駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

二月花形歌舞伎『新・三国志 関羽篇』

2023年02月14日 | 観劇記/タイトルさ行
 博多座、2023年2月12日11時。

 二世紀末、後漢皇帝は宦官を重用して民に負担を強い、さらに飢饉が続いて世は群雄割拠の乱世となっていた。そうした中、大志を抱く劉備(市川笑也)、関羽(市川猿之助)、張飛(市川猿弥)の三人が巡り会い、桃園で義兄弟の誓いを結ぶ。劉備の屋敷を訪れた魏の曹操(浅野和之)は、劉備に自分の配下に加わるよう促すが、劉備は人が飢えぬ国、売られぬ国、そして殺されぬ国を作るのが夢だと語る。曹操はそんなものは女子供の夢だと嘲笑い、関羽だけを家臣にしたいと申し出るが…
 作/羅漢中(『三国演義』より)、脚本・演出/横内謙介、演出/市川猿之助、スーパーバイザー/市川猿翁。『新・三国志』は1999年新橋演舞場初演、『Ⅱ 孔明篇』『Ⅲ 完結篇』の三部作が2004年まで上演されたスーパー歌舞伎第七弾。昨年、22年ぶりに『関羽篇』として再構成して歌舞伎座で上演されたもののブラッシュアップ再演版。全二幕。三代猿之助四十八選の内、市川猿之助咲き乱れる桃花の宙乗り・市川團子本水にて大滝立ち廻り相勤め申し候。

 だいぶ昔に吉川英治の小説は読んでいて、『源氏物語』同様にオタク教養として『三国志』も主なキャラと有名なエピソード、だいたいの流れ(歴史)は知っているつもりです。で、去年の歌舞伎座版を観たお友達が「『ベルばら』だった!」とコーフンしていたのに「!?!?」となっていて、博多座で再演されると聞いたので大好きなハコだし街だし行く行く!とお友達総見(笑)に気安く手を上げて、博多座会会員のお友達にお席を取っていただいて、いそいそと出かけたのでした。前夜は天神で串焼きとモツ鍋でもろもろ呑み語り、観劇後は川端商店街ウエストのうどん、宿は『ガイズ』博多座遠征のときにも活用した駅前の温泉大浴場つきビジホで、月組大劇場公演マイ初日からのハシゴだったので初めての「さくら」にも乗れて、楽しい旅となりました。めんツナかんかんもクロッカンも爆買いしてこられて満足です。でもまた星全ツで行きますね…(笑)

