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井伊直弼と開国150年祭-彦根城

(彦根城天守閣)

26日、犬山から高速にのって、彦根城に向かう。途中、養老SAで昼食をとった。彦根城堀端の駐車場に停めて、大手門までお堀沿いに歩いて城に入った。

彦根城に訪れるのは40余年前に受験で彦根に訪れたとき見学して以来である。その時の印象を息子に話しながら登って行った。往時の記憶としては両側に迫った石垣の間の自然石の石段を登って行ったような記憶がある。記憶どおり石垣の間を進む。頭上に材木で組み上げた橋が掛かっていた。この橋には記憶が無い。天守閣にはこの橋を渡って行くことになる。かつては廊下橋と呼ばれ、屋根と壁で囲われて、城に入る人馬の数がわからないようになっていた。また、敵が攻めてきたときはこの橋を落としてしまうのだという。


(天秤櫓)

橋を渡った先の建物が天秤櫓といわれ、左右が対象の天秤で担いだ荷のようになっている。この天秤櫓では「井伊直弼と開国150年祭」の特別展をやっていた。「彦根城築城400年祭」から引き続いて、人気キャラクターとなっている「ひこにゃん」が彦根城のクイズに答えるという案内ビデオがあり、ついつい見てクイズに答えてしまった。息子も大の大人が答えるクイズではないと言いながら付き合った。これはそれなりに勉強になった。「ひこにゃん」は「井伊の赤備え」の赤兜を被った、とぼけた猫のキャラクターである。天秤櫓の出口で桁が低くゴツンと頭を打った。「頭に気をつけて下さい」という言葉が背中から掛けられた。養生がされていたので痛くはなかったが、注意の言葉が遅いよ。

 
(「切石積み」と「牛蒡積み」)

天秤櫓の左右の石垣は右側が牛蒡(ごぼう)積み、左側が切石積みになっている。(クイズに出た)これは左側の石垣が崩れて、修理する際に切石積みにしたためだという。
※ 牛蒡積み  奥行の深い石を用い、その小口を正面に出し、奥に深く石が入るように積む積み方。
※ 切石積み  一定の形に切った石材を規則正しく積み重ねた積み方。


太鼓門櫓を潜って本丸に出た。彦根城は別名、金亀城(こんきじょう)と呼ばれる。国宝に指定されている天守閣、四つのうちの一つである。関が原の戦いのあと、井伊直政は石田三成の居城であった佐和山城主に封ぜられたが戦傷がもとで亡くなり、嫡子直継が彦根山への築城を家康に願った。それは豊臣方勢力への西国の押さえとしての役割も持っていた。それまで彦根山には金の亀に乗った観音像を祀った彦根寺という由緒あるお寺があった。金亀城と呼ばれるのはそんな由来による。


(彦根城天守閣南側)

複合式3重3階地下1階で望楼型の天守閣である。彦根城の二層、三層の窓は「花頭窓」という釣鐘の断面のような、寺院建築に良く見られる窓である。最上階から見ると琵琶湖が間近に見えた。佐和山城のあった佐和山、彦根城築城の候補地の一つであった磯山なども確認できた。

天守閣から降りて、西の丸三重櫓を見学し、江戸時代の大名の回遊式庭園の代表的なものとされる、玄宮園、楽々園へ向かった。
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