍路に回っているという。札所ごとに、ご主人は色鉛筆でスケッチを書かれていて見事なタッチだった。


鐘石。石でたたくと鐘のような音がする。


室戸灯台。ここも恋人の聖地になっている。


室戸灯台から見た太平洋。


海を見ながら山を下って行く。


山を下りたところの喫茶店で、スウェーデンから来たという夫婦と一緒になる。自転車で四国を回っているそうだ。片言の英語を使って何とか会話ができた。


こちらは、喫茶店のお母さん。二階が宿になっているそうで、今度お遍路の来た時は、是非泊まって欲しいと勧められた。


13時25分。25番札所津照寺に到着。


3キロ程歩き、26番札所金剛頂寺の参道に入る。


14時44分。26番札所金剛頂寺に到着。


金剛頂寺から8キロ近く歩き、今夜の宿に到着する。だいぶ時間がかかって17時を過ぎていた。

今日の宿は、「遍路宿 蔵空間茶館」という宿だ。立派な蔵があり、今まで泊まった宿の中で、最も遍路宿にふさわしい宿だ。隙間風が入ってちょっと寒いが、味わいがある宿だ。




今日の歩行距離:33.0キロ(通算260.0キロ)
明日の予定:27番札所まで

2015四国八十八ヶ所巡り:修行の道場高知県入り

2015-03-09 16:44:36 | お遍路
今日は、みなみ旅館を午前6時半に出発する。この時点では、薄曇りでまだ雨は降っていなかった。


那佐湾では、漁が行われていた。この辺りは那佐というのだが、ところどころにNASAという文字があり、最初はあのNASAと関係があるのかと思ってしまった。多分、漢字よりアルファベットのほうがインパクトが大きいのでわざとそんな表記にしていたのだろう。


今のところ海も穏やかだ。


道の駅「宍喰温泉」前を通過する。


8時頃の海岸の様子。少し波が大きくなってきたような気がする。


8:40。水床トンネルを出ると、ついに高知県だ。距離は4県中最長の約470kmあり、寺は最少の16寺。札所によっては3日以上歩かなければ次の札所までたどり着けないというまさに「修行の道場」である。この辺りから雨が酷くなり、上下とも雨具にする。


10時。番外札所の東洋大師前に来た。晴れていれば、礼拝に寄ったが雨が酷いのでそのまま通過する。


その後は、ひたすら雨の国道55号線を歩く。晴れだったら美しい海岸線を楽しむ余裕もあっただろうが、海をゆっくり見る気力もなく前へ前へと進んだ。海岸の波しぶきも大きくなり、雨も大粒になっていた。


この辺りから、約10キロは自動販売機もなければ、家も一軒もない。あるのは、海と山だけである。ときおり通る車の水飛沫を浴びながら歩いて行く。昔のお遍路さんは、現在の国道55号線もなく角がない漬物石みたいな石がそこらじゅうに転がっている海岸を歩いたという。岩が風で転がりゴロゴロ音を立てることから、ゴロゴロ海岸と呼ばれたそうだ。さすがに、今は海岸を歩く必要はないが、それでも気持ちが萎えそうな辛い道である。

午後3時過ぎ、やっと今日の宿「ロッジおざき」に到着した。今日は道を間違えることはなかったが、かなり疲れた。体も荷物も雨でびっしょりだ。部屋の前には、荒れた海が広がっている。今日もぐっすり眠って明日に備えよう。