 そんなわけで「何がどう『ベルばら』なの?」と思いつつもあまり予習せずに行ったのですが、むっちゃ泣きました萌えましたたぎりすぎて疲れました、こんなにおもしろいとは聞いていない!とキレたいくらいでした。はー楽しかった消耗した! お友達のおかげで席が一階後方センターブロックの下手寄りで、花道も観やすいし宙乗りもすごいところを通っていってくれたし、もちろん舞台もスッポンも観やすくて楽だった、というのもあるかもしれません。ありがたや…
 てかこれはネタバレではないと思うので語らせていただきますが、要するにこの「三国志」は劉備が実は女性だった、と設定するものです。猿翁さんがマジで『ベルサイユのばら』にインスパイアされて、男装の麗人ものにしたんだそうです。実は織田信長は女だった、とか実は沖田総司は…みたいな、歴史上の有名人物の性別を変更した設定のファンタジー時代劇ラブコメ、みたいなものは(まあコメディとは限らないかもしれませんが)もう一大ジャンルとなっていると言えると思いますが、でもこういう発想が歌舞伎界の、言っちゃなんだけどおっさんから出てくるのがすごいよな、とつい私が思ってしまったのは、偏見のせいもあるのでしょう。でもそもそも歌舞伎には女形さんがいて、性の越境ということに関しては敷居が低いのかもしれません。
 それでも、女性キャラクターたちの扱いがとてもフェミニズム的で現代的で、そして全体がとてもロマンチックなことにはホント驚いてしまいました。マッチョじゃない「三国志」って成立するんだ!という驚きよ…こういうまっとうなことがなかなかできないのが本邦ではないですか。そしてこの設定でも、男子寮に女子ひとり、キャッ! 逆ハーレムじゃん! みたいな浮わついたところが微塵もないし(修学旅行の夜のボーイズトーク場面はあった(笑))、ロマンス…ではあるんだろうけどホント品が良いというかほんのり風味というか、淡くせつなくいじらしくて、みんなが劉備を好きで劉備総受け(笑)みたいではあるんだけれど単なるヒロイン扱いとか姫扱いの祭り上げではなく、ひとりの人間としてキャラクターとしてきちんと尊重されている作りで、本当に感心しましたし感動的でした。みんながグィネヴィアを一の貴婦人として崇めていても実は中身なんか見ちゃいない円卓の騎士たちより、断然騎士っぽいなとも思いました。さすが横内先生、とか思っちゃうし、でもこのアイディアやコンセプト、作品全体を貫くヒューマニティや人権意識は脚本家だけのものではなく座組全員に共有されているのではないかなと思えただけに、日本男児もまだまだ捨てたものではない、とまで思ってしまいましたホント毎度エラそうですみません。
 でもホントおもしろかったのです。はー、ⅡもⅢも少しも早く(台詞が「一刻も早く」でここは惜しい!と思いましたよ…)再演して! 私が観たい! 演舞場で同じことができるなら楽だし行くけど、博多座でも行くから! その方が旅行とセットにできて楽しいかもしらんし!
 ところで私が観たのは日曜昼で最も客入りがいいはずの回かと思いますが、それでも端や後方に空席はちょっとあったし当日券も出ていたようなので、ご都合つく方にはゼヒ観ていただきたいです…! もったいない…! チケット代は歌舞伎相当だし、それは割高だともお安いとも思わず、まっとうな良き観劇経験が買えたと思っています。二幕がちょっと、スッポンの多用で台詞による説明で芝居を進めてしまっている部分が多いかなとも感じ、大変なんでしょうけれどもうふたつかみっつスペクタクルな戦闘場面を入れて全三幕四時間くらいでたっぷりやるといい演目なのではなかろうか…とか、歌舞伎の現代にはやや悠長な時間の使い方に最近慣れてきてしまった身としては思ったりもしたので、それくらいまで観られてこのお値段ならホント破格だからみんな観て!と喧伝したいところだな、とかも思いました。とにかく私は本当に楽しかったです。

