北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

砥石を研ぐ

2007-02-18 23:14:09 | Weblog
 ここのところ降る雪は、もう春めいたボタン雪のようです。暖かいんだなあ。

【砥石を研ぐ】
 私の趣味の一つは包丁を研ぐことです。

 家にある包丁はステンレス製でそれほど高価なものではありませんが、それでもやはり道具たるものは、日常の手入れをするとしないのとでは、その使い勝手に雲泥の差がついてしまうものです。

 特に包丁は、普通の家庭では大体毎日使うものなので、まめに手入れをしてあげると非常に気持ちが良くストレスのない台所仕事に繋がります。

 最近は家で料理をしない家庭も増えているということですが、実に憂うべき事です。

 我が家には合成で作られた、目の度合いが#1000と#3000の砥石が裏返しについている砥石があります。この番号は大きければ大きいほど細かな目で、小さければ小さいほど荒いことを表しています。

 #3000番ともなるともう仕上げに使う、充分に目の細かい砥石です。

 ところがこれまた合成の安物の砥石であるために、使っているうちに表面があちこちで薄く削れて、砥石の表面が凸凹になってしまったのでした。

 これでは研いでいて刃が凸凹に引っかかってしまうと、却って刃こぼれを起こしてしまいます。

 ここ一、二ヶ月の間、困ったなあ、と思っていたのですが、掛川に砥石を一つ持って行っていたことを思い出して、しまってあった段ボール箱から見つけ出しました。

 こちらも合成の#1000番の砥石ですが、表面がきれいな平ら面をしています。この砥石で砥石を研いでやろうというのです。

 お互いに水を充分に含ませて、面を合わせてぐりぐりと動かしていると、ぬるぬるの研ぎ汁が出てきて、凸凹だった砥石の表面がきれいになってゆきました。目論見が当たりました。

 やっと砥石が復活。改めて我が家の包丁を入念に研いでやりました。

 シャーッ、シャーッ…と小気味よい音がして良い感じです。いかにも刃先が鋭くなっている音がします。 

 頃合いを見て、試みに髪の毛に当ててみるとカミソリのように引っかかってくるようになりました。これが良いのです。

 そして早速その包丁をうちの奥さんに使ってもらいました。

 今日の夕食はカレーライスでしたが、「良いわ~、タマネギを切っても目が痛くならない!」と絶賛です。カレーライスも普段より美味しいような気がしますよ。

    ※    ※    ※    ※

 包丁を研ぐためにある砥石とはいえ、自らもときどきは研がれなくては用をなさないものなのですね。

 普段人を教えるような偉いことを言っていても、その自分自身も磨かれる、研鑽を怠ってはいけないということなのかもしれません。

 明後日は我が師、榛村さんが来札されるのでお会いすることになっています。それが今から楽しみなのです。  
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除雪の実態

2007-02-17 23:21:11 | Weblog
 昨日抜いた奥歯の痛みも今日は治まって、QOL復活です。とりあえず良かった。

【除雪の実態】
 少なくて幸いと思っていた雪も、ここ最近の降雪で例年と同じになりました。帳尻は合うものなのです。

 町内を見ていると、家の前の道路の雪のつもり方で、除雪を真面目にする家とそうではない家がはっきりします。

 もちろん、住人が元気で真面目だからやれるという側面がありますが、やれない家といっても単に不真面目なだけではなくて、独居老人だったり、住人が女性ばかりだったりとその背景も様々です。

 私の住んでいる住宅街でも、真面目に道路の除雪をしたいのだけれど、とってもそんな体力がなくてできない。そんな事情の家が増えているような気がします。

 私の住んでいる小路に面した家々は、昭和30年代ころに住宅地になったことでこちらに移り住んだ方達で、家主の多くはもう皆さん定年をした方達ばかりです。

 若い人がいるのは、二世帯で同居している子供の世代のご夫婦ということです。

 ご近所の中には女性の独居老人という方もいて、もうそうなると雪が降るたびに道路の雪を自分の家の敷地に取り込むなどということは無理になって、敷地の境界に山積みになってゆきます。それはもう仕方のないことでしょう。

 我が家はまだ比較的若いということでもあるので、頑張って道路の雪を自分の家の敷地に取り込んでいますが、この時期はそろそろ家の敷地の奥が一杯になってきて、 前の方に山のように積んでおかざるを得なくなっていました。