今日の歩行距離:32.4キロ(通算227.0キロ)
明日の予定:26番札所まで

2015四国八十八ヶ所巡り:23番

2015-03-08 19:57:23 | お遍路
午前6時半。ホテルの部屋から見えた景色。天気は良さそうだが、風が強い朝だった。


これは部屋の様子。ツインルームを一人で独占する。さすがにホテルだから、部屋はきれいだ。


午前7時半、ホテル「白い燈台」を出発する。いつもよりスタート時間が1時間遅い。


恋人岬前を通過。恋人岬ってどこにでもあるんだ。


日和佐湾の海岸。この辺りでは、NHKの朝ドラ「ウエルかめ」が撮影されていたそうだ。


橋の欄干にはカメが。ここらの浜には、ウミガメが産卵に上陸するらしい。


7時50分。23番札所薬王寺に到着する。


薬王寺境内から日和佐の町を臨む。


薬王寺の瑜祇塔。


ずっと国道55号線を歩く。


途中で見かけた菜の花畑がきれいだった。


水車がある休憩所。


こんな案山子アートもあった。


国道から遍路道に入ろうとしたとき、1人の女性に呼び止められた。なんとお接待をしてくれるというのだ。お遍路では、お接待受けた時は断ってはいけないと聞いていたので、ありがたく受けることにした。娘、母親、おばあちゃんの3人の女性が来てくれて、お菓子やお茶、パンなどのお接待を受けた。ちょうどお腹がすいてきていたところだったので、嬉しかった。お遍路二日目でおばあちゃんから飴を貰い、徳島市内ではスポーツドリンクをペットボトルで頂き、今日は、3回目のお接待であった。四国は、お接待という文化が今もなお続いているのだと改めて感動した。




川のせせらぎで鳥が魚をついばんでいた。ちょっと絵になっていい感じだ。


JR牟岐駅前に到着する。




内妻橋手前。この辺りの浜も、きれいな砂浜である。


鯖大師に到着する。ここは、番外札所だが、礼拝していくことにした。


鯖大師で願い事を書いて奉納し、3年間鯖を口にしないことを誓い鯖断ちを行うと願いが成就すると言われているそうだ。


その先も、美しい海岸線が続く。




浅川から海部に向かう途中で、曲がり角を間違えてしまった。いくらたっても目的の宿が見えず地図を見ても要領を得ない。仕方なくスマホのルート案内で宿を検索したら全く反対に向かっていたことがわかった。方向を確認し、元に戻り宿に向かった。結局、往復1時間ほど余分に歩き、宿に着いたのは、午後5時を回っていた。今日は、今までで一番長く歩きかなり疲れた。明日も、同じくらい歩く予定なのでしっかり休まないといけない。

今日の歩行距離:道を間違え4キロ余分に歩いて34.3キロ(通算194.6キロ)
明日の予定:室戸岬手前15キロくらいまで

2015四国八十八ヶ所巡り:22番

2015-03-07 16:48:15 | お遍路
今日も出発は6時半だ。民宿「坂口屋」を出て空を見ると、既に小雨模様で午後くらいから本降りになりそうだった。


まだ雨具を着るほどではなくいつもの格好で歩く。車道がしばらく歩くが、途中から山道となり、静かな早朝の山道を楽しむ。牧場では、のどかに牛が草を食べていた。


1時間40分ほどで22番札所平等寺に到着する。民宿からは、6.9キロだ。


民宿からは、同宿だった大学生の男の子とずっと一緒だった。いろいろ話をしながら歩いていたので、あっという間に到着した感じだ。彼は、この春就職も決まり、春休みを利用してお遍路に来ているといい、3月一杯行けるところまで歩くそうだ。ハンサムな好青年で、話が弾んだ。


これは、平等寺の本堂から境内を眺めた様子だ。


大学生とは平等寺から別れ、一足先に進む。先を歩いていたベテランのお遍路さんの後を付いていったのだが、途中から違う道に進んでしまったらしく、新野駅のほうに行ってしまった。これはおかしいと慌てて地図を開き確認する。地図を見たら、別ルートでも大差なく行けることがわかったので、JR牟岐線沿いを歩く。


途中から国道55号線に入り、当初予定していたコースに合流する。へんろみち保存協力会の地図には書いてなかったが、釘打(かねうち)トンネルの手前の釘打大師前を通る。


その後は、延々と車道歩きが続く。やっぱり山道のほうが足に優しく歩きよい。


いい加減車道歩きが嫌になってきたころ、やっと海が見えてきた。お遍路に来て初めて見る海である。田井ノ浜といい、この辺りでは有名な海水浴場のようだ。


車道を外れ、浜辺沿いの遊歩道に入る。俳句があちらこちらに書き出され俳句の道と名付けられていた。


俳句の道からは海が良く見えなかったが、車道に入ると再び海が見えてきた。


今夜の宿が近くなった頃、「えびす洞」に着いた。このえびす洞は標高52mの岩山に、幅31m、高さ31mの半円状の穴が貫通しており徳島県内では最大のものだという。荒波が押し寄せると洞穴の中で轟音を発し出口から噴出する様は実に壮観らしい。ただ、今日は雨が降っているものの波は穏やかで、静かだった。




