駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『バイ・バイ・バーディー』

2022年11月11日 | 観劇記/タイトルは行
 パルテノン多摩、2022年11月10日18時(大楽)。

 1960年代のアメリカ。若くして音楽会社を立ち上げたアルバート(長野博)は窮地に立たされていた。アメリカ中、いや世界中の女性の心を鷲づかみにしているスーパー・ロックスターでクライアントのコンラッド・バーディー(松下優也)が召集令状を受けたというのだ。スターの徴兵とあっては会社が立ち行かなくなってしまう。アルバートの恋人で秘書でもあるローズ(霧矢大夢)は入隊前に最後の曲「ワン・ラスト・キス」を作り、発売企画としてラッキーな女の子ひとりにコンラッドの「ラストキス」をプレゼントする、という破天荒なアイディアを思いつく。さっそくオハイオののどかな町に暮らす少女・キム(日高麻鈴)がラッキーな相手に選ばれた。キス企画に反対するボーイフレンドのヒューゴ(寺西拓人)始め、スターがやってくることで小さな町は大騒ぎになり…
 脚本/マイケル・スチュワート、作曲/チャールズ・ストラウス、作詞/リー・アダムス、翻訳・訳詞/高橋亜子、演出・振付/TETSUHARU、音楽監督/岩崎廉。エルヴィス・プレスリーの徴兵騒動をモチーフにしたティーンエージャーのミュージカル。1960年ブロードウェイ初演、63年には映画版も公開され、2009年にはリバイバル上演もされた。全2幕。

 きりやん、樹里ちゃんが出るミュージカルということで気になっていて、でもKAATも多摩も遠いしなあ…と手を束ねていたところ、大楽をダブって当てたので譲りたいというお友達が現れて、ホイホイ出向いてきました。駅から劇場までの通りはもうクリスマス・イルミネーションになっていて、ピューロランドの宣伝なのか光るでっかいキティちゃんの像もあって、なかなか楽しげでよかったです。
 というか、楽しい舞台でした! なんか周りのジャニーズファンが、主役の出来には目をつぶってやってくれとかたわいない作品だからとかやたら言い訳するんで、そうなのかなとか思いつつ観たのですが、ウェルメイドなラブコメ・ハッピー・ミュージカルでザッツ60年代ブロードウェイ・ミュージカルで、いいじゃんいいじゃん!と私は大満足しました。そりゃたわいないと言えばたわいないお話ではあるけれど、破綻してるとかはないししょーもないというレベルの話でもない、と私は思いました。まあ今上演するなら、ショー・ビジネスの世界より田舎で既婚の教師としてのんびり豊かに暮らすというライフスタイルや、徴兵や徴兵逃れ、あるいは戦争で文化にダメージを与えること、なんかに対してのもっと批評的・批判的な視点・視線とかがあってもいいのかな、とは思いましたが、おそらくそういうことを考えていない演出だからこそこの楽しい仕上がりなんだろう、とも思えたんですよね。つまり実にまっすぐてらいなく、可愛く元気に楽しくこの作品世界を展開させていて、その素直さ、健やかさ、いじらしい視点がいっそレアで貴重で稀少だな、と思ってしまったんですよね。お話の中の騒動そのものを、実はくだらないとか思っている…みたいな意地悪な目線がまったくないのです。コレはホントなかなかないことだと思います。もう一押し、さらに色目を派手めにしてガチャガチャ度を上げてよりハッピーに爆発させる方に進んでもいいかなとも思いましたが、まあそうやって望みすぎるとキリがないし、とにかく全然ダメダメとかではないんで(どんだけ低く見ていたんだ…)、私は本当に楽しく観ちゃいました。
 長野くんは『プロデューサーズ』で観ていてあのときはよかった記憶があるのですが、今回は歌は歌えていましたが(音は外さない、というレベルだったとは思うけど)とにかく芝居が棒で、あまりの大根っぷりに仰天しました。え、わざと? ハコが大きいから大仰な演技をしているってこと? でもすごくきちんきちんと、ハキハキと、抑揚なく台詞を読み上げる…みたいな演技で、とにかくものっすごく嘘くさくて、どうしたどうした?と思ってしまいました。上手い下手というより演技の方向性が謎だった気が…それともホントはこのキャラが好きじゃない、とかなのかなあ? それが出ちゃってる、とかなの…??
 そう、アルバートはマザコンで仕事の思い切りも悪く、恋人と8年つきあっても「まだ準備が出来ていない」とか言って結婚しようとしない、実にうだうだしたどうしようもない男です。これをチャーミングに見せる技と愛嬌のある役者で観たかった…というのは、ありました。でも長野くんキャスティングだからこそ大楽とはいえあんなデカいハコが埋まったんだろうし(満席のあの劇場を私は初めて見ましたよ…)、相手役にきりやんが呼ばれたのでしょう。だってアルバートもローズもいうてもアラサーのキャラだと思うし、20代の俳優が演じても不思議はないわけです。OGでもちゃぴとか花乃ちゃんとかあーちゃんとかきぃちゃんとか、まあ誰でもいいわけです。でもあまり若すぎて相手と齟齬が出ないように…ってんで選ばれたんじゃないの? 知らんけど。で、そのきりやんローズがもう絶品だったわけですよ! なのでもう万事OKなのです!!
 きりやんはさあ、ホントさあ、現役時代こそ職人肌でそんなにアイドル人気はないトップスターだったかもしれないけど、歌えて踊れて芝居ができるショースターで外部ならもっとこういうブロードウェイ・ミュージカルのヒロインを端からバンバンやってのけるくらいの、華と実力と器量を兼ね備えた女優さんなんですよ。でも、意外とそういうお仕事をしていない。なんで?みたいなすんごい小さいハコでナニ?みたいなワケわからん小難しい芝居に出たり、ミュージカルでも結局母親枠とか中年女性枠の役を担っちゃったりしている。もったいない…とずっと思ってきましたが、今回はもうこれまでのそうした不満がすべて解消される、胸のすくようなヒロインっぷり! 大ナンバーがいくつもあり(カットしないでくれてありがとう…!)、基本的にアルバートにキレたローズが引っ張る話なので、ぶっちゃけ完全に主人公なんですよ!
 てかタイトルロールはバーディーだけど、アルバートよりもバーディーよりもローズの物語なんですよねそもそもこの作品は。キムとの世代を超えたシスターフッドっぽい描写もあったし、それはアルバートの母親メイ(田中利花)とも作れないこともないんだから、今やるならもうそういう方向にシフトして、ファースト・クレジットをローズにして宣材のセンターにバーンと置いて、そういう作品としてやるべきなんですよねえ。そういうガールズ・エンパワーメント作品に今でも立派になっていると思いました。もちろん「~の妻」「ミセス~」になることだけを目指すローズの価値観って今からしたら古いんだけど、当時のことでは他に選択肢がなかったんだろうし、愛する人と結ばれて永遠に、というのはいつの世も真実であるわけで、要は描きようなんですよ。
 だからラストは、アルバートにもっとちゃんとプロポーズさせてほしくはあったかな。「既婚者を募集してるんで」じゃ、既婚って立場がほしいだけかい!ってなっちゃうでしょ。だからローズはそこで出した手をさっと引っ込めて、それをアルバートが再度さっと握って「冗談だよ。ローズ、愛してる。僕と結婚してください」とちゃんと言って、それでローズが承諾して指輪をはめてもらってアルバートに抱きつく…とかじゃないとダメですよ!
 あとは、ローズ自身がはねのけているからいいっちゃいいんだけど、このスペイン人差別はホント酷いな、とは思いましたが、これも現実の描写としてアリなのでしょう。とにかくきりやんローズはパワフルでタフでチャーミング、わさわさしたスカートの赤いドレスが似合うこと!(でももっとバンバン着替えてくれてもいいのよ? 旅先設定なので、とか要らないんだよ寂しいじゃないのもったいない!)仕事も出来るし空気も読めるし、そんな彼女が好きだと言うんだからアルバートにもどこかいいところがあるのだろうと思える、そんな説得力のあるキャラクターになっていて、ホントに絶品でした! 彼女あっての作品だったと思います。
 もちろんティーンエイジャー・パートも大事で、これがまたみんな上手くて仰天しましたし、心地良かったです。寺西くんもジャニーズなのね。アンサンブルもみんな元気で良きでした。
 樹里ちゃんはキムのママ役なのでそんなにはっちゃけた出番はありませんでしたが、実にちょうどいい感じで、贅沢でした。それはパパ役の今井清隆も同じで、そりゃナンバーもあったけどやはり贅沢な起用だと思ったぞ。でもこういうところに手を抜いてない感じが素晴らしい、とも思いました。予算が潤沢な制作なのか…? あまりアミューズっぽさもない気もするけど…
 そんなわけでホント、あまり期待していなかったからかもしれませんが(オイ)、実に楽しい舞台を観られて、拾いものをした気分でした。最後列でしたがどセンターで、やや遠いけど観やすかった、というのもあります。ドールハウスみたいなキムの家以外はセットがわりと簡素で、抽象的でお洒落なのもなかなか好印象でした(美術/伊藤雅子)。
 大楽なのでカテコのラインナップに指揮者さんとスウィングふたりも出ていて、ご紹介があり客席から拍手が贈られ、あたたかに終われて本当によかったですね。カテコがしつこすぎないのもよかった(笑)、ジャニーズファンはお行儀がいいなあ。幸せな観劇になりました。





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