 今日はそんななかで、町内会による運搬排雪の日です。

 昔はこういう日になると、家の前の道路の雪に加えて敷地内の雪までもっていってもらうことも当たり前だったのですが、次第にそうしたサービスも低下してきて、今では道路の雪だけということで、敷地内の雪は出さないように、という触れが回ってくるようになりました。

 我が家周辺の場合は、住人がみんな道路の雪を一度敷地内に取り込んでいることを町内会の役員の方も分かっているので、「それくらいは出していいですよ」と言ってくれました。

 そのため今日は朝から、道路際の家の敷地内に積み重ねた雪を、道路敷地の方に出す作業に汗をかきました。道路の雪だと思っていても、家の敷地内にある雪までは持って行くだけの作業は排雪業者さんもしないのです。

 二時間くらい掛かって、家の前に雪の塊を出して排雪の順番がくるのを待ちます。

 やがて町内の役員さんが見回りに来たので挨拶をすると、「いやぁ、朝からロータリーが故障して来られないって言うのさ。それでバケットで積んでいたんだけど、全然効率が悪くて、おまけに電線が張ってあるもんだからバケットを高く上げられなくてね。今やっとロータリーが直って到着したから、もう少しで来ますから」とのこと。

 各戸からも人が外に出て作業を見守っていて、さながら地域の一大イベントのようです。

    ※    ※    ※    ※

 やがて、ダンプを前に進ませながら大きなロータリー車が進んできました。

 ゴウゴウと大きな音を発しながら小路の道路の雪を吹き上げて、ダンプカーに積んで行きます。大きな姿が実に頼もしい。

 我が家の敷地前にふうふう言いながら二時間かけてだした雪も、わずか1分ほどで全て運搬排雪のダンプに積み込まれました。圧倒的な機械力には目を見張るばかりです。

 機械と人力との差を、これだけ身をもって体験したのは初めての様な気がします。機械がなければ私達の社会はもっと多くの労働奉仕がなければ維持できないことでしょう。

 「くらしを支える機械」なんて小学校の授業のようですが、座学ではなく身をもって体験することが大事なのだと改めて思いました。

 これで今年の冬の我が家の雪かきにも目途がたちました。よかったー。  

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生活の質

2007-02-16 23:19:12 | Weblog
 道路の除雪が進んでいますが、機械が削り取った跡がものすごく滑りやすくなっています。今年は今までに3回転び掛けましたが、なんとか耐えて転ばずにいます。

 転んで怪我をすることは多いのですが、転ばなくても変に踏ん張って身体を痛めることがあります。身体の俊敏性を養っておかなくては。
 
【生活の質=QOL(Quaity of Life)】
 ここ半年に渡って、左の奥歯が痛くて治療に通っていました。

 もう30年にわたって付き合って下さっている歯医者さんの見立ては、歯周病菌が奥歯の歯周ポケットの奥に入り込んだのだろう、ということでした。

 しかしながらあまりに痛みが長く続くために、先週改めて奥歯のレントゲンを撮ってみたところ、なんと奥歯に二本ある歯根のうち奥の方が割れていることが判明したのでした。

「もしかしたら半分は抜かないと駄目かも知れないね」とそのときにも言われたのですが、今日治療に入って奥歯の冠を開いてみたところ、やはり駄目でした。

「残念だけど抜くからね」

 さようなら、私の奥歯。80歳で20本の歯を残す目標がまた一歩あやしくなりました。

 さて、治療中は麻酔が効いているから良いものの、職場に戻って麻酔が切れると抜いた跡がじんじんと痛くなってきました。

 慌てて、もらった痛み止めの薬を飲んでみましたが、なかなか痛みが治まらなくて、生活の質(QOL=Quality of Life)は最悪です。

 こういう日は早めに変えるのがよさそうと、予定していた会合もキャンセルして家路につきました。

    ※    ※    ※    ※

 帰ってみると我が家の夕食は熱々のラーメン。歯を抜いた口内には厳しそうです。

 抜いた左の奥歯を使わないようにして、右の奥歯だけで食べるのは辛いものがありました。

 おまけにこういうときに限って、口の中の右側には口内炎が…。

 いへへへへ(いてててて)…。

 こういう日もあるものです。健康には注意して、特に歯のように黙っていても直らない部位はすぐに治療いたしましょう。
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脳の年齢と、意志の年齢