 劉備は本当は玉蘭という名の市井の女性で、黄巾の乱に参加していたときに関羽と張飛と出会った、とされています。群雄割拠の時代、男どもはこぞって「俺が天下を統一する」「俺が王になる」とか言って戦い合っていますが、王になったらどんな国にするか、というビジョンを持っている者は全然いません。本当は王になれば民を養い国を運営する責務を負うのに、民にどんな暮らしを提供しどんな国を築くか、という発想すらないままに、ただ「俺って強いだろう」と自慢したいがために、そして周りに「強い、すごい」と言われたいがために男たちはひたすら戦っている。威張りたい、贅沢したい、みたいな望みしかないんですよね、なんと虚しく情けないことでしょう。でも玉蘭は女性として一市民として、飢えない売られない殺されない暮らしを望んでいた。だからそういう国にしたい、と社会運動に身を投じ、それが紛争になってしまったといったところでしょうか。
 そして出会った関羽と張飛は、彼女が語る夢、希望、理想を、単なる女子供の世迷い言、と片付けることをしなかった。王道だ、国の真にあるべき姿だと感じ、彼女と仲間になることにしたのです。男装させて名を変えさせ、王の血筋だという伝説を騙り、義兄弟の誓いを立てて、城も領地もなくとも理想の国作りをすべくともに戦い出したのです。
 主にアジアに多い気がしますが、男性も女性も似たような服装をしていて(髷、髪型は違うことも多い)、華奢な男性や大柄な女性は性別の見分けがつきづらかったり異性のふりがしやすかったりしそうですが、ソレですね。張飛は猪突猛進のガハハな感じのキャラだし、関羽ももう少しマイルドかもしれないけどやはり武将、猛将なキャラで、対して劉備は理論家の生真面目な青二才みたいなイメージのキャラなので、実にいいところに目をつけたものだと思います。
 物語上はそうした経緯や真実が伏せられたまま進むので、孔明(市川青虎)の三顧の礼のくだりとかも、そのあと孔明が劉備に手を取られただけで急に何かを察して「軍師になります!」みたいになっちゃうのに「ナニ!? エスパー!?」とか思っちゃったんですけど、あれは実はいくら華奢な男性とはいえこの手の細さは…ということで孔明が真実を察し、囁かれていた噂は本当のことだったと知って、それでもかえってその理想の高さに心服し、そのまま黙って従うことを決意した…ということだったのでしょうね。
 設定が露見するのは、劉備が政略結婚することになるくだりからです。強い魏に対抗するために呉と組むことになり、孫権(中村福之助。若々しく、良き国王になりつつある青年…という感じを十分に演じていて実に立派で、驚きました!)の妹・香渓(板東新悟)を嫁にもらうことになったのです。
 この香渓がまた素晴らしかったんですよ! ヒロイン格っつーか、関羽をトップスターがやり劉備を線の細めの二番手男役がやるなら、まさしくトップ娘役がやる役です。ここはむしろ『紫子』だな! てかこの人のこんなに大きなお役を私はこれまで観たことがなかったんですけれど、それは私が七之助さんメインの演目を選びがちだからなの? それとも歌舞伎座だと分が悪いとかそういうことなの?? てかこのお役の初演が市川笑三郎で今回は司馬懿役って意味わからなくないですか魏のめっちゃワルな参謀だったじゃないですかどういうことなの歌舞伎怖い!(笑)
 それはともかく香渓は強く賢い姫と設定されていて、すらりと背も高く美しく凜々しくて本当にそう見えます。母親の呉国太(市川門之助。これがまたいいお役でしたが、前回上演時に新設されたお役だそうな。深い…!)は女は政治の道具で国のために嫁げとか言っちゃうんだけど、それを簡単にはよしとしない、芯が強く自分の意志を持った女性です。現代的な感覚を持つキャラクターに仕立てられているんですね。
 また、四天王と呼ばれる香渓の侍女連が出てくるんですけど、その描かれ方もいいんですよ! 単なる「お嬢様の侍女」みたいなテンプレじゃなかったのです。なんかちょっとアマゾネスチックで、姫様の意に沿わぬことは私たちがさせない!と血気盛んなのもいいし、でもいかにも姫様のファンっぽくキャイキャイしているのも明るくて元気でいいし、劉備が贈った花嫁衣装を香渓に着せずに旗にして、これ見よがしに掲げて入城するという鼻っ柱の強さもたまりませんでした。単なるおてんばとか男勝りというんでもないんですよ、いやー絶妙だったなあ。あのガールズパワーはちょっとなかなか見ないものでした、心地良かった!
 で、香渓もおとなしくそのまま嫁入りするつもりなど毛頭なく、でも人となりを見定めてやろうと劉備のもとにやってくる。そして、劉備の真実を知り、また人となりと夢、希望、理想を知って、秘密を守りともに夢のために一緒に働き戦おう、と同志になってくれるのです。いやーもう清々しくかつ胸アツでした、良きシスターフッド場面でした!
