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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

「中国は不良品・詐欺師輸出国、米国は邪悪な帝国、韓国は?」 を見て驚く

2011年04月28日 | 思考の断片
▲「中央日報 Joins.com」2011.04.28 14:37:18、
 〈http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=139589&servcode=A00§code=A00

 この地図が目を引く理由は、地図の中に書かれた国の特性のためだ。 多分に恣意的だが、子どもが描いたという点から、台湾人の意識をうかがうことができる。 ネットユーザーは「希望事項を書いている」「韓国には劣等感を抱いているようだ」などの反応を見せている。

 福島香織女史の本で「『環球日報』は中国の『東スポ』」云々という表現があって、その形容のうまさにあきれたが、「中央日報」は、こう言っては「東スポ」に失礼かもしれないが、もしかしたら部分的には「東スポ」以下かもしれない。たとえばこんな子供の描いた絵を大まじめに論じて国家・国民性論にまで持っていこうとするところ。この記事ともいえぬ雑文を書いた記者も、そしてそれをチェックしてゴーサインを出したデスクも、本当にこれで記事として成立していると思っているのだろうか。もしそうならば、その人たちはジャーナリストとしての訓練はおろかまともな学校教育=知的鍛錬も受けていないのではないかとしか思えない。私はどれも日本語版しか知らないが、ほぼ毎日チェックしていて思うのは、いわゆる韓国三大紙のなかで、「中央日報」は「朝鮮日報」「東亜日報」にくらべると大きく水をあけられているということだ。

「シュワ前知事が『ターミネーター』復帰か、事務所はコメントせず」 から

2011年04月28日 | 抜き書き
▲「ロイター.co.jp」2011年 04月 28日 10:48 JST。(部分)
 〈http://jp.reuters.com/article/entertainmentNews/idJPJAPAN-20859720110428

 米カリフォルニア州知事の任期を今年1月に終えた元ハリウッドスターのアーノルド・シュワルツェネッガーさん(63)が、大ヒット映画「ターミネーター」シリーズの新作で映画に復帰する可能性が浮上している。業界筋が27日伝えた。

 『3』の設定がまだ生きているのなら、ジョン・コナーを殺しにくるT-850の役をしてほしい。彼より年上のスタローンが『エクスペンダブルズ』に出て平気なのだから、年齢的には何の問題もないでしょう。

「シー・シェパード宣伝番組『Whale Wars』4作目、今年は6月3日から 計10回で連続放送」 から

2011年04月28日 | 抜き書き
▲「Cool Cool Japan !!!」2011/04/28 16:30。(部分)
 〈http://sasakima.iza.ne.jp/blog/entry/2261775/

 私〔佐々木正明〕は、シー・シェパードにこう言いましょう。/妨害は妨害だけど、違法行為は違法行為。どんな理由であれ、それは関係のない。人に対して、火がついた瓶や薬物入りの瓶を投げ入れたり、他人の家に勝手に乗り込んでくる行為や故意に衝突してくる行為は道徳的にも許されるものではない。/それは明らかに犯罪だ。

 彼らは、それを犯罪だとは思っていないのだろう。彼らの支持者を含めて。私の見るところ、それは明らかだ。

福島香織 『中国のマスゴミ ジャーナリズムの挫折と目覚め』

2011年04月28日 | その他
 この干渉に、普段は党中央宣伝部に対して従順な向熹が、なぜかぶち切れた。 (「第四章 巧みにしなやかに抵抗せよ」本書192頁)

 うんこれは名文だ(笑)。
 ところで、この本、最初から読むより、71頁あたりから、更に言えば「あとがき」からまず読み出したほうがよいのかもしれない。

(扶桑社 2011年3月)

「【時論】バランスが取れた新しい歴史教科書を作ろう(2)」 から

2011年04月28日 | 抜き書き
▲「中央日報 Joins.com」2011.04.28 10:05:33、 イ・ジュヨン建国大名誉教授。(部分)
 〈http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=139575&servcode=100

 また新しい教科書は「民衆主義史観」の枠からも抜け出すべきだ。国民の中には民衆もいてエリートもいるので、すべてを含めてこそ「バランスが取れた」記述になる。このためにはまず、東学の歴史が多くのページにわたって記述されているのに対し、エリートである開化派の活動については否定的な立場で少ない分量で扱われている慣行を改めることから始めなければならない。それは国民を構成しているすべての個人の自由と基本権を最高の価値と考える世界普遍的イデオロギーの自由主義を土台とした「自由主義史観」の受け入れを意味する。

 東学党の乱を特筆大書して金玉均や徐載弼のことにほとんどふれないというのはいかにも平衡を失していると前から思っていた。
 それに金や徐、とくに前者に対する福澤諭吉の影響を黙殺するのは偏向といわれても抗弁できないだろう(注)。

 注。同じことは中国の康有為と梁啓超(とくに後者)についても言える(すくなくとも教科書レベルでは)。もしこれが「脱亜論」のせいだとしたら、竹内好という人はある意味とんでもない害毒を北東アジア地域に流したといえる。

梶山雄一ほか著 『講座大乗仏教』 9 「認識論と論理学」

2011年04月28日 | 人文科学
 著者は、梶山雄一・桂紹隆・戸崎宏正・赤松明彦・御牧克己・宮坂宥勝・川崎信定・長崎法潤の各氏。

 ダルマキールティの認識論と論理学(因明)について学ぶ。

 それでは、かれ〔ダルマキールティ〕が認めた、論理的必然性を確定する根拠とは何か。かれはそれを実在における関係のうちに求めた。「同一関係」〔チベット語略。以下同じ〕と「因果関係」〔略〕がそれである。この両者は、あわせて「実在の本質〔略〕を介する結合関係」〔略〕といわれている。というのも、前者の「同一関係」は、「AがBの本質〔原文傍点、以下同じ〕そのもの〔略〕であること」であり、後者の「因果関係」は、「A(結果)の本質はB(原因)から生じるということ」だからにほかならない。 (赤松明彦「Ⅳ ダルマキールティの論理学」本書186頁)

 しかし、さらにこう尋ねたらどうであろうか。「そのような、同一関係とか因果関係とかいったものは、いかにして認識されるのか、何によって確証されるのか。それらは経験によって知られるものなのか、それとも先験的な原理なのか」と。ダルマキールティの論理学の主題は、推理論においてはこの点にしぼられることになる。 (同、188頁)
 
 後者については、その重要性がわかる。
 だが前者については、よくわからない。「同一関係」においてはまだしも、「因果関係」においては、原因と結果のあいだの関係には時間的経過――原因が前にあり結果は後という――は考慮されているのだろうか。こういう安易な当てはめはよくないが、アリストテレスの四原因説でいえば、この「因果関係」における「原因」は、もっぱら「質料因」だけを意味するようにも思えるけれど、どうなのだろう。
  
(春秋社 1984年7月)