2007-02-15 23:30:45 | Weblog
 夕べの嵐の残した雪はひたすら重たくて、除雪が大変。閉口しました。

 日中は穏やかだったのに、夜になるとまた風が強くなってきています。今夜も荒れそうです。

【わが家にDSLiteがやってきた】
 テレビで盛んに宣伝をしていながらなかなか手に入らないのが、ニンテンドーDS Lite(ニンテンドーディーエスライト)です。

 うちの娘もずっとほしがっていたのですが、昨年3月の発売以来ずっと品薄が続き、店頭にはほとんど出回らない状況です。

 そのDSを、近くのショッピングセンターが広告で「日曜日に50台限り抽選で販売します」と宣伝していたのが先週の金曜日。

 娘も友達と行きたいというので、日曜の朝に仕方なく車で連れて行ったのですが、折角なら当たる確率を上げようと、私もうちの奥さんも一緒になって列に並んだのでした。

 DSライトには5種類の色があるのですが、今回入荷したのにはそれぞれに台数の制限があるため、欲しい色を決めて、列に並んでください、ということでした。

 そこで娘とお友達は白の列に並び、私と奥さんはアイスブルーの列に。

 朝10時15分までに並んだ人に対して番号の入った抽選券が配られ、10時半から抽選を行い当選番号を発表するというものです。

 わが家の家族は総じてこうした運に恵まれないことが多く、案の定、白の列に並んだ娘とお友達は前後する人が当選して、自分たちははずれてしまいました。

 白の次には、今回は11台だけ入荷したというアイスブルーの抽選です。

 親子連れで並んでいる人も多く、中には1台当たったために二台目をキャンセルするという人もいて、幸運も来る人には来るものだなあ、と思うのでした。

 さて、アイスブルーの抽選も進み、もう残り2台、というところでうちの奥さんの番号が読み上げられました!

 当たった人は誰も皆嬉しそうに証明のハンコをもらっていたのですが、うちの奥さんは感極まって「やったー!」と声を上げて喜んでいました。

 抽選のときになって、別の色の抽選を待っている年配の女性とついつい会話になり、「当たらんもんだねー」と話していた矢先のことで、「あらー、良かったね!」とその女性も喜んでくれました。

 こちらも当たったうれしさの余韻を楽しみながら、残りの抽選を見ていると、その年配の女性も見事に最後にネイビーブルーをゲット!

 「良かったですねー」「いやー、嬉しい」と、この時ばかりは見ず知らずの人間に妙な連帯感が生まれるものなのです。面白いものですね。

    *   *   *   *   

 さて、本体は購入出来たものの、やはりソフトがなければただの箱。

 わが家は早速「脳を鍛える大人のDSトレーニング」というソフトを買って、脳の強化に励んでいます。

 簡単な計算や記憶力を試すゲームをこなすことで脳の年齢が分かるというお遊びですが、これが結構はまるもので、良くできているなあと感心することしきり。 

 本体の方も、計算結果の数字をペンで書き込んだりするのですが、下手な字でもちゃんと認識してくれるあたりの性能は素晴らしいものがあります。

 良くこんなおもちゃを考えつくものだと本当に感心してしまいますね。

 日本人の想像力の豊かさに感心しつつも、時間の使い方をコントロール出来る意志がないと、ただただ時間を無駄に過ごしてしまいそうで怖くなります。

 ほどほどにしなくては、と思いつつ、脳年齢は今のところ27才をキープ。

 脳の年齢測定と同時に、あまりやりすぎると「意志の年齢」が低く出るような機能もあると良いかも知れませんね。ホントにはまりそう。大人が一番喜んでる!   
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少年よ、大志を抱け!