それにしても、今日は午後から一段と酷い雨となり、体も冷えてきていた。途中で食べたおにぎりも二つだけだったので、お腹がすいて仕方がない。今日のコース上には、まったく食べるところがなく、売店もない。おにぎりは、三つにしたほうが良かった。

えびす洞からしばらく歩くと、やっと今日泊まる予定のホテル「白い燈台」が見えてきた。今日は、ちょっと贅沢してホテルに宿泊だ。海に面していて、晴れていれば部屋から日の出が見られるかもしれない。


今日の歩行距離:28.0キロ(通算161.3キロ)
明日の予定:23番札所から28キロほど先まで。

2015四国八十八ヶ所巡り:20~21番

2015-03-06 16:22:12 | お遍路
6時30分。立江寺の宿坊を出発する。朝食が5時45分くらいからできていたので、この日は早い出発になった。


朝日が眩しく気持ちよい朝だった。


自分の影法師が長く伸びている。


9時より少し前に道の駅「ひなの里かつうら」に到着する。朝食が早かったので、もう既にお腹はぺこぺこだ。モーニングセットを頼んで一休みする。

さて、道の駅には「人形文化交流館」が併設され、「元祖ビッグひな祭り」というイベントが行われていた。おびただしい数のお雛様が見えるので、入場料300円を払って見学していく。このイベントは、全国から集められた約3万体の家庭で飾らなくなった「ひな人形」を、百段のピラミッド型ひな段を中心に館内いっぱいに展示する日本一華麗なひな祭りだという。まずは、端のほうから見学していく。




そして、館内の大ホールに入ると、目の前にドーンとまるでピラミッドのように巨大な雛段が目に飛び込んできた。ものすごい数のお雛様に圧倒される。まさに日本一といっていいくらいのひな祭りイベントだろう。そして、リオデジャネイロ・オリンピックでの展示も決まっているそうで、日本の伝統文化が世界中に発信されることになっているという。






少し見学に時間をとられたが、まだ時間は十分にある。コンビニで食料を少し買ってこれからの山登りに備える。しばらくすると、20番札所鶴林寺へ向かう遍路道に出る。


坂を上がって行く途中には、大荷物でカートを引きながら登っていくお遍路さんに出会った。すべて野宿して、このスタイルでお遍路しているらしい。凄いとしか言いようがないが、まったくいろんな人がいるものである。


鶴林寺までの道は、登りとはいえ簡易舗装がなされ結構歩きやすい道だ。寺までの標高差は450mほどである。ここも「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」と並び称される阿波の難所の一つで、「へんろころがし」といわれる急傾斜の山道だ。


中間くらいに、水呑大師がある。この場所で、弘法大師が水を飲んだという。


さらに林の中を上がって行く。


展望のよい場所からは、次に行く太龍寺や遍路道が見える。




10時30分。20番札所鶴林寺山門に到着する。


弘法大師は、この山で修行中に雌雄の白鶴が杉の梢で小さな金の地蔵菩薩像を守っていたことから鶴林寺の寺名を定めたそうだ。


鶴林寺からは一旦下って行く。


山道から見えた水井橋を渡る。


21番札所の太龍寺への道も遍路ころがしの一つである。標高差は470mあり再び登りとなる。倒木が道をふさいでいる場所もあったが、横をすり抜け難なく通過する。


12時45分。山門が見えてきた。


山門から本堂までも長い上り坂が続き、意外と遠かった。太龍寺の本堂と太子堂で礼拝を済ませ山を下りる。今夜泊まる宿は、4キロほど下った所にある「坂口屋」という旅館だ。自衛隊員だった人と話しながら一緒に下山したので、あっという間に宿に到着した。まだ、午後2時を少し回ったくらいで今日も余裕のある時間だった。

