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『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

食事初め、初ケーキ・・・

2023-01-02 07:22:10 | 家庭文化

元旦の朝は、
家族七人がそろい、
お節とお雑煮、お餅で
新春の食事初めとなった。

一年の健康と多幸の願いをこめて、
賑やかに食卓を囲んだ。

*

晩餐には、
フミの永年の親友リー君も交じり、
これまた賑やかな食卓となり、
食後には我が家で初の
「ニューイヤー・ケーキ」が
振舞われた。

暮れの買い物の時に、
「リク坊に蝋燭の吹き消しさせたいね」
と、カミさんと意気投合して、
珍しい「バタークリーム」の
アントルメ(ホールケーキ)を
オーダーした。

 

フミもナッちゃんも
自分の誕生日では
さんざん「ローソクふっ!!」を
やってきたので、
懐かしく思ったことだろう。

誕生日とクリスマスのみの儀式だったが、
今年から、新年の儀式も
加わりそうである。

一家総出で「餅つき」やるよりは
楽して、「絆」を深める
家庭文化になりそうである(笑)。

*

きのうは、
古楽器用材の「初荷」が届き、
さっそく、暮れからの続きで、
「初創り」をも行った

顎関節痛が少し疼いたので、
みっともないが
家族に公言して、
右頬に「初湿布」をした(笑)。

今朝は、
正月二日だが、
朝から雪降りで、
今年はじめての「初雪」である。

*

古楽器工房にこもっていたら、
リク坊が大きなバッグをもって
やってきて、フミ・パパが
ジイジに「初売り」の『福袋』で
『FILA』のジャージ類を
4点も買ってきてくれたという。

1万の福袋とあったので、
ずいぶん奮発してくれたようだ。

この冬、ありがたく
着させてもらうことにしよう。

*

大晦日に出向いたら、
誰の考えも一緒で、
近所の4台ある洗車コーナーは
長蛇の列になっていたので、
断念してやらずじまいで
帰ってきた。

元旦のきのう、
年賀状の返事のポスティング帰りに
寄ってみたら、空いてたので、
「初洗車」をして、
旧年の汚れを洗い落とした。

*

床に入ってからは、
録画していた
『ニューイヤーコンサート』を
元旦恒例行事として観たのはよかったが、
案の定、途中で寝落ちしてしまった(笑)。

今朝、五時頃に目が覚めて、
巻き戻してから
見直した。

今年は、10年ぶりに
ウェルザー=メストが指揮し、
ウィーン少年合唱団と共に
2004年に創設されたという
ウィーン少女合唱団も共演して、
聴衆の大きな拍手を受けていた。

今年のプログラムは
トリ曲の『水彩画』を除いて、
全編「初公演」という
斬新なものだった。

楽友協会の『黄金ホール』に集った
新年を寿ごうという紳士淑女たちは
誰一人としてマスクをしておらず、
密集・密閉・密接ながらも
皆にこやかで、平生の平穏な
新年の様子だった。

 

 

 

 

 


初ブログ

2023-01-01 08:27:55 | 家庭文化

 

 朝まだき目ざめいのちの
 新しき旅はじまれり
  令和五年の

       瓢 水


令和五年元旦。
新春の朝。

吾妻小富士もくっきりと
その白麗の稜線を見せて
清々しい朝である。

*

きのうは、
東京からナッちゃん&アキちゃんが
帰省してくれて、
リク坊一家を入れて
賑やかな大晦日となった。

トーチャンは
日中、買い出しやら
家の煤払いをして、
夕方から晩餐の準備をしたら
風邪気味だった体調が悪化して、
家族が外出先から戻った頃には、
とても食卓につけるような体調ではなく、
7時頃にベッドに臥せってしまった。

大晦日の夜を
一家団欒で過ごすのを
ずっと楽しみにしていたが、
ご馳走を作るのにハリキリ過ぎて、
自分がダウンしてしまい、
けっきょく、一口も口にできなかった(笑)。