2007-02-14 23:00:54 | Weblog
 一冬に二、三度あるかないかの猛烈な猛吹雪。歩道を歩いていると風に押されて車道にふらふらと出そうなほどです。
 
 剣呑、剣呑、こういう日は早く家に帰るべきですね。

【少年よ、大志を抱け】
 午前中に、用事があって母校北大の農学部を訪ねました。

 北大農学部では、現在校舎の中を改装中で外側は変わることはないものの、今ある部屋の中にもう一つ部屋を作るようなイメージなのだそうです。

 私の出身である花卉・造園教室は、部屋が設置された昭和32年から一貫して校舎南側にある現在の部屋を使っていたのでした。今行っても、卒業したときのほとんど同じ風景が部屋の中に広がっています。

 ところがこの一連の改装のおかげで部屋を引っ越すことになるのだとか。一度仮校舎に移り、一年後に今度は今とは別の一にある部屋をあてがわれるのだそうです。
 懐かしい窓からの風景とももうすぐお別れです。

 いろいろな変化が大学にも押し寄せていて、教授によると「最近は外と関係性を持って、研究費を持ってくる人が評価されるようなシステムになりつつありますよ」ということなのだそう。

 切磋琢磨の奨励と、能力を活かして頑張っている人への褒賞と、格差の拡大といったさまざまな変化が大学を変えようとしています。

 いつでも緊張感が必要というのは、ある意味で当たり前のような、それでいてストレスが溜まりそうですね。何かあったときはOBとしてお手伝いいたしますよ。

    ※    ※    ※    ※

 帰りがけに、改めてクラーク博士の胸像に立ち寄ってきました。

 像を紹介する看板には、一時金属類供出に協力したため現在の像は二代目なのだとか。いろいろな歴史があるものですね。

 クラーク博士の明言はご存じ「Boys, be ambitious!(少年よ、大志を抱け)」ですが、博士が発した言葉にはいくつかの伝説があります。その中の一つで有名なものは、

 "Boys, be ambitious. Be ambitious not for money or for selfish aggrandizement, not for evanescent thing which men call fame. Be ambitious for attainment of all that man ought to be." というものだそうです。

 訳してみると、「少年よ、大志を抱け お金や利己的な欲や、名声と呼ばれる空しいもののためではない。人間がかくあるべき全てを達成するために大志を抱け」というあたりでしょうか。

 もっともこれには諸説あって、少なくとも島松での別れ際に言ったのではなさそうだというのが定説のようです。また、クラーク博士がお金や名誉を毛嫌いしたという訳でもないようですしね。

 しかし先人の言葉にはそんなフィクションの衣を着たようなエピソードが相応しいような気がします。

 少なくとも、この言葉には聞くものを感動させる何かがあるではありませんか。

 たまには自分の中の原点に立ち返るのも良いものですね。


 Boys, be ambitious!

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バスに乗り遅れた訳

2007-02-13 23:56:13 | Weblog
 市内は除雪の作業者が大活躍です。そろそろ今年の雪の山も越える時期が近いのです。

【意味ある時間】
 仕事が終わって、庁舎から出たところで携帯電話を置き忘れたことに気づき、取りに戻りました。

 その5分のロスのために、最終の一本前のバスに乗ろうとしたのがほんの十秒の差で乗り遅れて出発されたのでした。

 うー…

 最後のバスは夜23時発で、25分も待たなくてはなりません。

 ちょっとがっかりして、暖かい場所を求めてとぼとぼと歩き始め、駅の構内に向かいました。

 そこで構内に張り出されている飲食店の紹介コーナーをぼんやり見ていたところ、地下鉄からスーツケースを持った数人のグループが上がってきました。

 日本人っぽい顔をしていますが、何かを探してうろうろしています。いかにもホテルが分からない、という雰囲気に満ちています。

 女性3人がスーツケースの番をしていて、男性二人があちこちをビルの中を覗いていますので、勇気を奮って声を掛けました。

「Hi, where would you like to go?」

 すると私が声を掛けた男性はニコッと嬉しそうにして「Aa, JR tower hotel..」と応えました。やっぱり!駅構内からだとJRホテルは分かりづらいのです。

 そこで「OK, I'll take you」と言って、ホテルまで案内をしました。

 どちらから来たのですか?と訊くと「香港から」とのこと。その男性は今回が初めての北海道への旅なのだそうです。

 無事にフロントまで案内して、「Have a nice trip!(良い旅を)」と言って分かれました。一行も嬉しそうにしてくれたので、寒かったけれどこちらの心は暖かくなりました。

 そこで始めて、さっきバスに乗り遅れた訳が分かりました。まさにこのために、私はバスに乗っては行けなかったということなのでしょう。
 携帯を忘れたことも、そういうことの布石だったのでしょう。そしてそういう縁ならば、その縁になだれ込むまでなのです。
 