今日の歩行距離:23.9キロ(通算133.3キロ)
明日の予定:22番札所まで。

2015四国八十八ヶ所巡り:17~19番

2015-03-05 17:56:03 | お遍路
16番札所観音寺近くにある旅館「鱗楼」を7時10分頃出発する。


2.8キロ歩き17番札所の井戸寺に到着する。まだ朝早いのに大勢のお遍路さんが礼拝をしていた。今日は晴れているものの、肌寒い日だ。


ここにある井戸は、弘法大師が錫杖で一夜のうちに掘られたといわれ「おもかげの井戸」と名付けられている。




国道を歩き、徳島市内に向かって歩いて行くと前方に眉山が見えてきた。どの方向から眺めても眉の姿に見えることからその名がついたといわれる。徳島市のシンボル的存在として親しまれている山だ。ちょうどその前を通る予定なので、ロープウェイで山頂に行ってみたくなった。


眉山ロープウェイ乗り場に到着した。阿波踊り会館が併設され、手前のベンチの屋根は、阿波踊りの菅笠の形になっている。さすが阿波踊りの本場である。


さて、ロープウェイに乗ろうと中に入っていくと、6日(金)まで点検の為、運休中となっていた。せっかくここまで来たのに運休とはガッカリだ。さすがに歩いて行くには時間がかかりすぎるので、あきらめて「阿波おどりカラクリ時計」を見に行く。カラクリが出てくるのが10時なのでちょうどいいタイミングだった。これは、9時55分頃のカラクリ時計だ。


10時ちょうどに、いろんな所から人形が登場し、阿波踊りが始まった。なかなか面白い仕掛けだ。






カラクリ時計を見てからは、ひたすら徳島市内の街中を歩く。初日に徳島からスタートしたのに、また徳島に戻ってくるとは、ちょっと振り出しに戻ったような気分である。

小松川警察署の裏手に「弘法大師お杖の水」があるというので、寄り道して見ていく。これも数多くある弘法大師が掘り当てた水場のようだ。


井戸寺からは16.8キロもあったが18番札所恩山寺にやっと到着する。2日目くらいから何度も出あっていた夫婦のお遍路さんと、ここでも再会した。道中出会うお遍路さんは、ほとんど顔なじみになっていた。


入り口には立派な弘法大師像が建っている。


「お京塚」。お京は石見国(島根県)の出身で、大阪で芸妓をしていたという。要助と結婚するが鍛冶屋長蔵と不倫の関係になり、要助を殺してしまう。お京と長蔵は罪滅ぼしのために四国遍路をし、19番立江寺まできたところ、お京の黒髪が逆立ち鉦の緒に巻き上げられてしまった。時の院主にことの次第を告白し、罪を懺悔したところ、お京の頭部の肉が剥がれ、黒髪もろとも鉦の緒に残り、命だけは助かったという。お京は出家得度して、この地に庵を結び、一生を終えたという伝説があるそうだ。以来、立江寺は阿波の関所寺と言われ、罪深い人はここから進めなくなるといわれているそうだ。私は、立江寺まで行けたので罪深い人でなくて良かった。


立江寺近くにある赤い橋。以前、テレビのお遍路の番組で見た気がしたので念のため写真をとっておいた。


14時45分。19番札所立江寺に到着する。


境内にある多宝塔。これも立派な建物である。


今日は、そのまま立江寺の宿坊に泊まる。10帖もあり、これだけ広い部屋を一人で独占である。


残念なことに、夕方のお勤めは、お坊さんが全員お通夜に出払ってしまい今日はないとの事。今夜はゆっくりできそうだ。

今日の歩行距離:23.6キロ(通算107.4キロ)
明日の予定:21番札所まで。

2015四国八十八ヶ所巡り:13~16番

2015-03-04 19:02:46 | お遍路
焼山寺の朝は快晴だった。宿坊の東の空に眩しい朝日が輝いていた。


宿坊の虚空蔵院前で。オーストラリア30年在住の日本人のNさんと同室だった。お遍路をするため、わざわざ2ヶ月の休暇をとって来日したそうだ。


焼山寺から山道を下ると「杖杉庵」がある。休憩しないで、そのまま通過。


焼崎まで下ると、分岐があり、平坦だが次の札所まで25キロのコースと、山越えがあるけど20キロ程のコースがある。迷うことなく山越えで距離の短いコースを選択する。こんな山道だが、前日の山越えと比べればどうってことない。


