♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■十戒 -自由への励まし 67 / 大嶋重徳

2018年08月16日 | Weblog
2018/7/12放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 大嶋重徳です。
 聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。 十戒をはじめとした聖書のことばは人間を縛りつけるものではなく、自由へと導くためのことばなのです。
 十戒第六戒には「殺してはならない。」(出エジプト記20章13節 新改訳2017)とあります。殺人は人が神の場所に立つことになるということを見てきました。それと同時に殺人は神御自身の性格に真っ向から反する行為となります。創世記においていのちの木の実を指して神様は、「取って食べてならない。それを食べるとき必ず死ぬ。」という約束を人間に与えられました。しかしその約束を破ってしまったアダムとエバにエデンの園の追放という神様との交わりの断絶がありました。必ず死ぬという神の約束は、神からの交わりの追放、霊的な死というさばきで行われたのです。

 しかしその一方で、肉体のいのちは保たれました。なぜでしょうか。それは神様のご性質が人間アダムとエバの霊的いのちの回復を願っておられたからです。そして人間の肉体が死なないようにと、皮の衣を着させてくださいました。生きている間に神様といのちの交わりが再び回復することを、神様は望まれ続けられたからです。そして神様は、イエス・キリスト御自身の十字架をもっていのちがけで、人が神とのいのちある交わりの回復に生きられるようになさいました。
ここに神様の御性質である、人を生かそうとされる回復の行為があります。神様は今もすべての人と霊的な関係の回復を願っておられます。関係回復のために全力で私たちに愛を示しておられるのです。

 しかし殺人はこの肉体的ないのちを奪いとります。殺人が起こってしまうなら、そのいのちが神様との交わりの回復を妨げることとなります。神様の願ってかられる関係を再び回復することのできない破壊をもたらしてしまうのです。

 なぜ殺してはいけないのか。いのちを管理しておられる神様が、地上において神のなそうとされている霊的ないのちの回復の道を閉ざすこととなるからです。第六戒の違反はわが子キリストのいのちをかけてまでなそうとされた私たち人間の霊的な回復を真っ向から否定する神様の悲しみをもたらす行為であることは言うまでもありません。殺人は、人が神との交わりの回復がもうできない場所に置くことになるからです。あなたのいのちも神様殿との交わりの回復のために、神様が力を尽くそうとされています。私たちのいのちに生かされている今の内に、イエス・キリストのもとへと帰っていこうではありませんか。

    ( PBA制作「世の光」2018.7.12放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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