 始めて北海道を訪ねてくれた香港からのゲストにとって、この旅が良い思い出に満ちたものになってくれれば幸いです。

 必要なのは語学力ではなくて、ちょっとした勇気と笑顔なのですね。

 バスに乗ってから、(しまった!どこへいくのを楽しみにしているか、とかもっと訊いておけば良かった)とほぞをかみました。

 やっぱり私もだいぶ緊張をしていたのですね。修行が足らんなー

    *   *   *   * 

 東京の電車の駅で飛び込もうとする女性を助けようとした警察官の方が亡くなられたとの報が伝えられました。

 「そこまでするのか」という声は別にして、こうした献身的な行為に対して社会は最高級の賛辞を送らなくてはならないと思います。

 慎んで哀悼の意を表します。   合掌 
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地域のマーケティングを語る

2007-02-12 23:29:41 | Weblog
 雪は降る~♪ 除雪車は来ない~♪

 そんなわけで、日中に三度雪かきをしたほど一日中大荒れの天気でした。ふー

【その価値が分かるか!】
 休日だというのに、どうしても会いたい先生が来札されるというので夜に街中まで出かけました。

 何としても会いたかったのは、昨年まで札幌市内におられながら今や浜松の大学に移ってしまったA先生。

 A先生は色についての専門家なのですが、そこから派生して今では多くの企業の商品開発顧問としてもご活躍中なのです。

 実は先生の方も浜松の大学で、実は私の知人である同僚のB先生と語っているうちに「札幌だったらkomamasaという変な人に会いませんでしたか?」と言われていたのだとか。

 しかも、今回のセッティングはA先生と私との共通の知人が「是非お互いにあってみて欲しい」と声を掛けてくれたことから実現したもので、なるほど会えないときには会えないけれど、会えるときには実に簡単に会えるものだと感心した次第です。

 A先生はトヨタ自動車の顧問もしているのですが、新しい車が出来上がるときにどの色にするか、ということについては、デザイナー達がなんと1万色の中から色を選ぶのだそうです。

 それが、売り上げに効いてくるものですから、色選びに失敗してラインに修正を加えるとたちまち一億円規模のお金が飛んでしまうのだとか。

「車を買ってくれるユーザーがどの色を好むか、ということで車の売り上げに影響するのですから、色を選ぶ方もものすごい真剣なんですよ。それに比べたら公共施設の色なんて、ユーザーがいないから適当でしょ?」とこれは手厳しい。

「感性マーケティングができないデザイナーは止めた方がいいですよ。マーケティングのないデザインなんてありえないんですから!」

    *   *   *   * 

「地域の商品開発の上手なところってありますか?」と私、すると
「宮崎とか大分あたりは一村一品の発祥の地だからなのか、上手ですよ」

「例えばどんな…?」
「焼酎に『百年の孤独』ってのがあったでしょう?そこが次に出したのが『野うさぎの走り』っていうんです。こういうのが、東京や大阪の目から見て【くすぐるもの】があるんですよ」

「美味しい焼酎なら北海道にもありますよ」
「そう!そうなの!でもよく見るとそのラベルが情けなかったり、物語とか隠された秘密のようなものがないの!味は勝負出来るけれど、味じゃないところでマーケティングが動いているんですよ。だからそんなに原価の高くないお酒に付加価値がついてめちゃくちゃ高くなって幻の酒になったりするんです。それがまた付加価値を生む…」

「なあるほど」
「今や分析手法が進んでいるから、味なんて本当にどうでもできるんです。でもそれが売れる味にできるかどうかは勘も必要になってくる。以前おにぎりをアメリカに売ろうという話があったときに、つい日本人は伝統の日本のおにぎりの味を進めたくなる。でもアメリカ人に好まれるおにぎりって、日本人の好みとは別なところにあって、何の不思議もないんです。大体我々だって、中華料理やエスニックを日本人が好む料理に仕立て上げて楽しんでいるんですから。だから売ろうとするターゲットの感性にヒットしなくちゃ駄目なんです」

    *   *   *   * 

 やがて話はトヨタから報徳のお話に移りました。

「トヨタと松下電気は報徳の企業だった、ということを掛川で勉強しました」と私が言うと、先生は
「そうそう、松下のお店には『本日ただいま開店』と書いてありました。それにトヨタ自動車の研修センターには『良い品、良い考え』と書かれていましたね。『良い考え、良い品』じゃないんです。『良い品を作ることが良い考えだ』というわけ。考えさせられますね」


