今年もたくさんの年賀状をいただきました。その数、本日(1月5日)現在で273枚。
出した分の9割近くは帰ってきたことになります。
同年代の親しい友人たちからは、最近の出来事やこの一年の総括などが書かれていて、「還暦前後ではまだ枯れんぞ」という若々しさがうかがえ、喜ばしい限り。
親の介護について書いてきた方も何人かいますが、目出度いお正月ということであまり悲壮ではなく、さりげない様子での介護模様が伺えました。
この年になると、そろそろ同年代は終の棲家が決まってきて、現役時代のように毎年住所をチェックしてデータを書き換えるということが少なくなります。
それでも現役公務員の後輩諸氏は、まだ沖縄から九州、東北と住まいを替えながらの転勤生活を続けているようで、大変さを推し量りつつも新任地を大いに楽しんでほしいと祈るばかりです。
ところで、何枚か「あて所に尋ねあたりません」というハガキが2枚ほど帰ってきて、それがどちらも数歳年上の先輩でした。
ということは、昨年からすでに住所は変わっていて、私が気付かずにデータを修正できていなかったのでしょう。
終の棲家で引っ越しはない世代、と思っていたのですが、あるいは親御さんとの関係などで引っ越したりする事情があるのでしょうか。
事実関係は分かりませんが、まだまだ生きているといろいろなことがありそうです。
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さて、私は今年の年賀状で約90人くらいの方に対して、「年賀状整理を始めたので、年賀はがきをお送りするのは今年限りとさせていただきます」という、いわゆる年賀状仕舞をお伝えしました。
年賀状仕舞をした相手は、おおむね3つのパターンでした。
一つ目は、ネット上のSNSで普段からお互いなにをしているかということが分かっていて、またやりとりもできているという方たち。
そうなると、近況報告もないようなものなので、もう儀礼的な年賀はがきを送ることはお終いにしよう、と考えたものです。
二つ目は、同年代でも、転勤生活ですれ違ったご縁がずっと続いている方で、なかなかお互いに縁が切れずにいる方たち。
もうおそらくお会いすることもないでしょうし、近況の報告もやや儀礼的になっていたもので、こうした方たちへも年賀はがきをお送りするのをお終いにしました。
最後は相手が高齢の方たちで、もう年賀状を送るのも大変だろうと思う方たちです。
若い時に副市長などをさせてもらったおかげで、町内会の顔役など相当年上の方たちとも仲良くなって、その縁がずっと続いてきたのですが、どちらかが言い出さない限り、やや惰性的に続いてゆくのもご負担だろうと、この際、私から年賀仕舞を申し出たものです。
こうしたやり方には勇気がいるものですが、どこかでどちらかが勇気を奮わなければいけないようにも思います。
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ところで、お相手から年賀仕舞を申し出られた方が何人いるか数えてみたところ、4人の方から、年賀仕舞を伝えられました。
お一人からは同年代で、理由は「平成も終わるということでこれを機会に」とのこと。
お二人からは、高齢を理由にしたもの。
そして残るお一人からは、「十年がかりで断捨離を始めることにしましたので、年賀のご挨拶は今年をもって〆とさせていただきます」というもの。
何れも、言い出すには相手の気分を害さないか、という気持ちがあって、書き出すには勇気が必要だったと思います。
ただ、実際にこうした年賀仕舞いのお知らせを受けてみると、そのような気持ちは全く起きず、逆にこれまでのご厚情に感謝する気持ちが浮かんできました。
来年はさらに勇気を奮って、年賀仕舞を進めてみても大丈夫なように思いました。
皆さんの年賀状には、年賀仕舞の連絡はありましたでしょうか。
何かを始めるのに、きっかけを待つ必要はないように思います。
年賀状雑感でした。