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歴史的事象に科学的な因果関係の検証を持ち込む試み

2018-09-25 12:10:40 | 読書ノート
ジャレド・ダイアモンド, ジェイムズ・A.ロビンソン編著『歴史は実験できるのか:自然実験が解き明かす人類史』小坂恵理訳, 慶應義塾大学出版会, 2018.

  比較歴史学。歴史にも統計を適用して因果関係を検証できること、そしてその成果は生産的であるということを、いつくかの研究事例を通じて示すオムニバス書籍である。プロローグとあとがきでは、統計の適用のために、単一地域の研究ではなく二つ以上の地域を用いるべきことが強調されている(単一地域の研究が歴史研究の主流になっていることに疑義が挟まれる)。加えて、比較のための条件についても注意が促されている。とはいえ分析手法に詳しいというわけではなく、統計的比較研究の成果を簡単に通覧できるようにしたというのが本書の意義だろう。原書はNatural experiments of history (Harvard University Press, 2010.)である。

  プロローグとあとがきを除けば全7章の構成となっている。1章は、同一の祖先を持つポリネシアの島々について語彙などから類縁度を測っている。2章は、米国西部、オーストラリア、シベリア、アルゼンチンなどを比較して移民経済の発展・衰退・安定のパターンを描いている。3章は、アメリカ、ブラジル、メキシコを比べて「機能する」銀行制度の成立条件を探っている。4章は、経済発展度を環境と歴史の違いから説明するもので、事例としてハイチとドミニカ共和国、イースター島が採りあげられる。5章は、大航海時代に奴隷化された人口の規模が、その後のアフリカ諸国の経済力にどのように影響しているかを探る。6章は、イギリスのインド統治時代の各州の税制の違いが、独立後のその州の民主主義の進展度にもたらした影響を測っている。7章は、ナポレオン民法のその後の経済への影響を検証するために、ドイツにおけるナポレオンが占領統治した地域とそれ以外を比較している。

  いずれの章も、元の論文があってそれを一般向けに書き直したもののようで、わかりやすくなっている一方で説明が一部端折られている。例えば4章はジャレド・ダイヤモンドによるものだが、中身は大著『文明崩壊』からの抜粋要約である。また、1章から4章までは検証方法の詳しい説明が無く、もう少しページ数を増やしてもいいから説明があったほうがいいと感じるところだ。その点、5章から7章は簡単ながら投入した変数や分析手法についての解説があり、バランスがいい。奴隷貿易の影響を明確にした5章は本書の中でも白眉だろう。

  ここで使われているような統計は学習すれば身に着けることができる。歴史的知識も勉強すれば得られる。だが、比較可能な二つの事例や検証可能な課題を見つけ出すにはセンスがいる。読んで面白いけれども、自分でやってみようとすると難しいと思わずにはいられない。
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