 先生との話があまりにも面白くて、夜7時から飲み始めてはたと気づいたらもう夜の12時でありました。こんなに時間が短く感じたのは久しぶりのことです。

 先生は、「地域の魅力は『発見、創る、育てる』ですよ」とおっしゃいました。

 しかしそもそも先生が札幌にいたときに、A先生の価値に気づいていた人がほとんどいなかったということは寂しいものです。

 浜松に行かれるやいなや、「世界一受けたい授業」にも登場されたりして、今や企業からもひっぱりだこなのです。

 地元にあるものの価値に気づかなかったり、地元にあるというだけで馬鹿にしてしまう心根を反省して、どこにあろうと真の価値に気づく眼力を身につけたいものです。

 あー、面白い!熱いぜ!
 

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雪まつり大雪像のリベンジ

2007-02-11 23:02:38 | Weblog
 1月の少雪を取り返すかのように、連日20センチくらいの雪が降っています。
 休みの時くらい家の雪かきをしなくては。

【雪まつりリベンジ】
 一昨日の雪まつり見物失敗談を取り返すべく、うちの奥さんと再び雪まつり見物に出かけました。

 今度は西側から攻めようと、近くの駐車場に車を止めて歩き出しましたが、雪まつりの会場に着く前に札幌市資料館の近くを通り、先にこちらを見ることにしました。

 札幌市資料館は、大正十五年に札幌控訴院として建てられたもので、札幌軟石の美しいフォルムで昭和48年から市の資料館として使われているものです。今まで随分近くを通りましたが、入ったことはなかったのでした。

 一階には開拓の歴史を写真と文章で教えてくれるコーナーがあって、島義勇や黒田清隆らとともに、大友亀太郎の写真も貼ってありました。

 このコーナーには案内をしてくれるボランティアの方もいて、楽しく説明をしてくださいました。

 大きかろうと小さかろうと、自分たちの住む町の歴史を知ることは大事ですね。


    *   *   *   * 

 資料館を後にして、いよいよ10丁目から始まる大雪像の見物です。

 最初に現れたのは「神秘大陸 南極の生き物たち」の大雪像です。そうそう、こういう大雪像こそ雪まつりの醍醐味なのでした。リベンジ成功です!

 大雪像は他にも国宝彦根城、タイ王国のチャックリー・マハー・プラーサート宮殿が作られていて、迫力と細かな造作の両立は札幌雪まつりの見所です。

 そうして一昨日はここで引き返した7丁目まで行って、そこからぐるっと回って帰ってきました。

 最近は通訳や案内のボランティアハウスやお土産屋さん、それに飲食のブースもたくさん出ていて、サービスは以前よりも格段に向上しています。

 外国人観光客の人たちが大きな串の焼き鳥をほおばっている姿を見るのは微笑ましいものです。もっと北海道を味わって欲しいな。

    *   *   *   * 

 それにしても、印象として変わったなと思うことは、お客さんの数が総じて少なく感じたことです。広場の様子も、以前はもっとぎゅうぎゅうの混雑だった印象だったのですが、こんなものだったのでしょうか。

 そういえば、この舞台を使ったテレビ番組がどれくらい会ったのでしょうか。

 うちの奥さんなどは「最近はテレビ局もよさこいソーラン祭りに力を入れていて、雪まつりに力が入っていないのかな」という印象をもったようです。

 58回もこのようなイベントが続いていること自体が立派ですが、前回よりも何かを変えながら話題を作り続けて行くことが難しくなりつつあるような気もします。

 マンネリに陥らずに常に自己変革を繰り返し、緊張感を持ってイベントを継続して行くのは難しいことです。

 市民の側も簡単に飽きてしまわずに、楽しい故郷自慢をし続けたいものです。

    *   *   *   * 
 
 今日は建国記念日。その謂われをWikipediaで引くと、「紀元前660年、記紀における神武天皇が即位したとされる日(1月1日 (旧暦))」とありました。

 日本のお誕生日、おめでとうございます。
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二宮翁夜話

2007-02-10 23:40:57 | Weblog
 見るべき雪像を見なかったことがブログでばれて、うちの奥さんに怒られました。やっぱり明日行かなくちゃ。

【二宮翁夜話】
 2月の23日に、苗穂地区の皆さんからちょっとしたお話を聞かせて欲しい、という依頼を受けています。

 以前、この地区でパネルディスカッションのパネリストとして登場したことがあったのですが、そのときにこの地区で開拓に着手した大友亀太郎について触れたのが印象的だったようなのです。

