くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「悲しみを生きる力に」入江杏

2013-12-11 21:12:16 | 社会科学・教育
 事件は、大晦日に発覚したのだそうです。世田谷一家殺害事件。あれから、十年以上経ったのですね。
 入江杏「悲しみを生きる力に 被害者遺族からあなたへ」(岩波ジュニア新書)。タイトルからもわかるように、筆者はこの事件の遺族なのです。宮沢さんの奥さんのお姉さんで、家は隣合っており、娘さんを学校に見送ることも多かったとか。
 当時一緒に暮らしていたお母さんが、様子を見に行って現場を見つけてしまったとあって、その気持ちを考えると非常に苦しいのです。様々な報道がありましたが、中には遺族であるのに誹謗中傷する人もあったとのことで、胸が痛みます。
 犯人逮捕を祈って、どんな小さな記憶でも手がかりになるなら、と必死に思い出したのに。
 また、とても現場となった場所には住んでいられずに引っ越しをしたことや、常に思いやりに満ちていた旦那さんを亡くしたことなども、心に残りました。
 世の中には、悲しいことは必ずある。そこから目をそらすのではなく、「曖昧な喪失」をどのように捉えていくのかを考えることが大切なのだと感じました。
 文中に「サバイバーズ・ギルト」という言葉がありました。なぜ自分は生き残っているのにあの人は死んでしまったのか。助けを呼んでいただろうに、どうして気づかなかったのか。
 東日本大震災でも同じように苦しんだ人がいることに、入江さんは思いを寄せてくださいます。引きこもりがちの女の子に絵本を選んでもらうエピソードに頷かされました。絵本を選ぶことにも、その人なりの理由や意味がある。すぐに選び出す子も、ゆっくり時間をかける子もいる。本と出会うことには、それなりの意味がある。
 入江さんは事件を通して考えたことを話す機会があり、様々な出会いを重ねて来られたそうです。トラウマを構造化した「環状島」の模式がありましたが、この内海に沈んだことも、尾根に登ろうとしたことも、そして外界からの支援者となったこともある人ではないかと思いました。内海に沈むというのは、悲惨な出来事に遭遇することでトラウマを抱え、自身の内部に空洞を抱える状態です。死が意識され、言葉を失ってしまう。
 そこから脱出するのは、時間がかかるでしょう。つらいことを語るというのは、やはり苦しいことですから。でも、言葉にすることで整理されたり気づいたりすることもあるように思います。
 ジュニア新書という形態で、中学生にも読みやすい。手にとっていただきたい一冊です。