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上越秋山紀行 上 21 二日目 小赤沢村 4

(散歩道のケイトウ)

「上越秋山紀行 上」の解読を続ける。

やゝ焚火に暖まり、翁が噺を筆に記す。翁が曰う、己(うら)は七十五になれとも山挊(山仕事)が好きで、毎日/\夜明けより日が暮れねば内へ戻らず。あとの月までは、手足の立つやろう(子供)は皆杤(とち)拾いに出します。
※ あとの月 - 後の月(のちのつき)。次の月。翌月。来月。

十月より春までは杤を食い、年中の事にしては、粟、稗、或いは小豆も少しずつ交ぜれば味よく、朝には稗にて焼餅。近年は世と共に驕りになったから、菜の饀(こなもち)なども入る。小手前の者は、粟糠(ぬか)に稗を交ぜ、焼餅にする。

これより上の村に、上の原、和山なんす(など)、などでは年中杤(とち)勝ちに、また、楢かまの実など食べ、夏秋時分は雑すいに蕪(かぶ)の根葉共に刻み、粟少し振り交ぜ、ある家内三、四人の者なれば、右の通り蕪大割に雑水(炊)の煮い立つ時、稗の粉、一、二合も入れて掻き廻し食べる。己(うら)が内などでは、この村で一番の上食、適々(たまたま)商人など泊れる時は、粟の一色の飯まいらすと云う。

予、その杤の製法とてもの事に聞きたしと云うに、途々(みちみち)見さ
った通り、この谷は杤沢山の処で、真っ直ぐに幾抱えとなき大きなるが何程もある。その実は八月笑み落ちたを拾うて、胡桃の如き皮あるをあき、また栗の皮のやうなるもむいて煮る。
※ 笑み(えみ)- 果実が熟して割れること。

これを手交で(ぜ)粉にして、荒篩(あらふるい)に懸け渋を取り、竹の簀の上に布を敷き、その上に粉を乗せ平らに均し、その上に水を打ち、粉の散(ちらか)らぬようにしっとりと致し、掛水の自然(しく/\)と流れ来る底へ沈め、かようにすれば自ら垂れる。この中に投(およが)する事、凡そ四日位にして揚げ、木綿袋に入れて絞り、左様すれば、水は皆出流れて、粉は袋に残る。その白き事、雪を欺く。これをその侭椀に盛り喰う。

また杤餅と云うは、皮を剥き、小流へ数日入れた後、内へ持ち来て、三日灰(あく)に漬け、暖めてまた灰(はい)を掛ける。それよりぼて籠のようの物に入れて、灰を濯ぎ取る。その上煮て餅に搗く。餅にしては少し鼠色がゝり、また粟糠と稗を一つに煮交ぜれば堅くなる。正月の上餅は粟ばかり揉み合せると柔っかこくなり、いつまでも永く用い、稗、粟加え候わば、冬中、時々喰う。油断して出し置くと凍(しみ)る事、里の十倍故、立ち処に氷る故、念に念を入れて仕末いたす。もっとも、ただの杤は沢山あれども、餅にする杤は稀なると云う。
※ ぼて籠 - 竹で編んだ籠。
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