♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■息を吹き込まれた / 福井 誠

2018年08月01日 | Weblog
2018/6/27放送


世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「息を吹き込まれた」です。 創世記2章7節から読んでみましょう。
神である主は、その大地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。それで人は生きるものとなった。」(新改訳2017)

 神がいるのかいないのか、多くの人は半信半疑であるかと思います。いると思えばいるし、いないと思えばいない。しかし大自然を見るときに、これを極めて深い知恵をもってお造りなった神がいると考えた人は多いことでしょうね。また人類の歴史を見るときに、確かに正しい神がおられて歴史を守り導いているということを思った方も多いでしょう。自然や歴史は私たちにおぼろげながらに、神がいるのではないか、という思いを与えてくれます。けれども、神がいるかどうかについては聖書を読むときに、いよいよはっきりと明確に理解されるものです。

 そこで聖書の第一頁を開きますと、「はじめに神が天と地を創造された。」(創世記1章1節)と書かれています。このことばに、同志社大学を創設した新島 襄さんは、自分の知らない神がいた、天と地をお造りになり万物を支配しておられる神がいるのか、その神を信じよう、と決心したと言われます。

 もし神という偉大なお方がおられるならば、私たちは幾らこの小さな頭の中で考えていても、消して分からないことでしょう。神様ご自身からいろいろと語ってくださらなければ思考にも知恵にも限界のある私たちが無限で人間社会を超絶した神を理解するなど到底不可能です。

 そこで聖書は、その神が天と地を創造し私たち人間をお造りになり、そして私たちに何を期待し、何を願っておられるかを明らかにしているのです。

 聖書によれば、人間は神のかたちに造られています。それは神のきよさや神の正しさ、神の愛といった内面のかたちに似せて作られたということです。ですから人間は尊い存在でもあるのです。

 そして人間には神のいのちが吹き込まれました。ですから人間はいのちを大事にしなければならないのですし、これを与えてくださった神を愛さなければいけないのです。

 ぜひ聖書を読み続けて、私たちをお造りになった神が共におられる祝福をはっきりとつかんでいきたいものですね。

(PBA制作「世の光」2018.6.27放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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