北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

「野生化するイノベーション」を読む ~ 長い日本の低迷のカギはイノベーション不足にあり

2021-11-02 22:42:16 | 本の感想

 

 イノベーションとは時代を買える新期的な発見や技術開発のこと。

 社会が進歩するためには新たな技術開発は欠かせず、国の経済が発展するかどうかもイノベーションが起きているかどうかは大きな要素ですし、そもそも国単位でイノベーションを作り出す力があるかどうかは大きな問題です。

 経済評論家の多くは、「日本にもっとイノベーションを起こさないと国家が廃れてしまう」と現在の国情を憂いていますが、ではイノベーションとはどのように発生し、またそれを生かすためには何が必要で、さらにはイノベーションが起きたとしてその功罪はどのようなことになるのか、についてはあまり発言していません。

 今回は『野生化するイノベーション』(清水 洋著 新潮選書)を読みました。イノベーションとはどのようなものでどんな性質を持ち、その功罪、そして日本と国民一人一人の心構えを説く実に良い本でした。

 イノベーションの好例としては、内燃機関や電気などその後の生活の歴史を塗り替えるようなものですが、それを『野生化』というメタファ(比喩)で著したところが面白い切り口です。

【野生化というメタファの意味】
 イノベーションの性質は、野生化した動物に例えると割とすっきり理解できるのではないか、というのが著者のアイディア。
 
 それはイノベーションの新技術は①ビジネスチャンスに向かって『移動する』こと、②『(都合よく)飼いならせないこと、③ある意味人間社会を『破壊する』ことなどが、野生動物の振る舞いに見える、ということです。

 良い技術が生まれてもそれを経済的なメリットとしてビジネスに繋げられなければ、イノベーションにはなりません。

 しかし簡単に思うように生まれるわけでもないし、さらにはイノベーションによって歴史の向こうに追いやられる仕事や人がいることで、社会を乱暴に破壊することもあるのです。

【時間差が抵抗を呼ぶ】メリットは遅くデメリットは早い
 また、イノベーションはコア技術が誕生してもそれを生かすための素材技術やその利用を認める法律などの周辺条件が揃って真にメリットが発揮できるまでには時間がかかります。

 しかしそれでいて、新技術により既存の雇用や技術は短時間に失われ、それによる社会的な抵抗が強く現れます。

 ところがそうした社会的な受け入れがしやすい社会(国)と受け入れにくい国があります。

 イノベーションによって失われる仕事や雇用、企業はさっさと失わせてしまい、次の効率的で生産的な仕事や会社に受け入れさせれば、被害は少ないと考えるアメリカのような国は、やはりイノベーションが生まれやすい社会と言えます。

 アメリカが失業率が高いというのは、そうやって古い非効率な産業から人が出てくる「人材の流動性が高い社会」を先行している国柄と言えます。

 それに対して日本では、失業による痛みを非常に恐れる社会と言えるでしょう。

 企業はできるだけ解雇をせず社内に留める努力をする傾向にあり、しかしそれはとりもなおさず非効率や低い生産性を内在したままで低利益に甘んじるという選択にもなっているのだと。

 著者の清水さんは、そうした日本的経営による企業行動は流動性による失業が増えることのデメリットを防いでいるとも言えるが、結果的にそれがイノベーションを妨げており、そのままでは日本の将来は衰退の危機を迎えるのではないか、と警鐘を鳴らしています。

 またイノベーションに向かう投資についても、アメリカは軍事産業を背景に膨大なイノベーションの種を生み出す基礎研究に対して国として投資をしているが、日本はそれを担う大学への投資が非常に細っており、将来イノベーションの種が生まれにくくなると憂慮しています。

 また膨大な研究の結果、日本に経済的格差が広がっているのもイノベーションが減少していることが原因の一つであるという分析もあり、決して単純な「自己責任論」に陥るべきではないといいます。

 イノベーション選好の社会にするためには人材の流動性が必要で、そのためには失業が増える。その一方で、それを避けるために雇用を守る温かみのある企業経営ではイノベーションは期待できない。

 日本がイノベーションで世界をリードする尊敬される国でいようとするならば、社会の痛みを受け入れてそれは社会で補償し支えあうような気風であるべきだ、というのが著者の結論のようです。

 我々一人ひとりも、今の現状に拘泥するのではなく常に新しいものを受け入れて、リスクを取り冒険を許容するような野性味が必要なのだ、というのが著者がタイトルに込めた思い出もあります。

 総じて、イノベーションを取り巻く社会学的な研究成果を縦横に論じながら、現代日本の憂いあるべき姿を示しているという点で非常に良い一冊です。

 日本の長い低迷の原因をイノベーションを切り口に快刀乱麻を断つ思い。

 もう良い歳になった自分には、若者に期待するとともに、若者をいろいろな切り口で支援する立場でいたいと思わせてくれます。

 機会があればぜひご一読をお勧めします。


 さらに言えば、イノベーションが成立するためには私有財産制を認める社会であるという前提が必要で、「それを果たしたのが1215年のマグナ・カルタである」とか、 資本を集めやすくするために有限責任と言うシステムを成立させた画期的な出来事が「東インド会社である」などといった説明があれば、歴史の勉強はやはり必要なんだなあ、と膝を叩いた点も付け加えておきます。

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