 別に女ふたりで共寝もいいやろ、とか思うのですが香渓は引っ込んで、さすがにちょっとお疲れ気味の劉備玉蘭を関羽がねぎらいます。理想の国を築くまで、まだしばらくは男装で我慢、と…ベンチのような長椅子に座る玉蘭、その隣に静かに腰掛けて語らう関羽。玉蘭がゆっくりと、おずおずと、なんの気なしに見えるように、膝に置いていた片手をつと椅子に置く。そこにまたゆっくりと、そろそろと、関羽が手を伸ばして玉蘭の手の上に自分の手を置き、そして握る。義兄弟の誓いを交わした桃園の満開の花がふたりの背景に浮かび上がり、花びらが舞い散る。無言で、並んで座ったまま、心の内は互いに秘めたまま、でも通じ合って、あの日の桃の花を思い佇むふたり…で、一幕終わり。もうもうダダ泣きしてしまいました。ふたりが可愛くて、いじらしくて、愛にあふれていて、悲しくて…
 あ、その前に赤壁の、あれは本物の火?を使って船が沈むのを表現した、大スペクタクル場面もありました。それでいうと二幕の、関羽の養子・関平(市川團子。登場時の声の良さに仰天してしまいました…えっだってこないだまでまだまだ小僧じゃなかった!? いつの間にこんなナイスガイな青年に…!? 歌舞伎怖い!)の本水を使った大立ち廻りがまさしく圧巻でした。もう團子ちゃんなんて呼べないわ、背がすらりと伸びてもうほとんど大人で、背伸びして仰け反る見得がキマるキマる、なんとカッコいいことよ! アレはすごかった、何度でも観たい、この先もコレを観たんだーと自慢して生きていきたい、素晴らしかったです。
 なのでホント言うと関羽にも張飛にももうちょっと、このレベルでなくてももうひとつスペクタクルな見せ場があってもよかったかな、とは思ったのでした。二幕もものすごくドラマチックでストーリーも二転三転激しいのに、ちょっと台詞での説明で済ませがちに思えたので。その芝居も十分にドラマチックでよかったんですけれどね。
 孫権の若さや焦り、逆に年老いて病魔に襲われる曹操の焦りや苦しみ、三国の駆け引きや裏切り、そして別れて戦わざるをえない劉備と関羽の不安…もうめっちゃドラマチックで名場面の連続でした。
 そんな中の決戦前夜に突如、修学旅行の夜に好きな相手を告白し合うモードになる男子学生がごとく、気になる相手の話を順にし出す蜀軍…可愛いかよ! ここで関羽が「俺が想う人の名は玉蘭だ」みたいなことをちゃんと言うのが、実にいいんですよね。将軍も兵士たちもそんな女性は知らないので、みんな「へー…」みたいな顔をしている。関平はちょっとハッとする。養父に想い人がいるらしきことに気づいていたのでしょうし、幼き日に劉備に抱っこされたことがある彼は劉備が男性ではないことに気づいていたからです。それがつながって、でも黙ったままでいる…
 張飛が倒れ、関羽が倒れ、劉備もまた武装して出陣します。ば、バスティーユや…!と震えました。そして勇ましく戦い、しかし矢を受けて倒れる。力なく長椅子に腰掛けて、志なかばに倒れる無念にひとり泣く劉備のもとに、関羽の霊が現れて、隣に静かに座り、肩を抱き寄せる。劉備は玉蘭に戻って、舞い散る桃の花の下で息を引き取る…もうもう、本当にもう涙、涙でした。キャラが死ぬから可愛そうで泣く、なんて子供じみていてくだらなくてしたくないのに、あまりにもこのふたりがいじらしくて、みんなで夢見た理想の国が遠くて悔しくて、でも舞台はとても美しくて…
 魏は紫、呉は青で蜀は赤いお衣装で揃えているのも美しくわかりやすく(衣裳/毛利臣男)、セットは簡素でしたが十分で(美術/金井勇一郎)、今がどこの国のどこの都市での場面か表示も出るし、ときに地図が出る親切設計でとてもよかったです。音楽は加藤和彦、振付は尾上菊之丞、演出協力に杉原邦生で万全です。
 そしてフィナーレっつーかパレードがあるんですよ、あれは単なるラインナップではなかった! チームごとに本舞台に出てきて一礼したあと、花道を行進してくれるんです。いやーもう心から拍手しちゃいました。
 トリは猿之助さん。夢は叶わず道遠くとも、我らは星になって見守っている…みたいなことを言うと、そこから宙乗りになるんです! そして天井から桃の花が散る…!! 客席どころか劇場中がピンクに染まる中、悠々と天を斜めに横切っていく関羽さま…!!! ギャーもうホントすごかった、拍手したいし手を振りたいし涙と鼻水は拭きたいしでタイヘンでした。
 素晴らしいスペクタクル、スピード感あふれドラマチックなストーリーのエンターテインメント、3Sがちゃんとありました。スーパー歌舞伎はこうでなくっちゃね!
 そしてもしかしたら今回に関しては、もうちょっとロマンチック寄りなポスターにするとまた違ったお客が呼べたのかもしれません。イヤ今の完全どすこい三国志なポスターもいいっちゃいいんですけれど、でもこれでマッチョな武将バトルを期待させたらちょっと詐欺だなと思うし、ロマンスに寄せると私みたいなうっかり乗る新規のお客が取れる気がしたので…(笑)ま、僭越ながら微力ながら、私はこれからよかったから今度観て!と宣伝していきたいと思いますけれどね。
 次は『オグリ』が観たいなー再演して! あとホント新作歌舞伎『刀剣乱舞』を観るべきなのチケット取れるの…?ってなっていますチョロいな私。いろいろ誘ってくださるお友達たちに感謝です。3月も4月も歌舞伎座は行きたい演目があります、また首が回らなくなってきたぞ!? がんばって働いてチケット代稼ぎますね…どっとはらい。





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