♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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■サウロの回心 -1  息をはずませて / 板倉邦雄

2019年06月04日 | Weblog
2019/4/30放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。
今日は「サウロの回心 その1 息をはずませて」という題でお話ししましょう。
 
 今日からはキリスト教にとってとても大事な回心についてお話しします。この回心は心を改める改心だけではありません。この回心は心が180度回る回心です。まことの神様への信仰の心と生活へと向かう心です。サウルの回心はそのような回心でした。使徒の働き9章です。

 さてサウロはなおも主イエスを信じる信徒たちに対する脅迫、殺害、暴力の息を弾ませていました。サウロは家々へ押し入って男や女を引きずり出し次々に獄中に渡して教会を荒らし回りました、と使徒の働き8章の3節で確認しましたねえ。憎しみは更なる憎しみを、暴力は更なる暴力へと進むと言われます。サウルも主イエスを信じる信徒たちへの脅迫、迫害、殺害は更にエスカレートしていきました。エルサレムの都だけではなく外国のシリアのダマスコへ逃げていったキリスト信徒たちにまで向けられました。まさにサウロはストーカーになり果ててしまったのです。その頃の自分の心と生活をサウロは次のように振り返っています。

 「わたし・・・も以前には、無分別で、不従順な、迷っていた者であって、さまざまの情欲と快楽との奴隷になり、悪意とねたみとで日を過ごし、人に憎まれ、互に憎み合っていた。」(テトスへの手紙3章3節 口語訳聖書)
 
 サウロは大祭司の所へ行ってダマスコの諸会堂あてに許可証を求めました。それはこのナザレのイエスを信奉する者たちを見つけ次第男女の別なく縛りあげてエルサレムに引っ張って来るためでした。サウロは部下を数人連れて馬上の人となったと思われます。息を荒らげて闘志を燃やし出発しました。サウロはナザレのイエスを信じる人は誰でも、とにかく気に食わなかったのです。遠くまで旅をしてでも捕まえに生きたかったのです。サウロは「とげのついた棒を自分で蹴り続ける」(使徒の働き26章14節参照)愚かなことをしていました。自分で傷つき、自分を痛め続けていたのです。心の目が閉じてしまっていたからでした。つづく。

  (PBA制作「世の光」2019.4.30放送でのお話より )

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