山道からは、山間にそって立ち並ぶ家々が見える。花も咲き、春らしい景色だ。


さらに進むと、紅白の花が咲き乱れる梅園が見えてきた。凄い数の梅の木が植わっている。この辺りは阿川という地域で徳島県最大級の30万平方メートル、約1万6000本の梅林が広がっているという。まさに、山里がピンク色に染まっていた。




鮎喰川沿いを歩く。


沈下橋を渡る。


鮎が一杯釣れそうな清流だ。


やっと13番札所の大日寺に到着する。焼山寺から20.8キロと長かった。


続けて14番札所常楽寺まで行く。


境内は断層が剥き出しとなった自然の岩盤の上にあり、その形状から流水岩といわれ「流水岩の庭園」と呼ばれ、一風変わった雰囲気だ。


15番札所の国分寺。14番から1キロもない。


続いて16番観音寺まで行こうとしたが、曲がり角に気付かず通り過ぎてしまった。案内板を見たら、通り過ぎていたのがわかったので、地図を見ながらもと来た道を戻り、やっと観音寺に到着する。


今日は、ここまでとし、近くの宿に泊まる。今までで一番長い距離を歩いた。初日から、余裕のある計画だったが、これからは平均25キロ前後の計画となり、しっかり歩かなければならない。

今日の歩行距離:25.7キロ(通算83.8キロ)
明日の予定:19番札所まで。

2015四国八十八ヶ所巡り:12番

2015-03-03 16:47:21 | お遍路
6時40分。旅館吉野を出発する。


昨日、寄った藤井寺の山門から横の山道に入る。この11番札所藤井寺から12番札所焼山寺までは、厳しい登りの遍路道になっており、遍路をころげ落とすような道だということから「遍路ころがし」とよばれているそうだ。他にも同じような厳しい道があるが、阿波の3箇所は特に「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」と言われ、4日目にして最大の難所を歩くことになった。とはいえ、最初はそんなことはしらず、ただの山道と思って登っていた。

3.2キロ程で最初の休憩処「長戸庵」に着く。社とベンチがあるだけの場所だが、続々のお遍路さんが登ってきた。しばらくすると、1日目に泊まった宿で一緒だったお遍路さんと出会い、記念写真を撮る、埼玉のSさん、愛知のNさんだ。以後、この人たちとも、いろんな場所で何度も出あう。


若い女の子も一人でお遍路に来ていた。


きつい登りばかりではなく、歩きやすい遍路道も多い。




だんだん高度が上がってきたのがわかる。


時々、こんな道も出てくる。


「浄蓮庵」で、トイレ休憩とおにぎりを食べる。


浄蓮庵から一気に300m程下ると集落があり。左右内谷川を渡る、苔むした岩がころがっていて清らかな渓谷美を醸し出している。


渓谷の横から、再び厳しい登りとなっていく。それまでは、遍路ころがしというほどではないなあと思って登っていたが、この辺りは結構厳しい登りだった。


広い道に出ると、焼山寺山門が見えてきた。車道も近く、団体さんもバスから降りてたくさん歩いてきていた。


午後から雨になるという天気予報だったが、12番札所焼山寺に到着したのは11時10分くらいで、まだ雨の心配はなさそうだった。早速、礼拝と納経を済ませたが、まだお昼前だ。この日は、焼山寺の宿坊に泊まるのだが、さすがに入るには早すぎる。午後1時過ぎに入って欲しいとのことで、時間があり余ってしまった。幸い、焼山寺には奥の院があるので、そこまで登ってくることにした。奥の院は、標高938mの焼山寺山の山頂にある。売店の女性が言うには往復1時間半くらいかかるといわれたが、荷物を置いていったのでそれほどかからなかった。

弘法大師が、この地で暴れていた大蛇を封じ込めたといわれる「大蛇封じ込め岩」。


938mの焼山寺山に到着する。


こちらが奥の院だ。


山頂から集落が見えるが、はるか下にあり、かなり高い場所に来たことがわかる。


雨もポツリポツリと落ちてきたので、急いで下山だ。宿坊に戻ったのは12時50分頃で、結局往復45分くらいで行ってくることができた。それでも、宿坊に入るには、早い。境内をブラブラしながら時間をつぶし、午後1時ちょうどで宿坊に入った。雨も同時に酷くなってきた。間一髪でセーフだった。その後は、部屋で同室になったお遍路さんたちと歓談したりお風呂に入ったりして夕食を済ませ、午後8前には就寝だ。このところ早寝早起きと健全すぎる毎日となっている。

