イエス・キリストの十字架、復活、そして「いのち」にあずかるということについて
平成隠れキリシタン
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神の子の声
「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。
まことに、まことに、あなたがたに告げます。死人が神の子の声を聞く時が来ます。今がその時です。そして、聞く者は生きるのです。
それは、父がご自分のうちにいのちを持っておられるように、子にも、自分のうちにいのちを持つようにしてくださったからです。」(ヨハネ5:24-26)
---
本ブログにおいてもっとも大きく取り扱っていることは、「いのち」ということ。
その「いのち」について、イエスは仰る。
「死からいのちに移っている」。
人の状態には、二種類しかないということだ。
「死」から「いのち」へと、遷移しうる。
「神の子の声を聞く時」に、遷移する。その逆は、ない。
イエスは、この状態遷移をもたらすがために、おいで下さった。
もっぱら、「神の子の声」を聞かせるために。
---
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まことに、まことに、あなたがたに告げます。死人が神の子の声を聞く時が来ます。今がその時です。そして、聞く者は生きるのです。
それは、父がご自分のうちにいのちを持っておられるように、子にも、自分のうちにいのちを持つようにしてくださったからです。」(ヨハネ5:24-26)
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その「いのち」について、イエスは仰る。
「死からいのちに移っている」。
人の状態には、二種類しかないということだ。
「死」から「いのち」へと、遷移しうる。
「神の子の声を聞く時」に、遷移する。その逆は、ない。
イエスは、この状態遷移をもたらすがために、おいで下さった。
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コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
« 祈ることのみ | みなし義人 » |
私は、「平成隠れキリシタン」に、めぐりあえて本当に良かったです!
現実を見れば、今も私は人の手を借りなければ歩く事は出来ません。ですが、私の心は「歩き出そう!」と、思い始めました!
私が、どうしても知りたくて知りたくて、たまらなかった「命」と「神の愛」
(改めてメールさせていただきます♪)
「いのち」ということにフォーカスを合わせ続けてきて良かったです。
この「いのち」というのは、歩けないから寝ちまえ、という「死の状態」から、歩けないならどうやろう?という、こうなることが「いのち」ではないかと思っています。
まさにhanaさんがお書きになっている「歩きだそう!」という、これですよね。
現実は決して甘くはないし暴風雨のような日だってありますけど、その中を歩み続けてゆけます。
リハビリとかいろいろあるかとお察しします。少しでも快方に向かわれますよう。
アウグスティヌスの「告白」は、お勧めですよ。
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