からし種への御恵み

 「イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。「天の御国は、からし種のようなものです。それを取って、畑に蒔くと、
 どんな種よりも小さいのですが、生長すると、どの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て、その枝に巣を作るほどの木になります。」(マタイ13:31-32)

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 からし種のたとえ。

 どんな種よりも小さいからし種であっても、いったん蒔かれて芽を出せばどんな木よりも大きくなる。
 これは信仰ということのたとえで、信仰はあるかないかのどちらかしかない。
 小さなからし種のままか、それが全てであるほどに大きな木かの、いずれかの状態しかない。
 0か100かのどちらかしかない。

 最初は、どの人もからし種だ。
 そのからし種の生長は、それを畑に蒔いてくださる神の恵みによる。
 自力で大きな木になるわけではない。
 もし自力でそうなるのなら、イエスは不要で律法遵守だけで十二分に信仰へと至っていたことだろう。

 こうして、いったん御恵みによって蒔かれた種は、たちまちのうちに大きくなる。
 このことについて、人々は回心とも新生とも言っている。
 それによってはじめて人は信じることになるので、信仰はあるかないかのどちらかしかないのである。

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