くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「サバイバー」吉井妙子

2014-03-10 16:28:47 | 歴史・地理・伝記
 「サラの鍵」のあと、アウシュビッツに関わる本をもう少し読みたいと思って、本棚から引っ張り出しました。「サバイバー 名将アリー・セリンジャーと日本バレーボールの悲劇」(講談社)。
 セリンジャー監督は、わたしが強烈にバレーファンだった二十年前、ダイエーオレンジアタッカーズを率いていた方。わたしは大学生男子をメインに応援していましたが、知名度は高かったと思います。今回、協会への提言を批判と受け取られていたということが書かれていましたが(サブタイトルはこの部分を受けて「悲劇」といっているのでしょう)、その点はあまり記憶にないといいますか……。ただ松平康隆を怒らせたそうなので、当時その状況ではやりにくかっただろうとは思います。

 彼は二歳から六歳までを収容所で過ごしたホロコーストの生き残りです。母親とともに生き延び、同じ場所にはアンネ・フランクもいた。終戦の間際にまた輸送されそうになり、逃げようとしたときに米軍が現れて救われたのだそうです。
 死と隣り合わせの日常。母親がたったひとつ持ち込んだ羽根布団。パンは何回かに分けて少しずつ食べる。スープは底のほうが野菜にありつく可能性が高い。でも、あんまり遅いとなくなってしまう。
 アリー少年の涙ぐましい努力が胸を打ちます。
 ただ、セリンジャー監督の記憶も、なにしろ曖昧なところが多く、吉井さんの取材と整合性がずれるときもある。彼はサバイバーのためか人を信用しないところもあり、自分が帰国することが新聞にすっぱ抜かれると吉井さんがしゃべったのではないかと疑うこともあったそうです。

 セリンジャー監督の伝記という側面が強いのですが、どうしてもアウシュビッツには足を踏み入れられないので、吉井さん視点のパーツがどうしても多くなります。アンネ・フランクのミュージアムを訪ね、様々な人にインタビューをしています。
 吉原知子さんが全日本を年齢制限という訳の分からない理由で外され、その後監督になった柳本さんからぜひ力を貸してほしいといわれて、悩む場面が印象的でした。(つい、その前の監督が誰なのか検索してしまいました……)
 セリンジャー監督はこれまでイスラエル、アメリカ、オランダのナショナルチームを率いて、徹底的な身体能力の強化を図ってきました。オリンピックのメダルというわかりやすい指標がありながら、日本では彼の指導を採用しなかった。Vリーグ優勝や諸大会の活躍も無視。十五年の日本での生活を、彼は「人生のミス」だったといいます。日本バレーはなんとなく泥臭かったり根性を好んだりするからでしょうか。
 本書を買ってから五年も経ってしまいました。吉井さんが話を聞いてまとめるまでにも三年かかっているそうです。
 その間、バレーボール界も大きく変化しています。セリンジャー監督が育てた選手たちは、その次の世代の選手を育ててくれるのではないでしょうか。
 
 もうひとつ。ホロコーストに関して、二十世紀の世の中で、ユダヤ人の撲滅を本気で企てるようなことがあるはずがないと、当時の人は思っていたと記載されています。
 わたしたちは、歴史の一場面としてこのような事実があったことを知っているわけですが、そういわれてみれば、遠い過去でもない。まだ百年も経っていないのです。
 どのくらい途方もないことだったのか、とため息が出ます。
 本書にも「ホロコーストから六十年」とありました。「サラの鍵」もヴェロドローム・ディヴェールから六十年の物語でした。
 当時、ユダヤ人のパスポートは女性の名前がみんな「サラ」にされてしまったともありました。
 わたしにとっては、非常につながりのあり二冊だったと思います。

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