書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

小さな山脇東洋

2010年11月08日 | 自然科学
▲「asahi.com」2010年11月8日9時11分、赤井陽介、「アリジゴク、おしっこする 千葉の小4が通説覆す発見」(全2ページ)。(部分)
http://www.asahi.com/science/update/1104/TKY201011040161.html
http://www.asahi.com/science/update/1104/TKY201011040161_01.html

「アリジゴクは排泄(はいせつ)しない」という「通説」が覆されるかもしれない。千葉県袖ケ浦市の小学4年生、吉岡諒人(りょうと)君(9)が夏休みの自由研究で、アリジゴクの「お尻」から黄色の液体が出たことを確認した。吉岡君から質問を受けた日本昆虫協会(東京都千代田区)は「通説や本、インターネットの情報をうのみにせずに発見した、価値ある研究」として今年度の「夏休み昆虫研究大賞」に選んだ。6日に表彰式があった。

 こどもの頃からのアリジゴク好きでそのアリ地獄を見つけるたびにしゃがんで長時間観察している者としては、見逃せないニュースだ。それにしてもこんな通説があるとは知らなんだ。あれだけ食ったら(主として他の虫の体液=液体だが)、排泄しないなんてことはないだろう。

 アリジゴクはウスバカゲロウ科の幼虫。一部の種はさらさらの砂地にすり鉢状のくぼみを作り、落ちてきたアリなどの体液をあごから吸う。幼虫期は肛門(こうもん)がほぼ閉じていて、成虫になる羽化時にため込んだ糞(ふん)をまとめて出す。日本昆虫協会によると、本やネット上では、羽化時まで「排泄しない」と記されたものが多いという。
 吉岡君は、近所の植え込みの下でアリジゴクを見つけて採集し、7月から約1カ月、生態を観察した。当初はアリ以外も食べるかなどを実験。しかし、アップの写真を撮ろうと白い紙の上にアリジゴクを置いた時、黄色い液体を出したのに気づいた。「プクーって出た後にはじけて、黄色い染みが広がった」という。
 「おしっこやうんちはしないはず」と思い、染みの写真をインターネットの質問サイトや日本昆虫協会などに投稿して質問したが、納得のいく答えは得られなかった。


 〔吉岡諒人君は〕学校に提出するため、リポートをA4判55枚にまとめたところ、協会から「協会の賞に応募しては」と声がかかり、漫画家のやくみつるさんや昆虫研究家ら審査員9人の全会一致で「夏休み昆虫研究大賞」に選ばれた。協会の木村義志理事は「尿が実際に確認されない中、『排泄しない』という記述があふれ、『糞だけでなく尿もしない』という通説が広まっていたのに、流されなかったのはえらい」と話す。

 尋ねられた側もさぞ困惑したのだろう。普通は「通説ではこうだから」でそれ以上は考えないから。
 しかし中にはそうでない人もいる、あたりまえのことだが。行う側にも、認める側にも。通説を「本当にそうか」と疑う姿勢。自分の目と手で確かめてみるまでは鵜呑みにしない態度である。

 江戸時代中期の漢方医山脇東洋(1706年- 1762年)は、処刑された罪人の体を解剖して(実際は他人に剖かせたらしいが)、実際の人体内部の様子がそれまでの医学書(中国伝来の医書、およびそれにもとずいて書かれた日本の医書)にかいてある説明と違うというので、そのままを写生して『臓志』として出版した。
 近代解剖学は16世紀半ばのヨーロッパで始まった。わが国の山脇東洋による人体解剖は、それに遅れること約200年である。
 伝統中国(つまり革命前の王朝時代中国)でも、同様の機会に恵まれた医者はもちろんいたらしいが、彼らは、自分の目にする現実を否定して、教えられた通説を堅持した。その判断理由は、「これは罪人で悪い奴だから普通の人間とは人体の構造が異なっているのだ」というものだったと、何かの本で読んだ覚えがある。この説明の信憑性は知らないが、伝統中国では『蔵志』に類する精密な人体解剖図がついに出現しなかったのは事実である(注)。

 。清朝末期に出た西洋の解剖学書類の中国語訳は除く。

 ちなみに、尖閣ビデオを見て、「捏造だ」ではなく、「中国の領海を日本側が侵犯したことがはっきりした」「日本の船が漁船の進路をふさいだ」という反発は、この種の客観的現実を認識できない心性に由来するものと見るべきであろう。こういう前近代的で蒙昧な心性を、福澤諭吉は、「惑溺」と呼んだ。そろそろ「脱亜論」ばかり、それも遠山茂樹が引用した部分だけでなく、福澤のほかの著作文章も(身を入れて)読んでみたらどうかね。内外の方々。