ソーちゃんの
『永世棋聖』獲得の記事を
朝刊で見て、嬉しく思った。
と、同時に、
揮毫の書が
相変わらずヘタッピだなぁ・・・とも(笑)。
でも、
書道の手本のような
定型的な楷書ではない
ソーちゃんの字なのである。
棋士会には
書道部なるサークルもあるようで、
『将棋の渡辺くん』に拠れば
渡辺九段は「初段」を得たという。
長らく、
名人・竜王の座にいたので、
毎日のように書く
免状類の揮毫の為に
学んだのであろう。
今は、その任に、ソーちゃんが
羽生会長と共に就いているが、
将棋そのものの研究に余年がなく
書の練習をしている暇なぞも
ないのであろう。
先日、新『叡王』となった
イーちゃんの揮毫も
ヘタッピすぎて
笑えるほどだった・・・。
でも、それもまた、
彼にしか書けない
個性的な字なのだろう。
***
きのうは、K中勤務で、
今年度、はじめて、
予約のふたりが欠席とキャンセルで、
一日、お茶っ引きになってしまった。
常連になると思っていたJCが、
女性カウンセラーがいい・・・
という事で、
これもキャンセルになった。
父親からの
アビュース・ケースだったので、
事前に、ジジイの自分で
大丈夫か確認したら、大丈夫との事で、
泣きながらのインテークをしたが、
2回で中断となった。
どうしても男性カウンセラーだと
ネガティヴ・プロジェクションが
起こるのかもしれず、
致し方がない。
そんなんで・・・
まるまる、一日、空いてしまったので、
久しぶりに、自己分析の為に
WWT(ウォッチ・ワード・テスト)を
やって、現状のコンステレーション
(布置)を検討した。
晩年に近づいてるせいか、
『自己実現』のキーワードには、
ここの処、いつも、
「神と同一化する」
という言葉に収斂する。
その為の
通過儀礼による
悩みや痛みの
連日体験のようなのである。
宗教学・魂理学的には、
元々、神の「分霊(わけみたま)」
なのだから、神そのものであり、
「神は神にはなれない」のだが(笑)、
人間に受肉化して、それを
忘れてしまっているのだろう・・・(笑)。
英語の「Remember」は
Re(再び)member(神の一員)
という事を「思い出す」ことだという。
神は「私」を通して
宇宙の時空を体験しており、
「私」は無数にあり、
それぞれ独自の「宇宙」を持っている、
という仮説もある。
**
最近も
自傷ケースが多いので、
久しぶりにジャーナル(学会誌)で
それに関する論文を検索して、
有用な研究に目を通した。
定年の75歳までは
学会に所属し、
年間5冊も送られてくる
論文集には目を通して、
まだ「伸び代」があれば、
知識やスキルを伸ばしたい。
*
『書評』にあった
【昨日は歴史・明日は謎・今日は贈り物】
という含蓄のある
箴言を知った。
マインドフルネスの根本でもある
過去に執着せず、
未来を憂えず、
「今、ここ」に全人的にコミットする、
という事である。
これが、簡単そうで、
なかなか出来ていない人が多い。
自分も、時折、どころか、
しょっちゅう、駄々羅に
時を過ごしてしまう事がある。
「砂時計」の砂は
毎秒、サラサラと
落下を止めていないのに、
まるで、永遠に時があるかのように、
我々は日常で錯覚している。
「今、ここ」を生きず、
「いつ、どこ」を生きようとしているのか。
そう自戒しつつ、
来談者にも
気付きを促している。
*
朝刊の『コボちゃん』に
毎日、目を通しているが、
時折、クスッとする日もある。
『家族写真』をモチーフにした
昨日も、微笑ましかった。
***
いつの間にやら
今年の上半期を終えて、
文月に入って、
下半期に折り返していた。
まことに、
【光陰矢の如し】である。
ジジイになったら、
ウカウカしてたら、
すぐに死んじゃうんだ・・・(笑)。
でも、いいや。
あの世に駆け抜けてやれ、
・・・である(笑)。
*
『goo』ブログの方は、
今週は、毎日、200名もの
閲覧者がおられて、
66歳の半隠遁G様の
ボヤキや自慢や自虐を
読んで頂けるのは、
ありがたくも、不思議に思っている。
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