世の光の時間です。お元気でしょうか。村上宣道です。
よく幼稚園の遠足なんかの時にこういう光景がありますね。一番前にいて、ハイこっちですよーって案内する引率をする方、そして必ずその遠足の行列の一番後ろにいてですね、まあ遅れる人もあったり転んだりする人もあったりするその人たちを守ってフォローしていくそういう役割の人と、二人まあ前と後ろとにいるということですねえ。で、聖書の中に、イザヤ書の52章という所ですけれども、「主があなたがたの前に進み、・・・、あなたがたのしんがりとなられるからだ。」ということばがあるんですね。で、神様というお方は前に進んでいてくださって私たちの行く道をちゃんとこう導いてくださる。と同時にその同じお方が、しんがり、あまり「しんがり」ということばを最近使わないように思いますけれども、後ろの方にいてですねえ、ちゃんとフォローしてくださる。そういう方なんだというふうに書いてある訳なんですねえ。
で、この「しんがり」ということばは、もともとは「集める」という意味のことばから来ているんですけれども、例えば子どもさんたちが友達と一緒にみんなでわーっと遊んでいて、そしてそこから、じゃあねーって帰っていった後を見ると、まあきちんと片づければいいんですけれども、大体の場合はおもちゃがそこらへんにいっぱい散らばっていたり、読んだ本が散らかっていたり、時にはおやつも散らかっていたりというようなことがあったりする訳ですねえ。まあまあと言いながら、お母さんがあっちこっちから拾い集めてそして箱の中に入れる、棚に本をちゃんと直すというふうな、そういう意味のことば、つまり「後始末」という意味のことばがこの「しんがり」と訳されている意味な訳ですね。
で、考えてみますと、私たちの人生って、振り返って見ると、あっちに散らかし、こっちに散らかし、いろんなものが一杯散乱しているってことがあるのではないかなあというふうに思うんですけれども、神様は私たちのそういう、しでかしてしまったような後始末をちゃんとしてくださるお方というふうな意味もそこにはあると思うんですねえ。
で、賀川豊彦というあの有名な方は「尻拭い運動」ということを提唱した方なんですけれども、人間はみんなお尻を拭ってもらって大きくなったんじやないか、お互いに尻を拭い合うその精神が大事だということを言ってましたけれど、本当にそうだなあというふうに思う訳ですねえ。
イザヤ書の52章に書かれていますが、53章というのはちょうどキリストが十字架につけられる時のことを予告しています。イエス・キリストの十字架というのは私たちのすべてを後始末してくださったことだという事とつながっていくなあと思うんですねえ。
( PBA制作「世の光」2005/1/24放送でのお話しより )
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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせて日曜日の朝、教会に行ってみましょう。。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
ところで gooブログの近々のサーバ増強は、サービス停止を伴うようですね、覚えておきましょうね。
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サーバ増強のお知らせ
[メンテナンス/障害 情報]/2005-01-19 20:02:18
みなさんこんにちは。技術担当の橋本です。
先日お知らせしておりましたサーバ増強のスケジュールですが、
決定しましたのでお知らせします。
実施時間:2005年1月26日(水) 午後 9:00 ~ 1月27日(木) 午前 6:00
この時間帯は記事の投稿/閲覧/pingの受付などすべてのサービスが停止します。
2回目の大幅増強ということでノウハウもたまっていますので手際よくできるかと思っていたのですが、
移動するエントリーや画像が非常に大きいので転送するだけでかなりの時間が必要になってしまいました。
どうかご了承ください。
gooブログでは皆さんの快適なブログライフをご提供するため今後とも努力してまいります。
ご理解とご協力をお願いいたします。
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