なんだか・・・
ちゃんちゃん・・・である(涙)。

家族にも心配をかけてしまい、
寝ている枕元にリク坊まで
見舞いに来てくれたようだが、
すでに寝入った後だった。

でも、家族が
ご馳走をきれいに
平らげてくれたようで、
それはそれでよかった。

恒例の年越し蕎麦は、
半日かけて取った
干しシイタケ・昆布・
煮干し・鰹節の合わせ出汁に
作り置いていた「かえし」で
つゆをこしらえて、ネギを刻んだ処で、
カラータイマーが点滅し、
ギブアップした・・・。

なので、昨晩は
カミさんがその後を継いで
蕎麦を茹でて振舞ったようである。

*

今朝も寝起きは怠かったが、
新年「初薬」と称して、
「初・鎮痛剤」を呑んで・・・
・・・じゃなく、
あり難く頂いて(笑)、
「クスリ元気」でもいいから
家族に顔を見せて安心してもらおう
と思った。

幸いにして、
大阪在住のフミが
「ふるさと納税」の返礼で、
「おせち」の三段重を
用意してくれたので、
ことしは、その労なくすんで
助かった。

ほんでも・・・
クスリのおかげとはいえ、
元旦早々から寝込まず、
「初ブログ」が書けるぐらいなのは、
あり難きことの極みである。

家人が寝静まっている
早朝の四時頃には目が覚めたので、
まだ暗いご神前で、
元旦の御祈念をさせて頂いた。

金光教では、
「一年の事は元旦に願え。
 一日の事は朝に願え」
という、み教えがある。

また、
「日が暮れたら大晦日と思い、
 夜が明けたら元日と思えば、
 日々、あり難く暮らしていける」
という、
面白いみ教えもある。

トンチ小僧の一休さんは、
シャレコウベを
長い杖に括り付け、
元日の街々を
「ご用心~!  ご用心~!」
と言って歩いた
というエピソードがあり、
アニメ『一休さん』にも
そのシーンが出てきた。

 門松は
  冥途の旅の一里塚
   めでたくもあり
    めでたくもなし

・・・と吐いた、
有名な戯れ歌もある。

*

 

 

 

 

 

 

 


『初釜』準備

2022-12-29 09:53:26 | 家庭文化

 

しばらく、
なりを潜めていた風邪が
またぞろ、ぶり返してきて、
今朝はオナカが張って
怠さもある。

よくなっちゃ、ぶりかえす・・・ので、
冬休みを幸いとして、
静養と寝養生している。

ロージン初心者なので、
無理して倒れたら
死んでまうので(笑)、
少しでも体調の違和感があったら
無理だけはしないことにした。

*

ゆんべは、
久しぶりに書室で
少しばかり手習いをして、
ついでに、年賀状を5、6枚ほど
あて名書きをした。

先日まで、
二階の古楽器工房にこもって
楽器造りをしていたので、
書室に入ることがなかった。

その間、チラシ類の「集字」が
だいぶんと溜まったので、
それを手本として
半時ほど臨書を楽しんだ。

*

カミさんが、
正月の「初釜」用にと、
『濃茶』を買ってきてくれた。

スーパーには
『薄茶』しかないので、
わざわざ、お茶屋さんで
買ってきてくれた。

*

昨晩は、
注文していた楽器用材が
届いたので、
来年は導入しようと思っていた
『集塵機』のカタログを見て、
どれにしようかと
迷っている処である。

10年前には、
花粉症対策用の
エアークリーナーを買ったが、
さすがにそんなものでは
吸いきれないほどの
大量の裁断粉塵が出るので、
超強力なやつが必要になってきた。

 

 

 

 

 

 

 