 そのときは、地区の歴史のなかで敬すべき先達の大友亀太郎と、彼が開削して札幌開拓の礎となった大友堀について話をしたのでした。

 そのためか、今回は仮題として「近代遺産を活かしたまちづくり」でどうですか、と言われていて、そのタイトルでまちづくりについてお話をしようと思っています。

 そこで改めて大友亀太郎や東区の歴史、大友堀、二宮尊徳翁夜話などについて本を読んでいますが、お話の組み立てをどうしようか頭を整理しているところです。

 関係者の知人にそんな話をぽろっとしたところ、「パワーポイントのファイルができているなら送ってくださいね」と言われました。

 そこで「お決まりの話題ならファイルもありますが、『一品もの』のお話なので作り込んでみていますよ」と返したのですが、「『一品もの』ですか、そりゃいいや、ははは」と笑われました。

 まあこうしたお話をする度に、頭の整理がつきつつ紙芝居ができて行くのですが。

    *   *   *   * 
 
 さて、そんなわけで最近は毎晩のように「二宮翁夜話」を改めて読んでいるのです。

 二宮翁夜話。著者は尊徳翁の高弟の一人であった福住正兄(ふくずみまさえ)です。
 
 尊徳の生前の言葉を拾った書物や、尊徳自身の筆による著書も多い中で、この二宮翁夜話はその平明な語りによって、報徳の教えを世に広める上で特筆すべき一書であります。

 現在読んでいるのはこれをさらに現代訳した現代版ですが、名著の価値を損なうことなく実に読みやすくなっています。

 著者の福住正兄は、始めは大沢政吉という名でした。尊徳に弟子入りし6年間を勤めたところで、兄が入り婿の話を持ち込んだことから慎んで退塾することになりました。

 ところが入り婿の話は二つあって、一つは小田原の富豪で、もう一つは遠縁にありながら家政すこぶる傾いた箱根湯本の福住家でした。

 彼は迷うことなく福住家を選び、福住の名を継いだのでした。

 その後の彼の働きは目覚ましく、報徳仕法によって小田原領内の立て直しに力を尽くしたのでした。何度かの大風や大火事にもめげず、対策に奔走し、村々を立て直していったのです。

 当時大地獄・小地獄と呼ばれていた地区を大涌谷・小涌谷と改めたことをはじめ、道路改修を行うなど、地域へ貢献し続けたのでした。

 まさに明治を切り開いた地域のリーダー像そのものですね。

 さてさて、大友亀太郎から二宮尊徳ときて、報徳に話が及んで、話の素材は広がる一方です。

 そろそろまとめなくては。   
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見逃した大雪像~札幌雪まつり

2007-02-09 23:12:48 | Weblog
 家族で雪祭りに行ってきました。やっぱり地域のイベントを見ておかなくてはね。

【しまった!】
 うちの奥さんと娘と大通で待ち合わせ。ところが仕事で緊急の用事が入ってしまい、待ち合わせ時間には大幅に遅刻。申し訳ない~。

 さて、三人で大通会場を4丁目から見て回りました。こちらも外国人の観光客の姿もたくさんいて国際色豊かです。

 三人でどこに何があるか分からないまま4,5、6丁目を見て、大きな雪像がないのに落胆して、テレビ塔のある1丁目まで戻りました。

 全体に雪像が小さいのにがっかり、というよりぷりぷりしながら、そのまま居酒屋さんへ行ったのですが、家に帰ってから雪まつりのホームページを見てみると、なんと大雪像は7丁目から11丁目にかけて作られていたのでした!

 ううむ、メインの大雪像を見ないままに、雪まつりを見たと思いこんでしまったのでした。やっぱりちゃんと事前に情報を得ないままに飛び込んだのは失敗だったようです。

 11丁目から見始めればよかった!地元だと思って簡単に考えてしまいました。反省です!

 雪まつりのホームページを見ていたら、最近の3Dガイドがありました。最近のwebサービスはすごいですね。

 こちら → http://snow.dd-u.com/

 見逃した大雪像はどうしましょうかねえ…。札幌雪まつりは12日までです。

 
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