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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

ニキータ・ミハルコフ監督 『12人の怒れる男』(2007年)

2011年04月10日 | 映画
 米国映画『12人の怒れる男』(1957年、シドニー・ルメット監督)のリメイクだが、米国版でヘンリー・フォンダ扮する陪審員8番は、完全無欠な正義の人であった(1997年テレビ版でジャック・レモンが演ずる陪審員8番も、役柄の加齢による疲労は見えるものの、ほぼ同様)。しかしこのロシア版で陪審員8番に当たる陪審員1番(セルゲイ・マカヴェツキー)は、いざとなって法廷外での実際行動が必要となると躊躇するという、人間的な弱さを見せる。その一方で、最初は沈黙がちで印象が薄かった陪審員2番(ニキータ・ミハルコフ、引退したアマチュア画家、陪審員長)が、最後には義理の父殺しの冤罪を着せられたチェチェン人少年の身元引受人となり、少年が仇と誓う真犯人捜しへと共に乗り出すことになる(それ以前、旧ソ連ないしロシア特殊部隊の将校であったらしい経歴が劇中仄めかされている)。
 私には、ヘンリー・フォンダも良く、セルゲイ・マカヴェツキーも良く、ニキータ・ミハルコフも良い。

(東宝 2009年1月)

五十沢二郎 『中国聖賢のことば 新約中国古典抄』

2011年04月10日 | 人文科学
 海音寺潮五郎訳『詩経』が、口語自由訳とはいえあくまで原典の古代中国の世界から離れないのに対し、この五十沢氏の訳は、そのもととなる著者の意識は現代へと飛び越えている。いや時間も空間も超越した永遠普遍の処、といったほうが正しいかもしれない。この訳を“五十沢二郎の文学”と呼ぶ人の多いらしい所以であろう。
 この五十沢二郎という人について、私は、奥付の著者略歴と、著者と交渉のあった佐藤春夫の序文が伝える内容と、そしてあとがきでご子息伊沢巨萬夫氏が述べるところしか知らない。そしてそのいずれにも言及されていないが、「真理」「愛」そして「神」といった言葉がしばしば現れるその文体からは、どうもキリスト教者らしいにおいがする。平易な行文、ひらがなの多用など、口語訳の聖書を読んでいるようでもある。それに関連して、この文章を書きながら気が付いたのだが、副題は、“新訳”ではなく”新約”なのだった。

(講談社学術文庫版 1986年11月)

薩藩史研究会(代表大久保利謙)編 『重野博士史学論文集』 下巻

2011年04月10日 | 日本史
 全3巻。重野博士は重野安繹。
 2011年04月07日「原口虎雄 『幕末の薩摩 悲劇の改革者、調所笑左衛門』」より続き。
 秩父太郎と近思録崩れについて本巻収録の『薩藩史談集』に言及があると聞いたのだがない。『薩藩史談集』は薩摩藩の歴史だが、古代隼人の時代から戦国時代いっぱい、江戸時代初期で終わっている。
 そのかわり、『西郷南洲逸話』がとてもおもしろかった。重野安繹(1827-1910)はもと薩摩藩士・漢学者。通称は厚之丞。幕末維新のおりはすでに成人で、藩校造士館で教鞭を執っていた。志士でこそなかったが、西郷や大久保とは同年輩であり、直に彼らを知っていた。幕末維新にかけての彼らの活動を、同時代人としてずっと見てきた人である。
 その重野が、明治も30年をすぎてから在りし日の西郷を回顧して話した。重野は、西郷を「偏狭な人、度量の小さい人だった」と言う。「いつも誰かを敵にしていないとすまない人だった」とも。島津三郎様(久光)とうまくいかず遠島にされたのも、明治後征韓論を唱えて破れたのも、そしてはては西南の役を起こして自滅したのも、その性格の当然の帰結であると。ただ確かに英雄豪傑であり、強い義侠心があり、さらには人と労苦を共にするのを辞さなかったから、あれだけ人望が集まったのだとも言っていて、かなり公平な観点からする評と思える。

(雄山閣 1939年5月)