平成18年に60歳を迎える。六十と縦に書くと傘に鍋蓋(亠)を載せた形である。で、「かさぶた(六十)日録」
かさぶた日録
上越秋山紀行 上 2 出発の前に
「上越秋山紀行 上」の解読を続ける。
秋山記行 一(上巻)
今年、文政十を余り一の菊月初めの八日、不図(ふと)よき案内あるを幸い、年頃日頃の念晴らさばやと、信越の境、秋山遊歴に筇(つえ)を曳かんと思い立ち侍りぬ。抑々(そもそも)この秋山と云うは、往昔平家の落人となん。人口區々(まちまち)にして、真(まこと)虚実慥かならず。
※ 文政十を余り一 - 文政十一年(1828)。
※ 菊月(きくづき)- 陰暦九月の異称。
ここに武陽の旧友、十返舎一九うし(大人)、一とせ(年)予が葊を訪(おとな)い、連日、をちこちが茶話の端に、秋山辺地の趣を、あらかじめ伝えけるに、元来地口の達者なる戯作者ゆえ、胸にとどめて、今年水無月(旧六月)の初めつかた、来たれる丑の年には、必ず秋山珍説を桜木に上し、普く四方国々、笑いを轟ろかさんとの消息に、今日や翌日やと、隙往く駒に、その水無月、文月(旧七月)、仲秋(旧八月)も夢幻の如く、浮世の業(わざ)繁き、打ち過き侍りぬ。
※ 武陽(ぶよう)- 江戸のこと。江戸表。
※ 十返舎一九(じっぺんしゃいっく)- 江戸後期の戯作者。駿河の人。本名、重田貞一。初め江戸に出て、のち大坂に行き、浄瑠璃の合作で文筆活動を始めた。江戸に戻り、洒落本・黄表紙などを書き、滑稽本「東海道中膝栗毛」で有名になった。
※ うし(大人)- 師や学者または先人を尊敬していう語。
※ 葊(あん)- いおり。庵。
※ をちこち(遠近)- あちらこちら。
※ 辺地(へんち)- 都会から遠く離れた土地。僻地。
※ 地口(じぐち)- 諺や俗語などに同音または発音の似た語を当て、意味の違った文句を作るしゃれ。たとえば〈舌切り雀〉を〈着た切り雀〉というようなもの。江戸時代の享保年間に流行。
※ 桜木(さくらぎ)- 桜の木材。江戸時代、版木に多く用いた。「桜木に上す」で出版すること。
※ 消息(しょうそく)- 状況を知らせる手紙や言葉。便り。音信。
※ 隙往く駒(ひまゆくこま)- 月日がまたたく間に過ぎ去ることのたとえ 。
その内早や、道端なる桶屋円蔵、その地へ何となき商いに行きぬると伝え聞き、案内頼むに、いなみもせず、暦見ぬ日を吉日と、首途の用意は米、味噌、塩、肴、或は竹筒に外夏と云う酒を込め、その地、節の嶽々の初雪に深山颪を厭わんと、心にあらぬ絹の衣を五つに纏(まと)えり。小蒲団ようのものまで、桶屋のさし図に調えて、古郷(ふるさと)を鶏(とり)鳴くうち立つ。
※ いなみ(否み)-嫌だということ。断わり。
※ 暦見ぬ日を吉日 - 思い立ったが吉日。
※ 首途(しゅと)- 門出。旅立ち。
※ 外夏(となつ)- みりんの銘柄らしい。牧之は酒が飲めなかった。
※ 節(せつ)- 季節・時節。
※ 深山颪(みやまおろし)- 山奥から吹きおろしてくる激しい風。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )