goo blog サービス終了のお知らせ 

 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■赦すとは / 関根弘興

2023年06月08日 | Weblog

2023/3/23放送
  
 「世の光」の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。

 イエス・キリストが話されたたとえ話からお互いの人生を考えていきましょう。

 イエス・キリストは赦しということについて、「7回を70倍するまで赦せ」と話されました。でもこのことばは時々大きな大きなプレッシャーに感じることがありますよねえ。「なぜ赦さなければならないのか」と、とっても理不尽な思いを持つこともあります。私たちはそれぞれの人間関係の中で、「赦せない」ということがしばしばありますね。

 では聖書が教えている「赦す」とはどういうことなのでしょうか。

 まず第一に覚えていただきたいことは、「赦し」というのは感情によって左右されるものではない、ということです。感情的に赦せない人を無理やり好きになろうとすることではありません。赦すためには意志を働かせる必要があります。「赦そう」と思えない・・・、そんなときに、意志的に「あの人を赦そう」「あなたを赦します」と決断し、宣言することです。もはや自分はそのことで心を動かされない、動じない、という決断をすることなのです。

 ですから時には時間がかかります。「赦す」と決めても感情がなかなか付いてこない時が多いからです。「赦せない」という感情が繰り返し繰り返し湧き上がってくることもあるでしょう。そのときに、繰り返し、「赦し」を宣言していくのです。

 神様の方ではあなたに対していつもこう宣言してくださっています。
  イザヤ43章25節
  「 わたし、このわたしは、わたし自身のためにあなたの背きの罪をぬぐい去り、もうあなたの罪を思い出さない。」
 と。

 この神様のことばを聴きながら、繰り返し繰り返し、「赦し」を宣言していくときに次第に感情も付いてくるようになるでしょう。ですからいろいろな葛藤があっても諦めないでください。そのために必要なのは、まず自分が神様の大きな赦しの恵みのなかに生かされている、ということを知り続けていくことです。

 そして第二は、「赦す」とは不正を見逃すことではありません。つまり、赦すというのは何でも安易に容認することではありません。イエス様は、誰かが罪や過ちを犯した場合には、まず個人的に戒め、注意し、また事実を確かめながら整理し、きちんと諭していくことが大切である、と教えられていましたよね。なぜならそれが相手の益になるからです。

 最後に、コロサイ3章13節のことばを紹介しましょう。
  「互いに忍耐し合い、だれかがほかの人に不満を抱いたとしても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。」


    ( PBA制作「世の光」 2023.3.23放送でのお話しより )


******
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。でも、新型コロナ禍で集まるのを制限したりオンラインの集まりに切り替えたりしているかもしれません。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
******  
 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする