北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

エッセンシャルワーカーの賃金はなぜ低いのか ~ 「エッセンシャルワーカー」を読みました

2024-08-01 21:57:52 | 本の感想

 

「エッセンシャルワーカー」(田中洋子編著)を読みました。

 コロナ禍で注目された"エッセンシャルワーカー"とは、医療・弱者支援・飲食料品の供給、小売り、生活サービス、ゴミ処理、メディア、物流・運送、行政など、社会に不可欠な仕事を現場で行っている人たちのことです。

 ところがどうしたことかこれらの多くが、「社会に不可欠だ」「彼ら彼女たちがいなければ日常生活は営めない」というリアル・ジョブを受け持ちながらここ数十年で働く条件が悪化しています。

 その反対にファンドマネージャーや金融コンサルタントなど、たとえ消えたとしても社会に影響はないような仕事はもてはやされて高給で処遇されています。

 これを「倒錯した関係」と呼びつつ、本書はエッセンシャルワーカーが置かれている状況とこれまでの変化を分析します。

 そしてこの状況が生み出された要因を考察し、この疑問に答えようというのがこの本です。


     ◆


 ところがいざ分析しようとすると、じつはエッセンシャルワーカーの働き方がほとんど研究されていないという現実にぶつかりました。

 それはこれらの職種が"国を大きく牽引する国際競争力"のような華やかさを持たず、社会の潤滑油的な位置に埋没していったからではないか、というのが著者らの問題意識です。

 そこで本書では1990~2020年代の30年間の変化に着目しました。

 そしてエッセンシャルワーカーを「民間vs公共vs社会保険サービス」「正規vs非正規」「男性中心vs女性中心」「雇用vs委託・請負・フリーランス」などの区分の組み合わせから大きく5つの類型を示し、それらが良くあてはまる産業・業種を設定して分析を進めます。

 ①主に既婚の主婦を中心とする低処遇のパートタイム <民間/女性中心/非正規>
 ②飲食業における学生アルバイト <民間/若年男女/非正規/>
 ③公共サービスの担い手 <民営化/男女/非正規/外部委託>
 ④看護・介護というケアの仕事 <社会保険サービス/女性中心>
 ⑤委託・請負の仕事


    ◆


 そして様々な分野の労働において、働く条件は悪化しておりエッセンシャルワーカーの多くがより苦労を伴う状態へと追い込まれてきました。

 なぜこのように処遇が悪化してきたのか?

 著者はその理由を、「日本に一つの大きなマイナス方向の社会変化が起こったため」としています。

 その変化とは、「現場の担い手を安く都合よく働かせる新しい仕組みの広がり」だと。

 この変化は、1990年代の平成の長期不況と自由化政策の下で、企業がコスト削減・人件費抑制によって生き残りを図ろうとし、政府もまた欧米発の新自由主義に基づく、市場の自由に委ねて各種の規制を緩和・撤廃する方向へと政策の舵を切ったことによるものです。

 未来を見通せない中で、ある意味新自由主義と言うやり方に賭けてみたということなのですが、実はそのしわ寄せは労働者に向かい、今日の労働環境悪化に繋がったもので、著者は「歴史的な失敗だった」と喝破します。

    ◆

 
 ではこの状況に対する処方箋はいかにあるべきか。

 著者は、「正規・非正規」という二元構造を一つにまとめる方向に帰るべきだ、と唱え、そのモデルをドイツの働き方に求めています。

 ドイツでは、
①働く時間の長さによって給与・処遇を変えない(働く時間の自由)
②働く場所によって給与・処遇を変えない(働く場所の自由)
③仕事によって給与水準が決まる

 いわゆるジョブ型の仕事の仕方ですが、これを本格的に行えば、現状を
変える効果があるのではないでしょうか。

 また、「公共サービスの専門職を非正規化すべきではない」と言い、公共サービスの非正規化の多くが女性向けの職種であって、そこでも女性が低処遇のまま現場を担う非正規の弊害が集中している、とも。

 さらに「市場強者による現場へのしわ寄せを止めよ」と言いますが、最近の下請けいじめの摘発が多発している事を見ても、ここに委託・下請け関係の下での処遇の悪化が見て取れます。

 
    ◆


 これらを総括すると、1990年以降の日本政府が取った政策は誤りであったと言わざるを得ません。

 そして1990年までの雇用の安定化システムを、「自由競争を阻害する悪しき規制・慣習・税金の無駄遣い」として貶め廃止していきました。

 そしてそれらが企業にとって安直に数字を出すという意味で安易な手法であったために、近年の世界経済の激変に対して企業活動の革新・改革に真剣に向き合う機会を失い、結果的に日本経済全体の競争力を国際的に損なってしまっているのだと断じています。

 今改めて政府はもちろん、一部の企業はそうしたこれまでの失敗に気が付き始めていますが、そこへきて今度は少子高齢化によって労働力の供給が制約される社会が訪れようとしています。

 必要な変化に向かってこれまでを反省し、真に労働者が適正な収入を得ながら生き生きと働ける環境を早急に取り戻さなければ、やはり日本の未来は危うい、ということに多くの人が気付き始めているということでしょう。

 多くの企業経営者はもちろん、行政をつかさどる政治家の皆さんにも読んでいただきたい良書の一つでしょう。

 
 私が介護や重機運転の資格を取った意味の一つもここにあります。

 手が空いたなら年寄りはもっとエッセンシャルな仕事を担う方が良い、と言う思いです。


 夏休みの一冊として強くお勧めします。

 

 


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