平和なクリスマスを寿ぐ

2022-12-25 06:25:17 | 家庭文化

きのうはイヴで
きょうがクリスマス。

玄関の雪ダルマにも
灯りが入り、イルミも
可愛く輝いている。

それも、今晩かぎりで、
明日には「正月飾り」に
室礼を改める。

*

きのうは
カミさんが買い物で
あらかた既製品を買ってきたので、
特段に料理することもなかった。

毎週、水曜日には
創作フレンチを振舞ってるので、
特に、ごちそうを食べたい
という気もなかった。

子どもたちが幼い頃は、
フレンチのシェフに紹介してもらった
鮮魚店から、活きたオマールや
ロブスターを買った時もあった。

*

既製品のキッシュ・ロレーヌだったが、
オーヴンで再加熱したら
なかなかよく出来ていた。

*

お決まりの鶏腿も
クリスマスならではの
照り焼き風の味が、
昭和の頃の幼少期の御馳走を
彷彿させられた。

我が家は
裕福ではなかったが、
それでも、親は
毎年、ケーキと鶏腿だけは
絶やしたことがなかった。

それは、自分が家庭を持っても、
「佐々木家」の食文化として
子どもたちに伝承したが、
果たして、彼らは
それを受け継いでいるかは
定かではない。

*

アントルメ(ホール・ケーキ)も
クリスマスでは
欠かせないアイテムだが、
最近、チラシでよく見る
アソート・ケーキなぞ
種類の違うものを
寄せ集めて丸くしたのは
「縁起物」という観点からは
感心しない(笑)。

「assort」は「詰め物」
という意味らしい。

*

冬休みに入ったので、
先日、完成して、
ご依頼主に発送した
ルネッサンスギターの製作熱が
醒めないうちに、
リュート・フォルテと
6コース・リュートと
バロック・ギター・・・
三本の同時製作を始めた。

未完成のまま
10年以上もほったらかしにしてた
ラウンド・バックのボウル(胴体)に
ライニング(接着糊代)を付けたり、
ネックの寄木をした。

完成したら、
フェイスブックの
趣味のグループや
ヤフオクにも出品したいと
思っている。

1本あたり7万くらい入ってきたら、
老後の小遣い稼ぎとしては、
給与+年金と合わせて
十分かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 


もうすぐ、クリスマス!!

2022-12-11 09:37:10 | 家庭文化

先日、
食卓の会話で、
カミさんが何気に
家庭訪問先の家のドアが
木製で感じよかった・・・
という話をしていた。

自分もかねてより
無垢のウッド・ドアに憧れがあって、
ミッちゃん叔母ちゃんちも
それに変えてから、
ますます憧憬の度合いが増した。

そしたら、
きのう、トイレん中で(笑)、
ふと、閃いて、
(そーだ!!
両面テープでプリント・べニアを
貼ってみよう・・・)
という姑息な手段を思いついた(笑)。

少6の時に新築して来の
53年間もずっと
アルミ製ドアのまんまなので、
今回、初めて
表面に木肌をプリントした
べニアを貼って
模様替え施行をした。

近所の『ダイユー8』で
ドアの大きさに合わせて
サービス・カットしてもらい、
ドア・ノブの部分は、
二階の古楽器工房で
ノミで穿孔した。

『ダイソー』では
両面テープを店にあるだけ
全部買い占めてきた。

ついでに、
黒色スプレーも買ってきて、
ドア・ノブを何度も
重ね塗りした。

*

いざ、作業を始めるとなると、
玄関外は10℃ほどの寒さなので、
ストーヴを持ち込んで、
時折、熱風を浴びながら
防寒対策をしながらの作業となった。

なにせ、
両面テープをドア一面に貼るのは
根気のいる「数仕事」で、
立ったりしゃがんだりを
何十っぺんも繰り返したので、
スクワットをした時みたいに
太腿から背筋まで筋肉痛になった。