今日の歩行距離:奥の院まで行って15.7キロ(通算58.1キロ)
明日の予定:16番札所まで。

2015四国八十八ヶ所巡り:8~11番

2015-03-02 20:08:51 | お遍路
今日は、朝から上天気だ。6時に朝食を済ませ、7時前には宿を出ることができた。宿から4キロ程歩くと8番札所の熊谷寺だ。立派な山門がどんと構えていた。


境内に入ると、見事な塔が建っていてお経がスピーカーから流れていた。


熊谷寺から2.4キロで9番札所の法輪寺に到着する。


法輪寺から10番札所の切幡寺までは3.8キロだが、ちょっときつい上り坂になっていく。途中の茶店で、これから大変だから休んでいったらといわれたが、大して疲れてもいなかったのでそのまま坂道を上がって行くと、山門に出た。


ただ、山門から本堂までは、333段の石段を登っていくことになる。


本堂前の境内には、桃の花が咲いていて、大塔(二重の塔)を入れるといい感じだ。


本堂、太子堂で礼拝した後、さらに石段を登って国宝の大塔まで行く。


切幡寺からもと来た道を戻り、11番札所の藤井寺に向かって歩き出す。歩いて行く途中には、お遍路さん用の休憩所が至る所にある。


11時近くになったが、朝早かったのでお腹がぐぐっとすいてきた。ちょうど近くにあったうどん屋で昼食とした。ちょうどそのころ、神戸のイノさんから電話があり、これから会いに来てくれるというので、うどん屋で落ち合うことになった。うどん屋から8キロ程、イノさんと一緒に歩く。わざわざ神戸から駆け付けてくれて、本当にありがたい人だ。以後、イノさんがカメラマンでいろいろ撮ってもらう。

こんな感じで、橋を歩く。




吉野川を渡る。きれいな水の流れだ(写真を見て、気がついた。橋の上で杖を突いてしまっていたようだ。橋の上では杖を突いてはいけない事になっていたのでまずかった。弘法大師様、申し訳ありません)。




11番札所の藤井寺山門に到着する。山門前では、必ず礼をして合掌だ。


境内に入ると、まず手水を使って身を清める。


イノさんと記念撮影。


本堂前で灯明と線香をあげる。


納札を納め、賽銭をあげる。


合掌のあと読経だ。以後、太子堂でも同じ作法だ。


納経が終わり、今日の予定はすべて終了だ。そのまま宿に向かい、荷を下ろす。時間はまだ午後2時で、余裕がありすぎる。本来なら、そのまま宿に着いて終わりだったが、イノさんが車で、いいところに連れていってくれるとのことで、イノさんが車をとりに行って戻るまで宿で待った。

最初に連れていってもらったのが,土柱(どちゅう)だ。この「阿波の土柱」は千帽子山・高歩頂山・円山にまたがる日本随一の奇勝で、風雨の侵蝕で削り取られてできた切り立つ断崖が連続している。天然記念物に指定され、ヨーロッパのチロル地方やアメリカのロッキー山脈の土柱と並び世界三大土柱の一つだという。






地球ではなく、まるで火星とか未知の惑星に来たような景観だ。




次に向かったのが、美馬市脇町の「うだつの街並み」だ。400mにわたって連なる家並みには、ありし日の豪商たちが隆盛を顕示した「うだつ」がそびえ、見事な景観だった。


「うだつ」とは隣家との境界に取り付けられた土造りの防火壁のことで、これを造るには相当の費用がかかったため、裕福な家しか設けることができなかったという。 すなわち「うだつが上がる」ということは富の象徴であるということだ。


その後、イノさんに宿まで送ってもらい、予定外の観光ができ空き時間を十分楽しむことができた。イノさん、お世話になりました。

今日の歩行距離:観光含んで22キロ(通算42.4キロ)
明日の予定:12番札所まで。