風邪気味の体調を押して
寒風のなかで鼻水たらしながら
シコシコやってたので、
風邪も悪化したのか
今朝はカラダ中が激痛で
起き上がれないほどだった。

それでも、
両面どうにか貼り終えて、
いちおう、イメージ通りには
施行できた。

カミさんの留守中に
仕上がったので、
帰ってきたら
ドアが大変身してたので
「すごいねぇ・・・。
よく、やったねぇ・・・」
と、驚いていた。

表は、濃いめの
「チーク柄」だが、
内側は、明るめの
「オーク柄」にした。

こういう柄違いも
DIYならではである。

ほんでも、
中身はアルミ製なので、
叔母ちゃんちの
本物の木製ドアみたいに
開け閉めの軽さ感は
さすがにない。

無垢材の木製ドアは
20数万からするが、
この“なんちゃって”だと、
総額9千円で出来た。

きょうも、
仕上げとして、
陽が当たる表側には、
補強材として
クリア・スプレーを
重ね塗りするつもりである。

*

来週末は
もうクリスマス・イヴである。

27歳で結婚して来、
38年間このかた、
家人の誕生日とクリスマスには
必ずやホールケーキを買うという
「家庭文化」が我が家にはある。

ケーキに蝋燭を灯し
その幻想的な美しさを愛で、
家長の父親が
ケーキに入刀して
家人に分け与えるという
儀式でもある。

その「非日常性」の
演出の由来は、
『最後の晩餐』にある。

燭台のもと主イエスは
パンを千切って弟子たちに分け与え、
「これは、私の肉である」
と宣託する。

ここから、
西欧では父親が食卓で
パンを切ったり、
肉を切り分けたり、
ワインを注いだりする、
という文化が定着している。

・・・そんなんで、
今年もカミさんと
あちこちの店のパンフレットを前に
あれかこれか迷って、
ようやく一つを決定した(笑)。

毎年、パティスリーを変えているが、
今年は、二本松の『モモ』が
最終選考に残り(笑)、
『ガトー・ピスターシュ・エ・フレーズ』
(ピスタチオとイチゴのケーキ)
に“白羽の矢”が立った。

行動の早いカミさんは、
さっそくお店に出向いて
予約かたがた
マカロンも買ってきてくれた。

アマゾンに
ホールケーキ創り用の
「回転台」を注文したのだが、
中国製なのか?
一週間たっても届かず、
イライラしている。

クリスマス前に届いたら、
また、自家製のものも
創ってみるつもりである。

***

『100分de名著』で
今年の8月に亡くなられた
「中井 久夫」が始まったので、
昨日から録画で見始めた。

中井先生は精神科医だが、
「風景構成法」
(Landscape Montage Technique) 
の創設者で、
これは心理師国試にも出るが、
「箱庭療法」と同じく
治療/アセスメント・ツールである。

河合先生とも交流があった方なので、
箱庭療法から「枠付け法」という
ヒントを「風景画」に取り入れられた。

白いまっさらの紙を前にすると、
シゾ(統合失調症)の患者さんの中には
恐れる人がいるので、
絵を描く前に、
「まず、枠を描いて下さい」
と教示するのである。

つまり、これは、
箱庭療法の「木枠」という
「境界」に相当し、
「限定された空間」が
患者さんに安心感をもたらす
と考えられたのである。

中井先生の卓見は他にも
沢山あり、中でも有名なのは、
シゾの経過は、慢性化し
やがて「廃人」になる、
と考えられていた60年代当時、
綿密な臨床観察により、
「身体化」や「夢」が生じると
「回復期」に入る・・・という、
発見をされたことである。

現在でこそ、
脳内物質を制御する
様々な薬物が開発されて、
「不治の病」ではなくなったが、
半世紀前には、
確かなクスリもなく
治療に当たられていた、
というのはスゴイことだなぁ・・・と、
思わされる。

*

これまで、
教員時代・SC時代の
40年あまりに、
幾人かのシゾの中高生を見てきた。

最近でも、
急性期で激しい症状をもつJCが、
紹介医から
パリペリドン(インヴェガ)を
処方され、
中枢神経系のドパミンや
セロトニンの機能を調節して、
不安、緊張などの症状をしずめ、
精神の不安定な状態を抑えながら、
サイコセラピー(カウンセリング)を
併用したケースがある。

幸い、平穏な状態に寛解し、
無事、高校に進学してくれた。